110話
「おいおいおい、本当にやるのか!?」
「冷静になってエリカ!ライナーも!」
「なんでだよ!ハロルドは俺の父さんと母さんを傷付けたんだ!許せねぇ!」
「ああ、戦おう。……勝ってハロルド本人の口から何があったのかを聞くべきだ」
「わ、わたしは……」
エリカとハロルドが臨戦態勢に入ると静観していたリーファ達の意見が割れる。まあそうでしょう、とエリカは内心で彼女達に申し訳なく思う。
ハロルドと戦うべきではない、というリーファやヒューゴの考えは理解できる。エリカだって戦いたくなどない。ハロルドに武器を向ける自分の姿など最も忌むべきものであるとさえ思う。
ハロルドという人間は傲慢で、自分勝手だ。傲慢に誰かを助けて、自分勝手に傷付いていく。誰にも見えないところで、誰にも気付かれないように。
そうして皆に嫌われながら独りで生きて行こうとしている。
そんなハロルドのことだからライナーの両親を傷付けたというのも、そして今こうして自分達と戦おうとしていることにも何か理由があるのかもしれない。だから彼と戦うのは間違っているのかもしれない。
それでもエリカはハロルドが望むように戦うことを選んだ。
(私が貴方のために出来ることはきっとこれくらいしかない……)
自分はハロルドを支えられるような人間ではなかった。ハロルドの意思に反してまで彼のために動ける人間ではなかった。
それを痛感してしまった今、エリカがハロルドのために出来るのは彼の意思を尊重することだけだ。例えそれがどれだけ苦渋の選択だとしても、全力で戦ってみせよう。
「交戦の意志のない方は下がってください」
「エリカ!意地を張るのはやめて!」
リーファがそう叫ぶが、それは無理な相談だった。
これは今のエリカが愛する人のために出来る唯一のことなのだ。これだけは捨てるわけにはいかない。
「いいえ、引くわけにはいきません」
「ちょっと、いい加減に――」
「おい」
底冷えするような声。紛糾していた雰囲気が強制的に引き締められる。
構えているわけではない。ただ二本の剣を抜いて腕をだらりと下げているだけなのにも関わらず、ハロルドから発せられるプレッシャーは今まで戦ったどんな相手よりも強烈なものだった。
「何をグダグダと話をしている。戦うつもりがないのなら終わらせるぞ」
終わらせる、という言葉を耳にしてここにいる誰もが察した。ハロルドが本気で自分達と戦おうとしている、ということに。
頭に血が昇っているライナーは別としても、その事実はリーファ達に少なくない動揺を与えただろう。それはエリカにとっても同じことだったが、それを堪えてキッとハロルドの目を見つめ返した。
覚悟を決めたのかリーファとヒューゴ、そしてコレットも構えを取る。
「行くぞ、ハロルド!」
ライナーのその声が交戦の狼煙となった。
◇
「はあっ!」
渾身の力を込めた炎剣の一閃。まさに大いなる怒りの名前の通り、ライナーが内なる憤怒を燃やして力に変えているかのようにその炎と剣閃の威力はどんどん増してきている。そして何よりもハロルドのスピードになんとかではあるものの追いすがってきているのが驚異的であった。
正負関係なく己の感情が剣に乗る、感情の爆発により潜在能力を発揮して一段も二段も強さを引き上げる。そういう戦い方だった。まさにRPGの主人公に相応しい、と思わずにはいられない。
対してハロルドの戦い方は真逆と言えた。常に相手の動きを観察し、冷静に攻撃を避け、確実に攻撃を当てる。
その立ち回りを可能にするのが隔絶したスピードと、相手の手の内、そして勝つための戦術を“知っている”という絶対的なアドバンテージだ。故にハロルドが易々と負けるということはない。
例えそれが六対一という圧倒的に不利な状況であったとしても。
ライナーの猛攻をことごとく捌いていると、ハロルドの死角からトンファーによる鋭い一撃が襲ってくる。そのコレットの攻撃を、ハロルドは瞬時に百八十度回転しながら蹴って弾いた。
トンファーに用いられている木材元来の硬さに加え、魔力による加工が施されたトンファーの硬度は並みの金属などはるかに凌ぐ。そんなものを足で蹴り返すなど骨を折って下さいと言っているのに等しいが、ハロルドはそれを難なく実行してみせた。
バキっという鈍い音を上げながらトンファーが二つに割れる。
以前ハンマートレントの巨大な枝の腕を蹴り砕いた際にも使った鳳仙脚。通称踵落としと呼ばれるコンボの繋ぎ技を応用・改善し、脚部の強度と蹴りの威力をより高めた原作には存在しないオリジナルの回し蹴りである。
「そんな……!」
刀剣と打ち合っても欠けることすらない己の武器を蹴りで砕かれたのはさすがに予想外だったのか、コレットの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
しかしそのわずかな攻防の間にフランシスとヒューゴが挟撃するように迫ってくる。
唯一ハロルドのスピードに付いてこられるライナーが足を止め、それを見逃さず他の三人が攻撃を畳みかけてくる。恐らくライナー達も一対一では敵わないと考えているのだろう。そしてそれは実際に正しい判断だった。
しかしハロルドはこの四人の連携さえもどういうものかある程度分かっている。
『Brave Hearts』をとことんやり込んだその経験の中には魔法と遠距離攻撃がほとんど使えないライナー、コレット、フランシス、ヒューゴの四人でパーティーを固定する縛りプレイに近い遊び方をしたこともあった。近~中距離攻撃が技の大半を占め、ろくに治癒魔法による回復が行えない状況ではよりガードと連携の精度を高める必要があった。
この四人、しかも適正レベル以下でコンボの鬼であるハロルド、近接戦闘に特化しているフィンセント、そして高威力の遠距離攻撃を乱発してくるユストゥスを倒すのはなかなかの苦行であった。
だが、それ故に分かる。だから“今”のハロルドには届かない。
そして何より、ライナー達と敵対するという最悪の事態を想定して対策も講じている。二ヵ月に満たなかった騎士団での生活の中でシド達三人と同室だったアイザック達五人、彼らを相手に一対多数の対人戦闘を行っていたのはこの時のためだ。
無論実力という面ではライナー達の方がはるかに優れている。しかし四方八方から飛んでくる攻撃を全て把握し、瞬時に回避するのか受け止めて防御するのか、そういった判断力を培うのには大いに役立ったことはまぎれもない事実だ。
振り下ろされたハルバードを受け流すように捌く。地面を割り砕くような威力も当たらなければ脅威足り得ない。
当然ヒューゴは構え直すためにハルバードを引き抜くが、ハロルドはその力を利用しながら柄を蹴って跳躍し、目前まで迫っていたフランシスの突きも避ける。
そこですかさず三メートル以上も跳んだハロルドめがけて数本の矢が飛来するが、当たりそうなものだけ剣で弾き落していく。だがこの矢は目くらましだ。
「『ボルトランス』!」
前衛四人組が前後左右から攻撃を仕掛けて逃げ道を塞ぎ、唯一逃れられる空中に飛び出したところをエリカが矢で牽制し、ギリギリまで注意を逸らし完全な回避が出来なくなったところへユストゥスの手引きによって科学的補助に磨きがかかったリーファの魔法が放たれる。
ゲームを超える六人による見事な連携と言えるだろう。手の内を見透かされていなければ、の話である。
実のところライナー達の攻撃を捌きながらハロルドが最も警戒していたのは高威力の魔法を使えるエリカとリーファだった。そしてこの状況であればフィニッシャーがリーファになるだろうことも予想していた。
混戦状態であれば、ハロルドの下にライナー達がいれば、周囲一帯を巻き込むような大規模な魔法は使用しづらい。だからこそあえて各個撃破は狙わずに動いていた。
また、エリカの矢はその速度や威力を考えると遠距離からの牽制としては最適と言える。それはここまで共に戦ってきたライナー達の共通認識でもあるはずだ。
そしてリーファが攻撃するための魔法に選ぶとするならスピードに特化したハロルドでも避けられないだろう最速を誇るボルトランスの可能性が高いと睨んだ。
確かに当たる確率で言えばそれが最善の答えである。一撃でハロルドを倒せる威力はないが、当たりさえすれば麻痺や硬直を誘発することも考えられる。
だがそれは、奇しくもハロルドが最も得意とする雷属性の魔法であった。そして矢を弾き落した時点で魔法を放つ準備は完了している。
「『ボルトランス』」
ほぼ同じタイミングで放たれたそれはリーファのボルトランスを易々と飲み込み、太陽が輝く青空の下にあっても目を覆いたくなるほどの強烈な光を放った。
誰しもが反射的に目を瞑り、顔を逸らす。そして一瞬の静寂のあと、静かに目を開けばそこには傷一つなく悠然と佇むハロルドの姿があった。
「……こんなものか」
などと憮然として言いつつも実はギリギリの状態である。
こちらから攻撃を仕掛ける気がなく、完全に回避だけを頭に置いていたからこそ余裕を持って避けられたが、これでライナー達六人全員を倒すとなると話は全く違ってくる。そもそも最終決戦が目前に差し迫っているこの時期に主人公パーティーに怪我を負わせることは絶対に避けなければいけない。
かといってこの後に待ち構えているだろうイベントを考えるとハロルドが負傷退場するのも得策とは言い難く、そうなるともう禍根を残したままでもいいから逃走するくらいしか選択肢がなくなってしまうのだが。
「まだだ!」
ハロルドの言葉が癪に障ったのかそう叫びながらライナーが突っ込んでくる。
大きな怪我をさせたわけではないが、それでもライナーにとっては両親の敵討ちになる戦いだ。そこで「こんなものか」などと言われればムキになる気持ちというのは痛いほど理解できる。
戦いが始まる前にライナー達が揉めていたので一応「戦うの止めませんか?」という思いで問いかけてみたが無意味だった。まあ「戦うつもりがないのなら終わらせるぞ」なんて休戦の提案ではなく宣戦布告なので当然だが。
とはいえそのおかげか、感情的になりやすいのが欠点であるライナーのこの行動は完全に悪手であった。
「おおおおおおっ!」
より一層その威力を増した炎剣が振り下ろされる。荒れ狂う炎が地面を抉りながら焼いていく。
だがハロルドはその攻撃を難なく避けると、仲間の援護もなくがら空きとなった背後に立つ。そして剣の柄を握ったままライナーの後頭部を打ち据えた。
「がっ……!」
しかし呻き声を上げながらもライナーは倒れず踏み留まる。ハロルドとしては一撃で意識を奪うつもりだったのだが、耐久性の高さは流石と言ったところだ。もしかすると絶対に負けてなるものか、という強い意志の表れなのかもしれない。
ハロルドは黒剣を地面に突き刺し、その左手をよろめいているライナーの背中に押し付けた。
次の瞬間、バチィンという音と閃光が走り、今度は声を漏らすこともなくライナーは膝から崩れ落ちるように倒れた。
「ライナー!」
一足遅れてコレットが駆け寄ってくる。その後をフランシスとヒューゴも追ってくるがもう遅い。
まずはエリカの矢とリーファの魔法、その射線上にコレット達が重なる位置に入る。これにより次の矢を放とうとしていたエリカの手が止まった。矢など容易く回避してみせるハロルドを挟んだ形では名手であるエリカでも簡単に放てはしない。その横に立つリーファも次の魔法を放つ準備はまだ整っていなかった。
それを確認してからハロルドは軽く体を沈ませる。まさに今にもコレットへと飛びかかろうかという姿勢に、彼女を守ろうと追随する二人もさらに足へ力を込めた。
しかし、ハロルドの方が速い。踏み込んだ直後、一瞬で相手との間合いを詰める。
「あ?」
そんな間の抜けた声を上げたのはヒューゴだった。それもそのはず、コレットが狙われているとばかり思っていたところにいきなりハロルドが自分の方へ向かってきたのだ。元より目で追うことも困難な相手であり、ヒューゴ自身も自分が狙われるとは思っていなかっただろう。
ほとんど不意打ちに近い状況で、ハロルドは再び剣の柄でヒューゴの顎を打ち上げる。頑強な筋肉の鎧を纏うヒューゴであっても防御すら出来ずに脳を揺らされてはひとたまりもないだろう。その大きな体が仰向けに倒れてピクリとも動かなくなった。
その時点でようやくこちらに振り向いたフランシスが構え直す前に腹部へ蹴りを叩き込み、ライナーと同じように電撃を帯びた掌底、剛打掌・雷でその意識を刈り取る。
しかし狙い通りではあるのだが、あまりにもあっけない。各個撃破で続けざまに三人を無力化してしまった。
「……本当にこの程度なのか」
意図せず言葉が漏れ出る。
これでユストゥスに勝てるのか?と、思わずそんな疑問が湧いてしまうほど手応えがない。
ライナーへ駆け寄っている間に味方がやられ、呆然としているコレットを一瞥する。その肩がビクッと跳ねた。それでも守るためにかライナーの前へ出るが、武器も破壊され戦える状態ではないだろう。
「さて、残るは貴様らだけだ」
そんなコレットなど眼中にないと言わんばかりの態度でエリカとリーファの二人と向き合う。リーファは強張った表情を、エリカは視線で貫かんとばかりに毅然とした表情をそれぞれ浮かべていた。
「どうする、まだやるつもりか?」
「もちろんです」
即答するエリカ。
対してリーファは声を荒げて爆発した。
「あーもう、意味分かんない!エリカも!ハロルドも!なんであたし達がアンタと戦わなきゃいけないわけ!?」
「喚くな。戦う気がないのならさっさと退け」
もちろんこれはハロルド流の「戦いたくないなら下がって?」というお願いである。
当然、火に油を注いで終わった。
「っ……あーそーですか、そこまで言うならやってやろうじゃない……!どうなっても文句言うんじゃないわよ!」
そう言いながらリーファが振り上げたロッドを地面に突き刺した。その瞬間、黄金色の魔法陣がハロルドを中心に形成される。
「これは……!」
その正体を瞬時に察するが、その魔法はすでにハロルドを捕えていた。
「『デュアルバインド』!」
相手を拘束する魔法としては最も強力な技。ゲーム内においては八秒間相手を行動不能にするだけでなく、行動不能が解除された後も追加効果として一定時間だが敵の攻撃力と素早さを低下させる。
性能だけならはっきり言ってぶっ壊れ技である。なにせデュアルバインドを連発していればどんな敵でも相手ではなくなってしまう。
まあもちろんゲームにおいてそんな都合のいい魔法は存在せず、一度の戦闘につき使用は一回までや、消費魔力は固定ではなく最大値の四分の三というデメリットも存在している。
そしてその中の一つに“詠唱破棄の不可”があったはずなのだ。
(いつだ!いつ詠唱した!?)
体が動かない代わりに頭が高速で回る。しかし出てくる答えは「詠唱などしていない」だ。
先ほどのボルトランスを放ってから向き合うまでの時間では詠唱時間が足りないし、そもそも声を出していなかった。詠唱していたとしたらその前ということになる。
しかしそんな時間はなかったはずである。
(いや、まさか……まさかそういうことか!?)
高速で流れる思考の中で拾った違和感。それが答えを紐づける。
リーファは詠唱をしていた。ボルトランスを放つ前、乱戦をこなしながら横目で窺ったリーファは確かに黄金色の魔力光を発しながら呪文を唱えていた。
だが、今思えばボルトランスの詠唱にしては長すぎる。そしてデュアルバインドもボルトランスも、その魔法光は同じ黄金色だ。
(冗談だろ……デュアルバインドの詠唱をしながら無詠唱でボルトランスを使ったって言うのか!?)
二重魔法使用。そんなスキルはゲームにも存在しなければ、こちらの世界でだってお目にかかったことはない。ある意味で“デュアルバインドの詠唱破棄”よりも突拍子のない、完全に埒外の領域に踏み込んだ技術。
そしてそんな狂った発想ができる狂人にハロルドは心当たりがあった。
(リーファになんてもんを教えやがった、ユストゥス!)
リーファは決して魔力に恵まれていないわけではない。ただ魔力を魔法として行使するための才能が乏しかった。言い換えればそれはオラクル器官の機能が不全だったという、遺伝的・先天的要素によるものである。
しかしユストゥスはそのオラクル器官のこの世界唯一と言ってもいい専門家。さらに魔法が盛隆を極めている世界で、科学的知見においても右に出る者がいない科学者だ。
そしてリーファ自体もその頭脳と技術は天才と評して過大にならない少女である。もしもそこに魔法と科学の両面から自術の底上げを施され、オラクル器官の機能が回復したとしたら。
日の目を見る機会のなかった天才的な魔法技術を遺憾なく発揮することが出来る。
「やるからには本気でやりなさいよ、エリカ!」
「分かっています」
そしてもう一人、最上級の魔法を無詠唱で連発できる、魔法そのものの天才。
エリカ・スメラギの牙がついにハロルドを捕えた。
「『レイヴン・ストーム』」
エリカの足元に新緑と漆黒の魔法陣が重なり合って広がる。それはハロルドの知らない魔法。
しかしその光景を見てそれがどういうものなのかは推し量れた。
属性の異なる魔法を同時に、しかもどちらも詠唱破棄による発動。感じる魔力から察すればそれぞれが最上級の魔法だ。
ハロルドでもまともに食らえば無事では済まないだろう。それは分かっていても依然体は動かない。
そして漆黒の暴風の中へとハロルドが消えて行った。




