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128話



「本当によかったのかい?エリカ」


 退出したフィンセントを見送ってから、フランシスは小さく息を吐いてからエリカにそう声をかけた。


「ええ。騎士団の上層部やはりユストゥス博士に取り込まれているようですが、それでも実際に話してフィンセント団長はひとまず信用しても良いと思います」


「そう判断した理由を聞かせてもらえる?」


「そうですね。ユノ、バーストンにも騎士団が派遣されていて、ハロルド様と協力して住民の避難に尽力していたというのは間違いありませんね?」


「はい。ハロルド様やフリエリとしっかり連携を取っていました」


 普段とは異なる、間延びしていない口調でユノは答える。それだけ彼女にも余裕のない事態が起きている証拠とも言えた。

 その気持ちはエリカも同様である。でもだからこそ頭は冷静に働かせて行動しなければいけない、とエリカは自分自身に言い聞かせる。


「なのであれば当然、現場の状況は騎士団のトップであるフィンセント団長まで報告が届いているはず。しかしそうではないとなるといくつかの可能性が考えられます」


 一つ目はバーストンの騎士団が全滅したか、報告を届けられないほど現場が混乱を極めているか。しかしユノからの報告を聞く限りではそのような事態にはなっておらず、スメラギの隠密衆と比べても大きな差はなく情報は届けられるはずである。

 二つ目は現場からの報告がトップに届くまでの間にどこかで握りつぶされているか。騎士団内部にフロイント博士の手の者がいるならば、恐らくはこの可能性が最も高いだろうとエリカは睨んでいる。


「でも三つ目の可能性もあるわよね。さっきの団長がユストゥスの仲間で、嘘をついているかもしれない」


 リーファの指摘は至極当然のものだ。

 ある程度状況が分かっていても、ユストゥスの考えが理解できていない以上彼が何を狙っているのかも分からない。


「それに関しては反論を用意しても水掛け論になってしまうでしょう。その可能性は低いという根拠を上げるとするなら、直接言葉を交わして信用に値する方だと感じた、という程度に過ぎません」


「エリカの人を見る目を否定する気はないけど、でも理由はそれだけじゃないんでしょ?」


「……そうですね」


 その詳細までは分からなくとも、エリカに何かしらの考えがあることをリーファは察しているのだろう。事実としてエリカなりの考えはあるが、それをこの場で伝えていいものかは悩みどころだった。

 しかし緊急事態だからこそ大切なことは話しておくべきなのかもしれない。エリカだって本音を語ればハロルドにそうあってほしいと願ってきたのだから、その自分が仲間に隠し立てをしていてはハロルドに何も言えなくなってしまう。


「彼がユストゥス博士の仲間だと仮定するならこちらに接触してきた理由は恐らく私達がどれだけの情報を掴んでいるか、そしてこれからどう動くつもりなのかを確認するためでしょう」


 その言葉にリーファやフランシスは口を挟まない。恐らくこの二人ならエリカの語ることも最初から理解しているのだろう。


「捨て置ける程度ならそのままでよし。仮に見過ごせないほどの情報を知り得ているのであれば何かしらの強硬手段に出る可能性もあります」


「強硬手段って?」


「最も手っ取り早いのは私達の排除、要するに殺害でしょうか」


 ライナーの問いに、エリカは全く言い淀むこともなくそう返した。

 こんな返答を予想していなかったらしいライナーやコレットは息を飲む。それは表情が変わったのはこの二人だけ、とも言えた。


「私達は以前、ハロルド様と剣を交えました。その結果を改めて口にはしませんが、もし仮に彼がハロルド様と同等かそれ以上の実力者であればこちらの全滅は避けられません」


 仮にとは口にしたものの、先の襲撃を先頭に立って押し返したことを考えればハロルドと同等の戦闘能力を有していてもなんら不思議ではない。


「まあ話は分かるけどよ、でもエリカやフランみたいな王族や貴族様をおいそれと殺せるもんか?」


「実力的には可能でも、その後のことを考えれば簡単には実行できないって考えるわよね。普通なら、だけど」


「どういう意味だ?」


「ハロルドから聞いた話を忘れたの?ユストゥスの計画が成功したらこの大陸が沈むかもしれないんだから、そうなったら王族やら貴族やらの肩書はなんの意味も持たなくなるわ」


 リーファの言う通りだ。もしも本当に大陸が沈むなどという未曽有の事態になればこの国が存続できるかどうかも怪しいだろう。そしてそんな状況であれば、あらゆる治安組織も当然ながら機能不全に陥る可能性が極めて高く、殺人犯を追う余裕があるとも思えない。

 そもそもフィンセントがこの作戦の成功に命を懸けているならば躊躇することなど何もないのだ。


「最悪の想定ではありますが、万が一そういった手段を取られた場合に全滅するリスクを回避する必要があります。なのでハロルド様を助けに行くのは私、そしてウェントスとリリウムの三人です」


「別に異論ってわけじゃないんだがよ、なんでこの二人を連れて行くんだ?」


 ヒューゴがチーム分けの意図を尋ねる。何も考えず無作為な配置ではないことは分かっても、その理由までは思い至らなかったらしい。

 エリカは自身の思惑を誤魔化すことなく打ち明けた。


「お二人がフロイント博士に内通している可能性があるからです」


「そ、そんな!わたしは内通なんて……!」


 そう反論しかけたリリウムをウェントスが腕で制する。


「落ち着くんだ、リリウム」


「で、でも……」


「エリカさんの言うことは尤もだ。まだ私達は身の潔白を証明できたわけじゃない」


 ウェントスは自分達が置かれている立場を客観的に理解できているようではあったが、エリカとしてもこうして真正面から疑っていると口にするのは心苦しいものがあった。それはエリカ生来の優しさ故でもあり、まだ短い間ではあるが二人の言動、特に今回の戦いでは危険を顧みず命を懸けて自分達と一緒に戦ってくれた姿を目にしているからでもある。

 しかし裏を返せば二人が内通者ではなく真にハロルドのために何かしたいと思っているならこれはチャンスでもあるのだ。


「それにこれは私達にとって願ったり叶ったりだ。もし今ハロルド様が危機に陥っているのなら、恩を返すのにこれ以上のタイミングは無いだろう?」


「あ!そ、そっか……」


 二人のやり取りが一段落したところでエリカは改めて問う。


「では私に同行してもらえますね?」


「勿論だ」


「はい!行かせてください!」


「……ということです。どうですか?ライナー」


「な、なんで俺に聞くんだよ……」


「なぜ、と言われましても。私達のリーダーは貴方ですから」


 突然話を振られてたじろぐライナー。

 エリカの目から見ても、先日の一件からライナーがハロルドに対して疑念を抱いていることは明確だ。それはおいそれと触れてよいものではないだろうということも察せられるのでまだ踏み込んだ話はしていない。

 以上のことを鑑みればその疑念が原因でハロルドの救出に難色を示す可能性もある。そこでエリカが独断専行をすればパーティーが瓦解してしまうこともあり得るだろうし、それはエリカの望むところではない。

 ならばしっかりと、全員の考えを統一するために話をしておくべきだろう。


「ハロルド様を助けに行きたいというのはあくまで私の一存です。ですがパーティーとしての意見はどうなのか、しっかり話しておく必要があります」


「お、おれ、は……」


 言い淀むライナーの葛藤が手に取るように分かる。

 その様子を前にして、エリカは自分がずるい人間だ、と思う。ライナーのような純朴で正義感の強い青年が、個人的な感情で人命を軽視することなどできないだろう。加えて言えば、ハロルドの救出は彼の憧れである騎士団の団長の希望でもあるのだ。

 それらを承知の上で問い掛けたのだからずるいと言う他ない。


「……助けに行くべきだと思う。だから、エリカの提案に賛成だ」


「……ありがとう、ライナー」


「決まりね。ならさっさとやるべきことを始めるわよ」


 パンと手を打ち鳴らして、リーファがそう声を上げる。

 まずは各々の装備や二手に分かれた後のそれぞれの動き、合流するまでの期間やタイミング。トラヴィスとバーストン、どちらも先行きが不透明な場所での行動になるため不測の事態も起こるだろう。そうなった場合の対応策もしっかり練っておく必要がある。

 ハロルドを救出できたとしても合流する前に事態が大きく動く可能性もあるし、想定外の出来事で合流自体が不可能になることも考えておかなければいけない。

 その他にも考慮しておかなければいけないことは数多くあり、それらがある程度の形になったのは丸一日以上経ってからだった。


 その合間にはトラヴィスに到着したサンティア商会への立ち合いと荷下ろしの手伝いなどもあったために、準備を整えて就寝する頃にはすでに日付が変わる直前であった。夜が明ければ商船に乗ってバーストンへと向かうこととなる。

 早く寝た方が良いということは理解しているが、それでも心が落ち着かず、エリカは身を寄せている宿の中庭に降りて夜空を眺めていた。どこかもやがかかったような自分の心境とは裏腹に、頭上には満天の星空が広がっていた。


 果たしてハロルドは無事でいるのだろうか。もしかして最悪の事態が待ち受けているのではないか。

 ハロルドなら大丈夫だと信じていても、ふとした瞬間にそうした考えが首をもたげる。

 自分の心の弱さを実感しながら、それでも落ち着きを取り戻そうと星空を見上げながら大きく息を吐き出す。すると背後からサクサクと青草をかき分ける音が耳に届いた。


「お疲れ様、エリカ」


 音の主のリーファは普段と変わらぬ張りのある声でエリカに話しかけてくる。その声にエリカは少なからず安堵を覚える。

 彼女だって不安や焦燥を抱えているだろうに、それをおくびにも出さない態度は仲間として、友人として心強い存在だった。


「リーファの方こそ。入念に細部の調整をしていたでしょう?」


「何がどうなってるか分からないからね。特にそっちは状況の詳細が不明だし」


「そうですね……」


 バーストンでの出来事は報告に上がっているものの、現地の状況は実際に目にしないことには判別できない。なにせ大量のモンスターの襲撃と大規模な崩落が起きたというのだ。

 モンスターの残党が現れたり崩落の状態によっては捜索を開始することさえもままならないかもしれない。


「それでも私は私にできる限りのことをやってきます。たとえどんな結果が待っていたとしても」


「……なーんか、エリカってハロルドに似てきたわね」


「え?そ、そうでしょうか」


 予期していなかった言葉にエリカは不意を突かれる。

 ハロルドに似ていると言われて無条件で喜んでしまいそうになるが、ニュアンスからして別に褒められているわけではないのは明確だった。


「ちなみにどの辺りがでしょう?」


「命の危険を承知の上で行動したり、全部自分で背負おうってしすぎてるところ」


「確かにそう言われると返す言葉もありませんけれど……」


 もしフィンセントやウェントス達が内通者であれば身の安全は保障されない。

 バーストンでの出来事に本当にユストゥスが関与していれば大量のモンスターのように何かしらの仕掛けが施されているかもしれない。

 そもそも数ヵ月続けている危険と隣り合わせのこの旅も貴族の令嬢という立場を鑑みれば非常識極まりないものなのだが。


「でもその覚悟を持てたのはリーファのおかげでもあるんですよ?」


 高台で授けてくれたおまじない。

 それは恋心と一言で表すには複雑なハロルドへの感情を迷いないものにしてくれたようにエリカは感じていた。

 まだ完璧に変われたとは言えなくとも、少しずつ踏み出せるようになったのは間違いなくリーファの存在があったからだ。


「そう?ならその分の責任はあたしが背負ったげる」


 リーファはあの時と同じようにいたずらっぽく笑った。

 その笑顔を見て、エリカは改めて一人ではないということにどれだけ救われているかを実感する。もしも誰かに支えられていなければ、自分の心はとっくに折れていただろう。

 かつてハロルドに伝えた『もう少し誰かを頼ることを覚えるべきです』という言葉。それを今度は自分の胸にしっかりと刻む。


「ありがとうリーファ。そして、これからもよろしくお願いしますね」


 本当に心からの感謝を述べる。その気持ちが伝わったのか、リーファははにかむような表情を浮かべて微笑んだ。

 ハロルドの力になりたい。その想いだけはもう迷っていられない。

 夜が明けるその時は、もうすぐそこまで近づいていた。




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― 新着の感想 ―
[気になる点]  全部が全部覚えて把握している訳じゃないけど、話が飛んでないかって感じる違和感。
[気になる点] ハロルドはライナーたちにユストゥスの計画のことを話していないはずでは? ユノがハロルドとフリエリの関係を知っている前提で報告していますが、ハロルドが話したもしくはユノは諜報により把握…
[一言] 面白いです、良い物語をありがとうございます。
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