123話
建物の屋根から屋根に飛び移りながら駆ける。モンスター達に目を向ければいまだに中央広場の周辺に留まっており、子どもらしき人影を発見した正門付近に向かう様子はない。
ハロルドという攻撃対象を見失ったことでバラバラに動き始めていれば厄介だったが、これならば注意を引いて誘導するのに好都合だろう。
(そう、好都合だ。いっそ怪しいくらいには)
モンスター達と戦っていた際の懸念のひとつは、ハロルドが姿を消したことでモンスター達がどんな行動を起こすか読めない点だった。
恐らくはユストゥスによってある程度は統制されているのだろうが、ユストゥスの目論見までは見抜けていない以上、動きが少ないことは安心材料にならない。おまけにレッドボトルの効果と合わさってどうなるかなど考慮している場合でもなく、はっきり言って出たとこ勝負の作戦であった。
結果としては上手くハマってくれたのだが、ここまで上手くいくとハマりすぎで逆に疑心暗鬼になってしまう。
ハロルドが戦闘を離脱してすでに二十分以上は経過している。モンスターは沸き続けているものの、それらは中央広場に集結してその周辺を徘徊するに留まっていた。
この現状を維持できるのであれば最早モンスターと戦う必要すらない。警戒しつつ避難が完了するまで待てばいい。その間に例の人影を探すことも充分可能だろう。
(まあどうせ嵐の前の静けさだろうけど)
中央広場付近、建物の陰からモンスターを注視しつつそんなことを考える。今は大人しくしていようと、事態は絶対に良くない方向に動く。
それはユストゥスだけでなく、ハロルド・ストークスという存在に対しての一種の信頼からくる確信である。故にハロルドは大量のモンスターが闊歩しているとは思えない不気味な静寂の中で息を潜めてその時を待つ。
その時間は決して長いものではなかった。
様子をうかがうことしばらく、静寂と緊張感を打ち破るように突如としてモンスター達が一斉に、明らかに統率された動きで同じ方向へと進み始める。
レッドボトルの効果が切れたのか、あるいは最初から効果など無くただユストゥスの制御下にあっただけなのかは分からない。ただ、今この時はまず間違いなくユストゥスの意思が反映されているはずだ。
「やはり目標は正門か」
ある意味で想定していた通りだった。それがハロルドにとって最も対処しにくい行動だからである。
隠れていた煙突の陰から飛び出して地上に降りたハロルドは、臆することなく直進してくるモンスターの一団に正面から吶喊する。
中央広場から正門へと向かう、いわばメインストリート。そのど真ん中を駆けるハロルドは、地面を強く踏みしめながらそのスピードを加速させていく。それに釣られるように、珍しく両手で握られた黒剣が雷を帯びて発光を強めていく。
それが一際激しく輝いた瞬間、その光に飲まれたようにしてハロルドの姿が消えた。
「『雷斬り・連閃』」
それはモンスターの集団に一条の閃光が突き刺さるような光景だった。
ジグザグとした軌道を描いた閃光が通り過ぎたあとには、一瞬前まで生きていたモンスターの亡骸が転がっている。そのどれもが首や胴体を切断されており、切断面は黒く焼け焦げていて出血はほとんどしていない。
フィンセント戦でもフィニッシュコンボに使った『雷斬り』という技は、剣そのものが電光と化す奥義技の一つ。発動には溜めを必要とするだけあってその威力はハロルドの技の中でもトップクラスである。
ゲーム内では溜めからの瞬間加速で間合いを詰めて一撃を叩き込むという技だが、ハロルドはそれに空中ダッシュを組み合わせて連続攻撃技へと改造した。トップスピードで接敵し、敵を切り裂いた次の瞬間には空中ダッシュでさらに加速しながら次の敵へ攻撃を仕掛けるという代物である。
タイミングを間違えれば敵やその辺の建物などに体当たりをぶちかましてしまう危険性もあるが、ハロルドは持ち前の身体能力と動体視力でそれを実戦で使えるだけの技へと昇華させていた。
そうして先陣を切るモンスター達を一瞬で片づけたハロルドは、本陣の前に躍り出ると間髪入れずに魔法を行使する。モンスターに向けてではなく、その足元へと。
「『ロックニール』!」
地面から長さ三メートルほどの岩槍が数本飛び出し、モンスターを串刺しにしながら彼らの行く手を阻む障害物の役目を果たす。
開けた場所であれば障害物としてそこまで大きな効力を発揮する魔法ではないが、両側の建物に挟まれ十数メートルの幅しかない通りにモンスターが密集しているという今のこの状況においては少し話が変わる。
これくらいの範囲であればロックニールを連発すればモンスターの数を減らしながら進行方向を岩槍で塞ぐこともできる。
無論、これだけで完璧に足止めができるわけではない。
ひとまず正門への進行を止めただけであり、あとはモンスター達の注意を引き付けて正門とは反対の北側を目指す……はずだったのだが。
(全然俺に向かってこないじゃねーか!)
屋根に登り、ロックニールで作られた一時的な壁に行く手を阻まれたモンスター達の横っ腹から無差別に魔法を叩き込んでいくハロルド。これで再び注意を引きながら、と考えていたのだがどういうわけかハロルドを一瞥すらしない。
この展開も可能性の一つとしては当然考えていたが、これによりモンスターの行動は完全に制御されているのが確定したと言ってもいい。
恐らくはレッドボトルも効果はなかった。それでも最初はハロルドの目論見通りにモンスターが動いていたのは……
「クソ、わざとか……!」
作戦が上手くいっているかもしれない、成功するかもしれない。
ハロルドの思考を、その可能性へと誘導するための撒き餌だったのではないか。それによりハロルドは“モンスターを誘導できるかもしれない”と考えた。そのうえで同じ場所を徘徊するだけのモンスターを見て“あの場所から動かないかもしれない”と考え、動き出すまでは静観するという選択肢が生まれた。
確かにそれで住民が避難する時間は稼げる。だが同時に、それは相手にとっても何かを仕掛ける時間になり得る。
モンスターの動きが怪しいとは常に考えていた。考えていたからこそ軽率には動けなかった。
警戒をしていたはずなのにいつの間にか想定の範囲内だと、対処できる算段があると、そう思わされていた。そう思ってしまえるだけの行動をモンスター達はくり返していた。
故に生まれた“自分の考えた作戦が上手くいくかもしれない”という思考によって判断が、選択が、どんどん後手に回っていた。
もしこのハロルドの選択がユストゥスによって選ばされたものだったとしたら、彼はこの状況で何を――
まるで水中に引きずり込まれるように、ハロルドの思考が沈み込む。その隙を突いたように一体のモンスターがハロルドの頭上を通り過ぎて行った。
ボルトランスを連発して優先的に倒し殲滅したと思っていた、この場で唯一の飛行系モンスターであるグリフォン。その生き残りがハロルドを意に介さず向かった先に――居た。
さっきまでは影も形もなかったはずの、小さな子どもが。
いつの間に?どこから?怪しい。でも本当に逃げ遅れたなら?
瞬間、様々な思考が頭をよぎった。が、それを整理するよりも前にハロルドの体は動いていた。
今動かなければ絶対に間に合わないと直感で理解したからだ。
グリフォンの巨大で鋭利な鉤爪が子どもに届く寸前、ハロルドの剣がグリフォンの首を刎ね飛ばした。
目の前で絶命したモンスターの血飛沫を浴びながら、小さな少年は焦点の合わないぼんやりした瞳でハロルドでもモンスターでもなく、ただ虚空を見つめていた。
明らかにおかしな様子だが、ハロルドは少年のその状態に見覚えがあった。
ウェントスやリリウムと同じ目をしている。
つまりはこの少年もユストゥスによる人体実験の被害者。
「……邪魔だ、眠っていろ」
ウェントス達にそうしたように、けれどそっと優しく、ハロルドは剣の柄を少年の腹部に押し当てる。少年はわずかにうめき声を上げるとハロルドの腕の中に倒れ込んだ。
きっとユストゥスなりの狙いがあるのだろうが、何がどういうわけでこんなことになっているかハロルドにはさっぱり分からない。
だがひとまずは子どもの確保に成功した。あとは彼をフリエリのメンバーに渡してさっさとこの場から離脱させればいい。
そう考えていた次の瞬間、ハロルドの背後で爆発音が響いた。
とっさに飛び退いて振り向けば、ロックニールによる岩槍の壁が前方にいたモンスター共々消し飛んでいた。
威力と範囲からして魔法による攻撃。
一体誰が?などと考える暇もない。障害物が破壊されたことにより堰き止められていたモンスター達が再び動き始める。
その速度は先ほどと比べて明らかに早い。おまけに今度はまたハロルドに狙いを定めたようだ。
「ちっ!」
さすがにハロルドでも子どもを抱えたままモンスターの大群を相手にはできない。とにかく攻撃を回避しながらどうするべきか頭をフル回転させる。
このままモンスターを振り切って正門から脱出する。これはするだけなら可能ではあるが、今残っているフリエリのメンバーを町に残していくことになるうえ、モンスターが町の外に出ることを防ぐために最終手段で正門を塞ぐ必要がある。
そうなれば逃げ遅れたメンバーは焼け死ぬかモンスターに殺されるだろう。
モンスターがハロルドだけを狙っているなら安全そうな屋内に少年を隠し、ハロルドが囮になっている間にメンバーに助けさせる方法もある。
最初の案よりはましだが少年の安全は不確実だ。どう見てもモンスターの行動はリアルタイムで変更されている。離れた瞬間に狙いを変えられて少年を襲われては助けようがない。
少年を抱えたままモンスター達を引き付けて町の中央へ戻る、というのも難しい。
正門から脱出するような短時間で一直線の動きならまだしも、立体的な高速移動の連続による負担は相当なものだ。小さな子どもがそれに耐えられる保証はない。
そしてそれは今のように回避をし続けるという選択肢も取れないことを意味した。
(どうする?どうすればいい!?)
戦闘も、攻撃も、回避も、脱出も選べない。
どれかを選べば少年かフリエリメンバーのどちらかを切り捨てることになる。正真正銘、命の取捨選択。
「ハロルド!!」「旦那ぁ!!」
この絶望的な状況で、二つの声が重なってハロルドの耳に届く。顔を見るまでもない。
それはシドとキース、本来ならこの場にいないはずの二人のものだった。
横目で見れば二人だけでなくアイリーンや他の騎士団とフリエリメンバーの姿もあった。十人はいるだろうか。
(これも予測済みか?ユストゥス……だとしても乗ってやるよ)
命を選ばない、全員を助けられる可能性があるならたとえ罠でもそちらに賭ける。
賭けるのは自分自身の命だけだ。
迫りくるモンスター達の猛攻を搔い潜りながら、なんとかシド達の元にたどり着くハロルド。そして有無を言わさず、メンバーの一人に少年を押し付ける。
「逃げ遅れたガキだ。さっさと連れて行け、残っている偵察共とまとめてな」
「え?あ、はい!了解です!」
「貴様らはコイツらの護衛に着け。それが騎士団の仕事だろう?」
「……分かった」
そうして走り去るメンバーと騎士団を一瞥することもなく、ハロルドは背後に迫っているモンスターを迎え撃つ。
「『瞬雷轟』!」
扇状に飛翔する無数の雷の刃がモンスター達の命を刈り取っていく。
だがそれだけでは当然ながら進行を止めることはできない。
「まさかまたこうして、お前と肩並べて戦える日がくるなんてな」
「ふん、自惚れるな。貴様らの仕事は残飯処理だ」
「ほんと可愛くないわね。少しくらい感謝したらどうなの?」
「まあ旦那らしいっちゃらしいですがね」
ハロルドは言わずもがな。シド、アイリーン、キースの三人もハロルドに並び立つようにしてそれぞれの武器を構える。
この戦いが終わったら結婚するんだ、とかいう致命的な死亡フラグを立ててくれた二人がいても構わない。むしろここで自分の死亡フラグごとシドとアイリーンのフラグも叩き折ってやればいい。
「俺が殿だ。討ちもらしはくれてやる。しくじったら殺すぞ」
「おう!」
「了解!」
「承知でさぁ!」
ハロルドのオーダーに対する返答はてんでバラバラではあったが、その声はどれも力強いものだった。
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