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16話

お久し振りです。

投稿が遅れた理由につきましては後書きにて。



「話はそれだけか?終わったならさっさと出ていけ」


「そうしたいのは山々なんですけど~……あ、ハロルド様のこの後のご予定は?」


「なんだ突然。貴様に教える必要はない」


「いやぁ、今日は剣の鍛練をしないのかなぁと思いまして」


 視線をあちこちに泳がせるゼンの不審な挙動にハロルドは内心で小首を傾げる。

 確かに雑談をしているうちに腹もこなれてきたのでいつもの場所で技の練習でもしようかとは考えていたが、それはゼンにとってなんら関係のない事柄のはずだ。


「それがどうした?」


「今まで秘密にしてましたけど、実はおれ剣術に興味があるんです!だからハロルド様が剣を振るうところを見てみたいなーって」


 だったら本職の兵士のところに行けよ、と思わず突っ込みを入れそうになる。ハロルドは身体能力が高いだけの素人に過ぎない、我流というにもおこがましい腕だ。

 以前それを危ぶんで邸の兵士に指南を頼んだのがハロルドに怪我を負わすことを恐れてか皆防御に徹してまともに攻撃を仕掛けてくる者はいなかった。


 お互いの立場を考えれば当然なのだがハロルドとしては対人の練習相手がいないのは問題である。

 いっそ両親にでも頼もうかとも思ったがハロルドを偏愛しているあの2人が用意する指南役だ。ハロルドが望む実戦を想定した剣を学べるかは疑問である。

 その辺も追々考えるとして、今日のところは練習相手が見付かったので良しとすることにした。


「なら見せてやるよ、特等席でな」


「あの、ハロルド様?どうして剣を2本もお持ちなんでしょうか?興味はあっても経験はないですからね?いきなりお相手とかはちょっと……」


「口答えするな」


「か、勘弁してくださーい!」


 襟首を捕まれて引きずられるゼンの悲鳴が遠ざかっていく。やがて声や足音が聞こえなくなり、静けさが訪れたのを見計らってエリカはハロルドの部屋から脱した。

 幸い誰にも見られることはなかったが、あてがわれている部屋に戻ってもエリカはない交ぜになった感情を整理することができずにいた。


 頭の中で反芻されるのは先ほどハロルド自身の口から語られた言葉。


 殺されたと思っていた使用人が生きていること。

 それを手引きしていながら彼女達の安全を優先するために汚名を被っていること。

 婚約者であるエリカにわざと嫌われようとしていること。

 にもかかわらずエリカとスメラギをどうにかして救おうとしていること。


 もちろんこれらが全て事実だと信じたわけではない。あのやり取りがハロルドとゼンの仕込みである可能性も認識している。

 しかし同時に納得のいく話でもあった。エリカへ向けた敵意を煽る態度や数年前から薬の開発に着手していたのではないかと匂わせる言動などは特にだ。


 何が真実で何が偽りなのか、ハロルドにどう接するべきなのか、エリカにはもう答えを見出だすことができない。どうしたいのかという自分の気持ちすら不明瞭だ。

 まるで深い霧の中をあてもなくさ迷い歩くような錯覚。その意識を掬い上げたのは用事を済ませて帰ってきたユノだった。


「エリカ様いらっしゃいますか~?」


 コンコンと軽いノックに続いていつも通りの間延びした声が扉の向こうから聞こえる。

 そのことに少しだけ心が落ち着いた。


「……ええ、入って構いませんよ」


「失礼致します~」


 相変わらずの割烹着姿。どんな時も変わらないその出で立ちが今はとても心強く思える。

 そんなエリカの心の機微をユノは目敏く察知した。


「わたしが留守の間に何かありましたか~?」


 問い掛ける形ではあったがユノはエリカに何かがあったことを確信していた。そしてそれが恐らくハロルドに関することだろうと直感的に悟る。

 ユノの鋭い指摘にエリカは身を強張らせる。


 果たして聞いたことをユノに打ち明けるべきかどうかに迷った。


 もし語られていた内容が真実ならハロルドの心遣いを無下にしないためにも沈黙を貫くべきなのだろう。ハロルドは汚名を被ってまで彼女たちの安全を守ろうとしているのだから。


 だがスメラギの人間としてこれについてはどうしても真偽を定かにしなければならない。ハロルドがどのような人物がどうかを見極めるためにも。


「――ユノ、聞いてください」


 エリカは悩んだ末ユノに伝えることにした。もちろん一部始終ではない。

 ゼンにハロルドの部屋へ押し込まれ、そこで殺されたと噂されている2人が生きていると思われる話をしていた、という最低限の情報だけだ。

 大分部は省略する形になったがユノの眉をひそませるには充分な内容だった。


「ですからクララとコレットが本当に存命かどうかを調べてもらいたいのです」


「かしこまりました~。すぐに手筈を整えます~」


 言うや否やユノは帰ってきたばかりの街へ舞い戻る。ユノ本人はあまり邸から離れられないので他の内偵にブローシュ村まで調査を頼まなければならない。

 そして街へ戻る道中もユノは頭を回転させ続ける。

 エリカからの話を聞いてユノは大きな違和感を感じていた。


(ハロルド様が部屋に潜む第三者に気付かないなんてことがあるのでしょうか~?)


 ハロルドは隠密を生業としているユノの存在を容易く察知するほどの実力者だ。そんな人間が気配を殺す術を持たないエリカを見落とすことがあり得るのだろうか。

 ユノが導き出した答えは否。


 ハロルドは意図してこの情報をエリカ、つまりスメラギ側に流した可能性が高い。なぜ周りの人間には伏せていた情報をスメラギに漏らしたのか、その真意についてまでは図りかねるが。

 そうならば恐らく今の自分はハロルドの思うままに動かされている状態なのだろうと考えるとユノは臍を噛む思いだ。


(あの年で底知れない恐ろしさを感じさせますね~。成長すればどれほどの神算鬼謀を巡らす人物になるのでしょうか~)


 その未来像を期待するべきか恐怖するべきか。味方にできればこれほど頼もしく思う人物もそうはいないだろう。

 知謀のみならずあの歳ですでに類い稀なれな武すらも身に付けつつあるのだ。神童という言葉でさえ生温く思える。


 だが相対することになった場合は紛れもない強敵となるだろう。それこそ幼い内に謀殺してしまった方が後の損害を格段に減らせるかもしれない。

 そんなことを考えてしまうほどの脅威足り得る。


 ハロルドの言動に対してユノがそう判断を下したのは仕方のないことだ。

 子どもらしからぬ、ではない。大人顔負け、でもまだ足りない。

 その程度ではタスクに思惑を悟させずに立ち回り、ユノを軽く翻弄することなどできはしないのだ。


 例えそれをハロルド自身が狙っていたわけではなくとも、結果として相手にそう捉えられるのは必然と言えた。

 そしてハロルド最大のミスは好感度の操作と原作の遵守に躍起になるあまり、そんな周囲の評価を二の次三の次と軽視していたことである。彼自身も自らの言動が年相応のものから逸脱していることは理解していたが、だからと言ってそれを気にして自重していられるほど時間にも心にも人手にも余裕がなかった。


 ある意味ではなるべくしてなった状況でもある。

 しかしここで自分に下されている評価とそれが持つ意味を正しく認識できていれば不用意に窮地へと足を踏み入れることはなかったはずだ。避けようと思えば避けられた展開だった。


 また、エリカとユノのあまりに急な長期的滞在を不可解に感じていながら彼女達の目的を探ることを怠ったのも致命的である。

 釈明するならば不正や道理の通らないことを嫌う原作のエリカを知っているハロルドだからこそ招いた油断。彼女やその付き人がスパイの真似事をするとは露ほども思い至らなかった。

 エリカ、そしてユノの動きに注視していればクララ達の生存を知られる事態に、少なくとも今の段階で陥る可能性は低かったはずである。


 そういった諸々の要素を華麗にスルーした結果、ハロルドは愚かにも自ら望んで再びスメラギ家に出向くなどという行動を選択してしまう。

 事のきっかけはクララ生存の可能性がエリカ達に知られた日からさらに3週間近く、エリカの滞在日数が1ヶ月を過ぎた頃に父親のヘイデンからもたらされた命令だった。


「俺がスメラギに?」


 いつかのごとくハロルドを書斎へと呼びつけたヘイデンがもっともらしく語ったその内容は、体調が優れないエリカをスメラギに送りそのまま今度はハロルドが向こうに滞在して親交を深めてこいというものだった。

 前者は建前で狙いは後者である。彼はエリカの体調不良などホームシック程度にしか考えていない。


「そうだ。今回私は行けないからな。だが誠意を見せるために必要なことだ」


(誠意ねぇ。大方同伴させて俺とエリカの仲が良好だってことを周囲にアピールしたいんだろうけど……)


 ストークス領内ではすでにエリカがハロルドの婚約者だということは公表済みだ。それによって案の定エリカに対するストークスの領民の感情は憐れみへとシフトした。

 自分の家の人気の無さにハロルドは呆れるしかない。これをプラス評価まで持ち直す自信はなかった。


「分かったよ。ならすぐにでも発つ準備をしておいた方がいいね」


「ははは、そこまで心配するとは知らぬ間にずいぶんと親密な仲になったようだな」


 もちろんそんなわけがない。そもそもエリカはずっと部屋に籠りきりなので親密になる隙などありはしないのだが、ヘイデンは自分に都合のいいように解釈したようだ。

 なんともおめでたい頭をしているなと皮肉のひとつでも飛ばしてやりたいところだが両親の前では猫を被るこの忌々しい口がそれを許すはずもなく、機嫌良く笑うヘイデンを尻目にハロルドはスメラギ家への遠征をチャンスと捉えていた。ここで勝負を賭けてみるか、と人知れず意気込む。


 内心に焦りがあったとはいえ、それはあまりにも軽率な判断だった。未だ問題が山積していながら、それでも状況を改善する糸口が掴め始めた慢心もあったかもしれない。

 いわば最大の地雷源へと踏み入るようなものだ。もっと冷静になって行動しなければならなかった。


 そんな初歩的な事さえこの時のハロルドは失念していた。それによって新たな死亡フラグを招く結果になることを彼はまだ知らない。




まずは投稿期間が1ヶ月も空いたことを謝罪致します。

申し訳ありませんでした。


その理由ですが私生活の方で大きな変化があったからです。

それにより小説の続きを書く気力も湧かないほど気落ちしてしまい、日常生活でも必要最低限のこと以外手につかないような状態でした。

言い訳としては心に区切りをつけるための充電期間といったところでしょうか。


ですがそんな状態からもひとまずは脱し、徐々に物を考える余裕が戻ってきたので投稿を再開する運びとなりました。

お待ちいただいていた読者の方々には重ねてお詫びを申し上げます。


これからは今までのように週1話のペースで投稿していければ、と考えています。

それにしたって他の作者様と比べればスローペースなのが悩みではあるのですが。

とにもかくにも「悪いこともあれば良いこともある」と前を向いて『俺の死亡フラグが留まるところを知らない』の執筆を続けていきたいと思います。

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[一言] 誤字報告です。 タスクに思惑を悟させずに立ち回り、 ↓ タスクに思惑を悟らせずに立ち回り、 例えそれをハロルド自身が狙っていたわけではなくとも、 ↓ たとえそれをハロルド自身が狙っていたわ…
[良い点] (ハロルド様が部屋に潜む第三者に気付かないなんてことがあるのでしょうか~?) やっぱりそう思っちゃいますよねぇ〜笑
[気になる点] 誤字報告です。 ・〈知謀のみならずあの歳ですでに類い稀なれな武すらも身に付けつつあるのだ。〉 正しくは、〈類い稀な武すら〉乃至は〈類い稀なる武すら〉かと思います。
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