118話
お久しぶりです
臆面もなく放たれた言葉にその場の誰もが唖然としていた。
まあ疑われている立場にありながら説明も弁明も一切なし。それどころか黙って自分に従えと言い放つ傍若無人ぶりを前にすればそうなってしまうのも当然と言えた。
場の空気を沈黙が支配しているこの瞬間にハロルドは言葉を重ねる。どうせ懇切丁寧な説得などこの口では望み薄なのだから力技で押し切ってしまえ、というある種の開き直りである。
「俺を信用できない、と言ったな?自惚れるな、貴様らの信用など最初から必要としていない」
殺気というほどではないが、言葉に多少の圧を込める。
とはいえそれもハロルド基準の多少なので一定以上の実力が揃っている騎士団の面々すら威圧され、冷や汗を流すような代物だ。そういったものに耐性のない町の代表者達はろくに呼吸もできないほど気圧されていた。
その中にあって隊長の男は怯みながらも聞き返してくる。
「……どういう意味だ」
「貴様らが束になったところで俺には勝てないということを自覚しろ。罠に嵌めるなど回りくどい手段を取る意味がない」
実際、ここで言葉を交えているよりも実力行使をした方が早いかもしれない。それは一応最終手段ではあるものの、説得するための手札はそう多くないのであっさり切らなければいけなくなる可能性もある。
「バカな貴様らでもこう言えば理解できるか?俺にその気があればここで貴様らを斬り捨てている」
これ見よがしに腰に下げていた黒剣をガチャリと鳴らす。
警戒態勢を取る者、息を飲む者、ヒッと小さな悲鳴を漏らす者。その反応は様々であったが、誰もがハロルドを恐れていた。
時間に限りがある今は主導権を握ることが何よりも優先だ。故に多少強硬でもこうする他ない。
「これでもまだ理解できない奴は剣を抜け。俺が直々に切り伏せてやる」
誰も事を構えてくれるな、と強く思いながら放たれるハロルドのプレッシャーに誰もが口をつぐむ中、ただ一人ハロルドに向かい歩き出した者がいた。
たてがみを彷彿とさせる橙色の髪をした男、シドだ。
彼はハロルドの前に立つと、意志のこもった瞳でこちらを見つめてくる。
「オレはお前を信じるぜ、ハロルド」
そう言ってシドはニッと笑った。予想外の反応にハロルドも少々面食らう。
確かに旧知の中ではあるが、これまでの経緯を考えればそう簡単に信じてもらえるとは思っていなかった。
「おいシド、何勝手なことを……!」
「すみません隊長。確かにコイツは世間じゃひどい言われようをされてるし、信用ならないって意見も分かります。でもコイツは……ハロルドは世間でささやかれるてるほど悪い人間じゃありません」
毅然とシドは言い放つ。そんな彼を前にして、もしやシドはライナーの同類なのでは?とハロルドは訝しんだ。さすがにライナーほどの直情猪ではないだろうが、数ヵ月同じ釜の飯を食った程度で悪い噂の絶えない人間をよくもまあ信じられるものだ。
「それにハロルドは口が悪くとも嘘は言わない奴です。だから何が起きているのか、ハロルドが何をしようとしているのか、オレ達に何を望んでいるのか、まずはそれを聞いてみるべきです」
「……」
シドの直訴に隊長の男は押し黙った。簡単に説得に応じるようなタイプではなさそうだが、彼らがろくな情報を握っていないこともまた事実である。
先ほどまでは信用ができないから話をする気もないという取り付く島もない態度だったが、シドの説得により少しは冷静になった頭で情報だけでも聞き出すべきだという方向に考え方をシフトしているのかもしれない。
予想していなかったがハロルドには願ってもない援護射撃だ。これに乗らない手はないだろう。
ハロルドは腰に下げていた剣を外して壁に立てかけると、代わりに空いていた椅子を手に部屋の真ん中まで移動すると、それにドカッと腰かけた。
背もたれに体を預け、腕も足も組んだ尊大な態度で隊長の男を見やる。完全に挑発的なポーズだが、これにも一応の理由はある。そして何よりこの口を開くよりも話をする姿勢を見せた方が有効なのだと、これまでの経験で学んでいる。
しばしハロルドをじっと見つめてから、そんな思惑に相手も乗ってきた。
「この町の下にモンスターの大群がいるのが事実だとして、お前の目的はなんだ?俺達に何をさせたい?」
「地下のモンスター共は遠からず活動を開始し、拡張された坑道を通って町の中にあふれ出す。そうなる前に住民の説得と避難を完了させるのが貴様らの役割だ。一ヵ月以内にな」
「正気か?全住民を説得するだけでも一月では到底時間が足りないぞ」
そんなことはハロルドも承知の上だ。避難や移住の説得など本来なら一月どころか数年かけても困難なものだろう。
しかしながら活動が活発になってきているという報告に加え、原作と無関係なわけもないあのモンスター達がそんなに長い間大人しくしていてくれるはずがない。
「できなければこの町の人間が大量に死ぬだけだ。やるかやらないか、好きな方を選べ」
「ずいぶんな言い草だな。これだけ騒ぎ立てておきながら他人事を気取るつもりか?」
「実際、他人事だろう?こうして知らせてやっただけありがたいと思え」
そう、この問題は本来ならハロルドがどうこうする必要性のないものである。原作で描写があったイベントでもなければ、ハロルドの死亡フラグに繋がるようなこともない。
そんなことは百も承知なのだが。
「ふん、忌々しい……ではなぜ無関係であるはずのお前はこの町にきた?」
なぜ、と問われれば一番大きな理由はバーストンの人々を見捨てることができなかったからだ。ほぼ確実と言っていいほどの高い確率で二千人以上の人間がモンスターに蹂躙されるという事態を看過できない。
死にたくないから、死なないためにあれこれ足掻いてきたくせにわざわざ死地に頭を突っ込むなんて本末転倒ではないかと我ながら思う。けれど自分が動くことで多くの命を助けられるかもしれないのなら、その可能性を見て見ぬふりはできなかった。
それにここへきた理由は他にもある。
「こんなバカげたことを仕出かしている奴の計画を阻止するためだ。その手掛かりがこの町の地下にある」
エネルギーポータルを破壊できれば要塞の浮上を阻止できるかもしれない。要塞の浮上を阻止できれば星の核の露出を止められる、もしくは遅らせることも可能かもしれない。
まあエネルギーポータルが存在している確証はないが、仮に狙い通りに行かなくてもユストゥスの計画の一部をわずかでも邪魔できるなら御の字だ。
「それがお前の目的なら住民を避難させる必要はないはずだが。悪逆非道と名高いくせにお優しいことじゃないか」
「はっ、単純に邪魔なんだよ。この町の人間の生き死にに興味はないが、死ぬなら俺の視界に入らない場所で勝手に死ぬばいい」
ハロルドは意図してそんな言葉を吐く。
正直に話したところでこの口が素直に働くわけもないし、彼が先ほど悪逆非道と呼んだように悪名高いハロルドが「人の命を助けたい」などと宣えば一層不信感を買って裏で何か企んでいるのではと勘繰られるのがオチだ。
故に自分の目的のためには住民がいない方が好都合だとしておいた方がイメージ通りの印象を与えられるだろう、という魂胆だ。腕と足を組み、ふんぞり返って座っているこの態度にも同じような狙いがある。
最初から信用も信頼も求めていない。
人命を優先したい騎士団と、住民がいない方が都合のいいハロルド。利害が一致する今この時だけは成り立つ協力関係。それでいいのだ。
「少しよろしいですか?」
二人の会話が止まったのを見計らい、町長の男がそう声をかけてきた。
「ハロルド様のお話が本当だったとしましょう。そして今のお話を聞く限り、もし住民全員を避難させてもバーストンの町は壊滅的な被害が出ることは避けられないように考えておられる様子でしたが」
「ああ、そうだ。この町にはもう住めないと思え」
非情に聞こえるだろうがこればかりはどうしようもない。
坑道は狭すぎてどんどん湧き出してくるモンスターの物量に押し負けるだろうし、地下の空間には例の瘴気が溜まっているせいで長時間の戦闘は行えない。
モンスターと戦うにしても戦わないにしても地上への侵攻は避けられないのだ。
一応モンスターが地上へ出てくる前に封じ込める策も考えてはいるが成功する確率は恐らくそんなに高くないだろうし、成功しても町全体が崩壊する危険性を含んでいる。
仮に地上への被害を少なくモンスターを一掃できたとしても、いつ崩壊してしまうか分からない町など住めたものではない。
「そうなれば我々は避難ではなく移住を余儀なくされる。しかし感情論を抜きにしてもそれは難しいと言わざるを得ません」
「金か」
「左様です。時代に取り残されたこの町に、二千人以上の人間を移住させる資金などありはしません」
「領民の危機なのだから領主に出させろ。非常性を踏まえれば国からの支援も引き出せるだろうが」
「かもしれませんがそれは“事が起きた後”です。事態の認知がされ、各種会議や手続きなどを通して実際に支援が開始されるまで個人のたくわえだけでは食いつなげない者も多い」
ならば勝手に死ね、と本物のハロルドなら吐き捨てるだろう。が、今そんな言葉で斬り捨ててしまったら元も子もない。
そしてお金の問題に対してもハロルドなりに解決策は練ってきてある。
まあ解決策と言ってもLP農法で膨らんだハロルドの資産を提供するというだけのことではあるのだが、短い期間で限られた人数ならばなんとかなる程度の金額はなのは間違いない。
また、こちらはまだ承諾を取れていないがタスクの人脈を活用してもらいスメラギ領を始めとして他領に避難者が希望すれば受け入れる態勢を整えてほしいという嘆願書をここにくる前に送っている。
他の貴族から協力を得られるかは未知数だが、少なくともタスクがそれを無下に扱うことはないだろう。
ハロルドはリストに視線を向ける。彼はそれを受けて再び前に出た。
「それに関してですが私どもの雇い主から資金を提供する準備があると伝えるよう言付けされておりまして。生活困窮者に限ればある程度の支援は可能です。また調整段階ではありますが避難者の受け入れを検討してもらっています」
「なんと……」
リストの言葉に町長を始めとした町の代表者達がざわめく。ここまで手厚く対応されればそういう反応にもなるだろう。
「ふん、相変わらず偽善が得意なことだ。反吐が出る」
などと言って自分は無関係であることをアピールするハロルド。言わずもがなハロルドからの資金提供となれば怪しさ全開だからだ。
まあリストの提案も充分に怪しくはあるのだが。
「私どものためにそこまでしてくれる方がいるとは驚きですな。名前をお聞きしても?」
「とある事情から主の名を明かすことはできませんが、受け入れ候補にかのスメラギ家が名を連ねている、と言えば多少はご理解いただけるのでは」
そこで役に立つのがスメラギという、王国全土で通りの良い名前だ。他の貴族が治める領地の人間からも人気がある。名君、善政で有名なその名前に対する平民からの信頼は絶大であり、ここバーストンでもそれは違わない。
まだ確認を取れていないので名前の前借りになってしまうが、タスクならば間違いなく受け入れるのでそこは考えないことにした。
「それで貴様らはどうするんだ?避難や勧告に必要な人員もこっちで用意してやってもいいが、ここまでされてまだ文句を垂れるか?」
あえてどうでもよさげに、しかしさっさと答えを出せと圧をかける。
普通であれば即断などしない話だろう。しかしこれは今すぐに動き出さなければいけない事態なのだ。
「……こちらで選定した者を連れて地下のモンスターが本当に存在するのか確認させていただきたい。それができればハロルド様のお話に乗りましょう」
「いいだろう。ついでだ、騎士団のからも人を出せ。現実を見せやる」
そう言ってハロルドは口角を釣り上げた。




