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129話



 その日の朝は、見上げれば太陽に目が眩むほどの青天だった。風も穏やかで、空の旅路には絶好の日和だろう。

 時刻はまだ早朝と言える時間帯ではあったが、エリカにユノ、ウェントス、リリウム、そしてフィンセントと選抜されたであろう少数の騎士団員はすでに出立の準備を整え終えていた。

 あとはもう商船に乗り込むだけである。


「お待たせしました。私に付いて順次ご乗船ください」


 出航のための最終確認を終えたサンティア商会の商船、その乗組員が桟橋の入り口を開放し、まずは騎士団員から乗り込み始める。

 エリカ達もトラヴィスに残るパーティーメンバーと一時の別れの挨拶を済ませようとしたが、そこにライナーの姿だけは無かった。

 ヒューゴとフランシスの話では、どうやら明け方にはライナーのベッドはもぬけの殻になっていたらしい。


「ライナーはまだ?」


「はい……ライナー、ほんとうどこに行っちゃったんだろう……」


 仲間の見送りに現れないことに対して怒っているというよりは心配が勝っている様子で、コレットは不安げな表情をしていた。きっと見送りというタイミングでなければ今すぐにでも探しに行きたいのだろう。

 そう考えていても仕方がないと思えるほど、最近のライナーの雰囲気は普段のものとは違いすぎていた。


「アイツ昨日の夜も晩飯の後に外出たと思ったら、戻ってきたのは深夜だったしなぁ」


 腕を組んだヒューゴが眉間にしわを寄せながらそう溢す。

 この中で最年長ということもあって周りが良く見えているヒューゴも、当然ながらライナーの異変には気が付いている。そもそもいつも通り振舞えていると思っているのがライナーだけ、という状態なのだが。


「こちらの乗船は完了したが……何か問題が?」


 準備を終えているのにも関わらず未だに乗り込まないエリカ達に疑問を感じたのかフィンセントが声をかけてきた。


「問題というわけではないのですが、ライナー……私達の仲間の一人の姿が朝から見えなくて」


「ああ、あの赤い髪の。私も昨夜、彼と会って少し話をしたがどこか思いつめている様子だったな」


「話を?いったいどのような?」


「個人的な話なので詳しくは説明しにくいのだがね。友人関係で悩んでいるようだったから経験則に基づくアドバイスを伝えただけさ」


 彼なりにライナーのプライバシーを気遣った言い回しなのだろう。だが、名前を出したかどうかは別にしてもまず間違いなくハロルドに関しての話だったのは察しが付く。


「その時の会話で、彼が姿を消す理由に心当たりはありますか?」


「無いとは思うが……だがまあ何かしらの影響を与えた可能性は否定できないか」


 ライナーの心情が把握できない以上、彼としてもそう返すしかないだろうことは察せられる。

 状況を整理すると、昨晩の夕飯後に町に出たライナーはフィンセントに出会い、そこで恐らくはハロルドとの関係性について悩みを打ち明けたのだろう。

 そして何かしらのアドバイスを受け取ったライナーは夜更けに宿に戻ったが、皆が起き出す前に行方を眩ませたということだ。

 果たしてライナーは彼に何を言われ、何を思っているのか。今の状況では考えるための時間も情報も足りない。


 フィンセントはユストゥス陣営であり、そこでライナーに何かを吹き込んだ?

 しかし、そうだとしてライナー一人を篭絡するような回りくどい手段を取る必要性があるだろうか。そうする理由として考えられることは?

 最悪を想定するのならフィンセントが敵であり、空船に乗り込んだ瞬間に自分やユノへ剣を向けてくることだろう。

 だが仮にそうなら、昨夜ライナーと話をしたなどわざわざ疑いを招くようなことを口にするだろうか?


(今ここで考えていても答えが出せるものではありませんね)


 情報に乏しい今、推測を元に計画を変更すべきではないとエリカは判断した。多くの人命が掛かっており、多くの人間が関わっているこの状況においてはなおさら軽率な動きは避けるべきだ。


「……もう出発しなければいけない時間ですね」


「心配すんな。こっちのことは俺達に任せとけ」


「はい。よろしくお願いします」


 四人の顔を真っ直ぐ見つめてからエリカは頭を下げた。

 そして踵を返し、桟橋を登っていく。


「ちょっと待ったー!」


 しかし突然、背後からそんな叫び声が聞こえてエリカの足が止まる。

 その声は間違いなくライナーのものであった。振り返ってみれば、朝日に照らされてひときわ輝いて見える赤い髪を激しく揺らしながらこちらに駆けてくるライナーの姿があった。

 見送りにきてくれたのだろうか。そう思ったのも束の間、ライナーはコレット達の前を走り抜けると、そのまま桟橋を駆け上がってきた。


「ら、ライナー?どうかしたのですか?」


 かなりの距離を全力疾走してきたのか、両手を膝に置いて荒い呼吸をくり返すライナー。

 少しの間呼吸を整えてから一度大きく息を吸い込むと、ライナーは顔を上げ、迷いのない瞳をエリカに向けてこう言った。


「おれも一緒に行く!ハロルドを助けに!」


 それは予想外の言葉だった。

 彼はハロルドに関することで思い悩み、端的に言えば避けたいと思っていたのではなかったのか。少なくともエリカの目にはそう見えていた。


「どうして急にそのようなことを……」


「……今のままじゃダメだと思ったんだ。ハロルドが何を考えてるのかなんて、おれにはさっぱり分からないけどさ」


「そう……ですね」


 それはライナーに限った話ではなく、エリカも含めてハロルドが何を考えているのかなんて誰にも分からない。

 その心情を理解して寄り添える人間になりたいと思っていたのに、それがまるでできていないことはエリカにとっても悔しく、そして悲しいことであった。


「でも、だったら分かるようになればいい。そのためにはアイツとちゃんと話をしなきゃいけないって思ったんだ」


 その答えはエリカが出したものと近しいものだった。

 関係性が壊れてしまうことを恐れずに、真正面からハロルドと向き合うこと。それはエリカが思い悩み、遠回りをし、リーファに励まされてようやく出せた答えではあったが、ライナーもまた自分の中での葛藤を経た末にたどり着いたのだろう。


「だから会いに行く。おれはまだハロルドとライバルで――友達でいたいから!」


「ライナー……」


 力強くそう言い切るライナー。この真っ直ぐさと心の強さが彼本来の性格ではあったが、迷いや葛藤を乗り越えた今の姿には彼の成長が写し出されているように見えた。


「いーんじゃない?一緒に行ってくれば」


「ああ、そうだね。その方がライナー、君らしいよ」


「ついでにあんまり心配させんなよって文句の一つも言ってやれ!」


「が、がんばってね、ライナー!」


 リーファ達が口々にライナーの背中を押す。

 まだトラヴィスでやらなければいけないことは残っているし、この前話したように道中やバーストンでは命の危険にさらされる可能性もある。

 それらを理解した上で全員がそう言葉をかけた。ならばエリカとしてもライナーの選択を拒否する理由はない。


「分かりました。一緒に行きましょう、ライナー」


「おう!」


 昨日までの雰囲気とは様変わりしたライナーは臆することなく空船に乗り込む。

 その先には出発の様子を窺っていたフィンセントの姿があった。そんな彼にライナーは歩み寄ると深々と頭を下げた。


「あの、本当にありがとうございました!」


「大したことはしていないさ。それでも君が迷いを晴れためにわずかでも力になれたならよかったよ」


 昨夜少し話をした、と言っていた件だろう。

 二人のやり取りを見るに、ライナーがハロルドと向き合うと決めたことに少なからず影響を与えたのは想像に難くない。


「そんなことありません。自分一人で考えてたらおれは……たぶん、こうして行動を起こせなかったと思います」


「ふふ、まあ若いころ私にも似たような思いを経験したことがあってね」


「似たようなこと、ですか?」


「ああ」


 その若いころを思い出すようにフィンセントは目を細める。


「私には一人、昔馴染みがいてね。軽薄、不真面目、飲んだくれと仲間内では散々な言われようの男さ。だが彼が……コーディーが居なければ私は騎士団には居なかっただろうな」


 コーディー。それはエリカにとって聞き覚えのある名前だった。

 五年前、ベルティスの森での戦いの後、王都の騎士団の本部前で門前払いを食らっていたエリカを特別に中に招き入れ、ハロルドと引き合わせてくれた人物。

 その後もハロルドに下された処刑の判決に異議を唱え、それをひっくり返すために協力をしてくれた。あれ以来は中々会う機会もなかったのだが。


「あの方はフィンセント団長の幼馴染みだったのですね」


「そういえばエリカさんは面識があったんだったね」


「ええ。以前、とてもお世話になりました」


 思い返せばあの時、コーディーも当時副団長だったフィンセントは信頼できるといった口ぶりだった。そこにはきっと強固な信頼関係があるのだろう。


「そうか……彼も今はバーストンにいるはずだ。殺しても死なないような男だから、まあ生きてはいるだろう」


 何事もないかのような言葉ではあったが、恐らくその裏には一抹の不安や心配が隠されているのは察せられた。軽口のように言うことで大丈夫なはずだと、誰よりも自分に言い聞かせている。

 当たり前のことではあるが、騎士団の団長に上り詰めるほど強くあろうとも一人の人間なのだ。であれば弱い部分だって存在するのだ、ハロルドと同じように。


「はい。私もそう思います」


 励ましを込めたエリカの言葉を受けて、フィンセントは少しだけ安堵するような笑みを浮かべた。





  ◇





 目を覚ましたハロルドがまず感じたのは全身にまとわりつく疲労感。そして両手を鎖に繋がれ、膝立ちの姿勢で拘束されていたことによる痛みだった。


(前も似たような感じで拘束されたっけな……)


 思い出したくはないが記憶にはしっかり残っている。

 以前の地下牢と比べて明るく、清潔感があるのは多少ましなポイントだろう。まあ眼前にいる男のせいでどれだけ充実した環境だったとしても気分は最低最悪まで垂直落下なので誤差でしかない。


「ようやく目を覚ましたか、ハロルド」


「貴様こそ難儀なへきに目覚めたようだな、ユストゥス」


「開口一番にそれか。頭もしっかり動いているようで何よりだ」


 話し言葉や細かい所作。それらはやはりハロルドがよく知るユストゥス・フロイントものだ。

 しかしその見た目は十歳程度の少女、サラそのものであった。

 これがどういう事態なのかハロルドには分からない。ゲームにはこんな描写など存在しなかった。

 けれど原作知識と現在の状況からある程度の予測を立てることができないわけではない。


(ユストゥスの計画はエステルを生き返らせることで、その方法は星の核に眠る彼女のアストラル体を抽出して星の子の素体に同期させること)


 そう、同期だ。そしてエステルのアストラル体を抽出するための方法もまた、ユストゥス自身のアストラル体と星の核との同期が必要になる。

 いわば自分の意識や自我を自分の肉体以外の器に移し替える行為。

 改めて言葉にすれば無茶苦茶なことをやっているが、いくら天才科学者のユストゥスといえど自我の移し替えなどぶっつけ本番でやるわけがない。それに失敗すればこれまで積み上げ、準備してきたものが全て無駄になりかねないのだから。


(なら当然、自我の同期だって試したはずだ……)


 自分の自我を使って。その前にはきっと、他人を使って。

 その成果がサラの姿をしたユストゥスなのだろう。


「ふん、幼女の体を得た気分はどうだ?」


「始めは違和感も多かったがね。今では慣れたものだよ」


(今では、慣れた……?)


 その口ぶりはあたかも以前からサラと同期していたかのようで。しかしユストゥス本人は最近までしっかりと存在していたはずだ。

 ならばこの齟齬はどういうことなのか。止まりそうになる思考に喝を入れて情報を組み立て直し、そして思い至る。

 自分が意識を失う直前、ユストゥスが同期していた人間はもう一人いた。

 今ここにその姿はない男。コーディー・ルジアル。


 まさかそんなことが可能なのか、と思う。そして仮に技術的に可能だとしても自分の体を使ってそんなことをする人間がいるのか、と恐怖を覚える。


「自我の……意識の、分割……?」


 ハロルドからすればとても正気の沙汰とは思えない行為。

 だが、今ハロルドの目の前にいるのは正気などとっくに投げ捨てた、狂気の科学者なのだ。

 その狂気を体現したかのように、少女ユストゥスの顔には深く暗い笑みが浮かぶ。


「正解だ。君に百点を与えよう、ハロルド」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 地味に今回でエリカとライナーに死亡フラグが立ってしまったような気が。失ってから自分の命より大切なものだったと気付くとかやめてくれよハロルド…
[一言] ストーリーが大変面白く、1話からここまで一気に読んでしまいました。続編の執筆は大変とは思いますが、完結されることを期待しています。
[一言] ボ卿が似たようなことやってるからまだ大丈夫
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