117話
その朝、ハロルドの目覚めは決していいものではなかった。理由は昨夜の酒の席で唐突に投下された特大の死亡フラグのせいである。
今回の任務が終わったら結婚するというシドとアイリーン。その二人を待ち受けるのは大量のモンスター。もう最悪の未来しか見えない状況が揃っている。
別に自分の生存とは関係ない話だ。しかしそう割り切って、見捨てることができないのがハロルドという男である。
(俺になんの力もなければそうしたかもしれないけどさ……)
残念ながら、もしくは幸運にも、ハロルドには状況に抗う力がある。
そもそもバーストンに訪れたのも坑道の地下にエネルギーポータルが眠っていることよりも、モンスターが暴れ出すことで大勢の人々が命の危機に晒されてしまうことを危惧している割合の方が大きい。自分の命だけを考えるならこんな危険を冒す必要などないのだが。
「……まあいい」
上手くやればバーストンの人達だけでなくシドとアイリーンのことも救えるのだ。そう前向きに考えれば悪いことばかりでもない。
たとえ死ぬほど不幸な中の小さな幸いだとしても。
「旦那、町の代表だって客がきてますぜ」
扉越しの雑なノックと共にキースの声が来客を報せてくる。だいたいの目星はついているが、出向いてくるのが予想していたよりも早い。
それだけ迅速に、そして必死に行動を起こしたということだろうか。
「通せ」
「へい。どうぞ」
一拍の間を置いてガチャリ、と部屋の扉が開かれる。
「……おはようございます」
「はっ、酷い顔をしているな」
「生憎と寝ていられなかったもので……」
まあそうか、と口には出さず納得する。むしろこんな状況下でよく安眠したものだと自身の図太さに驚くハロルド。
色々経験してきたせいで危険に対する感覚が麻痺しているような気がしないでもなかった。
「それでなんの用だ?」
「今から二時間後、集会所へ町と騎士団の代表者数名に集まってもらう手筈を整えました。その報告に」
騎士団も、というのは昨日シド達と顔を合わせた時点で予想していた。あの話しぶりからしてバーストンに何かしらの危機が迫っていることは把握しているのだろう。
一応エルがハロルドの名前で騎士団にはモンスターの件を通達してはいるが、トラヴィスに人員を割いているせいでこちらには最低限の人数しか送られてないようだ。
現場のシド達まで危険性がしっかり伝わっているかは微妙なところである。
「そうか」
正直に言って騎士団の人間からは基本的に憎まれているハロルドからすれば彼らが居合わせるのは面倒この上ないのだが、今は何よりも避難のために人手が必要だと考えれば同席と説得は不可欠である。
最悪町や騎士団の代表者を引きずってでもまた地下に足を運んでモンスターの姿を見せつける必要があるだろう。
「……」
「まだ何かあるのか?」
報告を終えても押し黙ってその場から動こうとしないフィオナを不審に思いながら尋ねる。
すると彼女は俯き加減だった顔を上げてハロルドの目をしっかりと見つめてきた。
「今回の問題は分からないことだらけです。モンスターや地下施設の存在も、解決の方策も、そして……貴方達のことも」
何か言いたいことがあるのは明白だった。それを察したハロルドは口を閉ざして耳を傾ける。
「ただ、普通ではないことが起きている。私や町の人達ではどうすることもできないような、大変なことが」
分からない、とは素直な彼女の気持ちなのだろう。当然と言えば当然である。
平穏な日々を送っていたのにいきなり大量のモンスターに侵略されて町が滅びる危険があるなどと根拠を持って見せつけられればなぜなのか、どうすればいいのか、何も分からず呆然としてもしかたのないことだ。
むしろ半狂乱に陥っていないだけフィオナという人間の芯は強いと言えるのだろう。
「だから私は状況を打破する手立てがあるという貴方を、不審なことを承知で信じるしかありません……信じて、いいのですよね?」
それでもそう話す声に力はなかった。昨日の光景は相当堪えたらしい。
狙い通りではあるがいたたまれない。この状況を意図して作り上げた男を信じざるを得ないフィオナが可哀想である。
まあハロルドが何かを言えた義理では全くもってないのだが。
「貴様が誰を、何を信じるかなど微塵の興味もない。貴様は自分が信じるものを、自分の心に従って信じればいい」
せめて言葉で励まそうにもご覧の有様である。励ますどころかどうでもいい、と一刀両断だった。
迅速な行動のためには彼女の協力があった方が確実に有利なのでできれば友好的な関係を築きたいところだ。
(まあそんなことが易々とできるならここまで苦労してないんだけど)
不測の事態で準備もままならない中、不安要素ばかりを抱えて臨む町の代表達との会談。
間違いなく面倒なことになるだろう。そんな憂鬱な想いを抱えながら、ハロルドはその時を迎えることになった。
その場所は町の中心に近い集会所のような建物だった。ハロルドが到着した時にはすでに多くの人が集まっていて、そこにはフィオナから聞いていた通り町の代表と思われる人達だけでなく数名の騎士団員の姿もあった。
その中に一人見知った顔もある。それだけの立場になったということなのだろうが、シドの顔は不安そうな色に染まっていた。視線がハロルドに向けられているところを考えると騎士団内でのハロルドの評判は予想通りなのだろう。
「それでフィオナ君、急にこれだけの人を集めて緊急の話し合いを行いたいとはどういうことかな?」
「はい、それについてまずは紹介させてもらいたい方がいらっしゃいます」
そうフィオナに促されてハロルドとギッフェルトの一員、リストが一歩前に歩み出る。
集まる視線をその身に受けながらも、まずは事情を説明するフィオナにその場の進行を預ける。何か必要なことがあればリストが口を挟むだろう。
余計な軋轢を生むしか能のない口を持つハロルドは黙っているのが得策だ。
「ご紹介にあずかりましたリストと申します。お見知りおきを」
リストはそう言って仰々しく頭を下げる。役者、という言葉がハロルドの頭に浮かんだ。
実際彼は調査機関の人間という役割を演じているのだろう。まるで決められたセリフを読み上げるように言葉を口にする。
「私達はある方に依頼されてバーストンの坑道の調査に赴きました」
ある方、というのは恐らくエルのことだ。責任者こそハロルドではあるがフリエリの活動を実質的に取り仕切っているのはエルなのだから。
今回もハロルドが指示していた以外にモンスターの大群を発見できたのも、その可能性を考慮したエルが捜索させていたからだ。原作知識がある故にそれを軸に考えてしまうハロルドとは違い、広い視野と柔軟な思考を持っているエルは原作ではあり得なかった可能性を見出すことができる。
「調査の表向きは坑道の老朽化の程度を調べるもの。ですが真の目的は別にあります」
「その目的とは?」
恐らくは町長なのだろう、やや恰幅のいい男がリストに尋ねる。
当然の疑問を受けてリストはその懐から手のひらサイズの薄い金属プレートのような物を取り出した。
はて、それはなんだろうとハロルドも内心で首を傾げる。それはこの場にいた誰もがそう思ったのか皆がリストの手元に視線を向けていた。そんな興味はすぐに驚愕へと変わる。
「こ、これは…」
誰かが呆然とした声でそう呟いた。声こそ出さなかったがハロルドも似たような驚きを受ける。
何故ならその金属プレートに一枚の絵が浮かび上がったからだ。それは色合いも鮮明に、この世界には存在しないはずの映像機器と同じように現実の光景を写し出していた。
「これはマジックアイテムの一つでして、簡単に言えば現実の風景をそのまま切り取ることができる代物です」
その言葉に偽りはなく、プレートの光景はまるでビデオカメラで撮影された映像のように動いている。
マジックアイテム自体が貴重なものだというのにその性能たるやほとんどオーパーツのようなものである。それだけでも充分驚愕に値するが、今重要なのはそこに写し出されている光景だ。
決して大きいとは言えないそのプレートではあったが、そこに夥しい数のモンスターの姿が浮かび上がっているのは容易に見て取れた。
「そしてこれはバーストンの坑道の奥深く、この町の地下の風景を切り出したものです」
無駄話は不要、とでも言うかのようにリストはこの話の核心を町議達に突きつけた。
あまりにも唐突すぎて、彼らにとっては寝耳に水な話だ。それをすぐさま受け止めることなどできるはずがなく、しばしの沈黙に後に訪れたのは乾いた笑いだった。
「何を言い出すかと思えば……ははは、冗談にしても質が悪い」
「だいたいどうしてこの町の地下にそれほど大量のモンスターが潜んでいるというんだ?馬鹿馬鹿しい」
「そうだ!それにそのマジックアイテムが本物だという証拠もないだろう」
予想通り、ほとんど与太話にしか聞こえない真実に対する反応は否定であり、嘲笑だった。
まあ当然だろう。ここからいかにこの話が真実味を帯びたものであり、実際の脅威が迫っていることを理解してもらえるかはこちらの対応次第だ。
「確かにこれだけでは信じられない話でしょう。しかしそちらにいる騎士団の方々はいかがでしょうか?」
リストがそれまで鋭い視線をハロルドに向けていた騎士団の面々に水を向ける。プレートにばかり注目していたが、見れば彼らを率いている男を含めて数人の顔色が良くないものへと変わっていた。リストの提示した情報で顔色が変わったということはトラヴィスの起きうる事態についても聞かされている可能性がある。
ハロルドでも気が付いたそれを、リストが見逃すわけもなかった。
「騎士団の皆様。貴方達はどういった名目で、どういった目的のためにバーストンへ駐留しているのでしょうか」
今度は町議たちの視線が一斉に騎士団の方へと向く。町の代表者にどんな説明をしていたかは分からないが、今リストが一部の情報を明るみに晒したおかげで彼らに対する疑念が生まれつつある。
上手いつつき方だ、とハロルドは感心しながら無言で状況を見守る。この場ではハロルド達に疑いを持つ者同士だった町議と騎士団の間に小さな亀裂が入ればそこに付け入って切り崩すこともできるだろう。
「……我々が以前から追っている捕縛対象者らしき男の目撃情報があった。そのために人員を割いて捜索にあたっている」
しばしの沈黙の後、隊長らしき男はそう答えた。恐らくそれが事前に説明していた内容なのだろう。
しかしエルがハロルドの名前で報せを送った直後のタイミングでバーストンに入るなど、いくらなんでもタイミングが良すぎる話だ。まあその流れを知っているハロルドだからそう思うのだが。
「では一切、こちらの情報には関知していないと」
「ああ、そうだ」
再び鋭い視線に戻った隊長の男を見てハロルドは疑問に思う。
恐らく彼はモンスターの大群に関する話を聞かされていると見て間違いない。しかしそれを町の人間に説明していないのは対応策が決まっていない中で伝えるのは無用な不安や心配を与えることになるため時期尚早と判断したのだと思っていたが、もしそうならばリストからもたらされた情報はかなり重要なはずだ。
諸手を挙げて、というのは難しいにしても普通ならばこちらから情報を引き出そうとするのではないだろうか。
だが彼が選んだのは拒絶。情報の提供を求めるどころか交渉をする姿勢さえ見せない。
(もしかしてこれも俺のせいか……?)
ある程度危険性を把握していながらも彼が警戒心を優先しているのは自分がいるからなのではないか、という仮説がハロルドの頭をよぎる。
彼らからすればハロルドは騎士団を裏切った大罪人だ。昔馴染みのシドやアイリーンを除けば相当恨まれているに違いない。そうであれば自ずと一連の流れがハロルドの仕組んだ罠だと考えても不思議ではないだろう。
自分はどうするべきか、とハロルドは思案する。良くも悪くもハロルドの言動が状況を左右する恐れがある。軽率に動けば協力体制を築けずに決裂するのは目に見えており、この危機的状況で仲違いを起こすのはハロルドとしても極力避けたい。
(かといって和解するのに時間をかけてもいられないし、そもそもこの口じゃ和解すること自体ほぼ不可能……)
ハロルドとしてはこのままリストに交渉を一任してなんとか場を収めてもらいたいところなのだが。
「何よりこちらとしてはその男がいる時点で信用ならない」
そう言って男は、そしてシドを除く騎士団員達が睨むような視線をハロルドに向けてくる。やはり彼らからの印象は最悪らしい。
そして今度は彼らの言葉に町の人間達が首を傾げる番だった。
「貴方達は知らないだろうが、そこにいるハロルド・ストークスという男は過去に間者として騎士団に忍び込み、多くの死者と被害をもたらした。王都では知らぬ者のいない大罪人だ」
町の代表者達を前にして男が演説でもするかのようにハロルドが背負っている罪を暴露する。
今さら否定することでもなければ、否定したところで信じてもらえるわけもない。それがこの世界においての真実なのだ。
「ええ。そして今はその罪を償うために日夜その身を粉にして役目を全うしております」
精一杯の擁護なのだろうが、さすがに国家権力の象徴と得体の知れない二人組の言葉では持っている重みが違う。いくら見たこともないようなマジックアイテムを有していたとしても信用できる人間かと問われればそれはまた別の問題だ。
もう少し根回しをする時間でもあれば状況は変わったのかもしれないが、現状では町の人間達は騎士団に味方するだろう。エルの判断によりこの役目を任されたであろうリストの能力を疑うわけではないが、ろくな事前準備もなくこの状況をひっくり返せというのは酷なのかもしれない。
「だからどうしたと言うんだ?その男が信用ならないという事実は変わらない」
「なぜそう言い切れるのでしょう?彼がいなければ事態に気付くことは誰もできなかったというのに」
「それも含めてその男、ハロルドの仕業ではないという証拠がどこにある」
意見は平行線……というか本題から逸れ始めていく。おまけにその発言と男がこちらに視線を向けたことにより今度はハロルドが注目される始末。
いつの間にか否応なく発言しなければいけないような雰囲気になってしまう。
「何か言ったらどうだ?ストークス」
頼むからこっちに話を振ってくれるな、というハロルドの思いも通じず男が語り掛けてきた。
まさかここに至って無言を貫くこともできない。盛大にため息を吐き出してしまい気持ちをぐっと堪え、ハロルドは最大限穏当な言葉を探りながら口にした。
「だとしたらなんだ。貴様らに何かできるのか?」
男の言葉を肯定するかのような発言にその場の空気が凍りつく。リストですら何を言っているんだコイツ、とでも言いたげな目でハロルドを見ていた。
まあハロルド自身も同じような気持ちなのだがそれはさて置き、長年の経験から悟る。ここで言葉を止めてしまうと余計にややこしい展開になるような気がする、と。
ならばもうやるしかない。この忌々しい口をフル回転させて無理やりにでも話の主導権を取り戻す。そう決意し、今度は自分の意思を持ってハロルドは口を開いた。
「黙って俺の言うことに従え。貴様らにそれ以外の選択肢はない」




