103話
「……思っていたよりお早いお目覚めだねぇ」
「ゆっくりと眠っているわけにはいかないようだからな……」
コーディーと目を覚ましたフィンセントが軽口を交わす。若干コーディーの瞳が潤んでいるような気もするが、そこをとやかく言うのは無粋だろう。
それよりもフィンセントが意識だけでなく自我まで取り戻しているらしいことにハロルドは驚く。
戦闘中にその可能性は考慮していた。しかしそうなるという確信があったわけではなく、洗脳が解けた理由も結局分からないままだった。
故に完全に覚醒することは難しいだろうと思っていただけにハロルドは困惑した。
「……何か難しい……顔をしているね」
声を出すのも辛いだろうに、目ざとくハロルドの表情を察知したフィンセントがそう聞いてくる。
確かに分からないこと、フィンセントに確認したいことはある。だがまずはそれよりも先にしなければいけないことがあった。
「おい、患者が目を覚ましたぞ」
ちょうど病室の前を通りかかった看護師にそう告げた。
あの重症からその日の内に意識を取り戻すとは思っていなかったのかかなり驚愕していたが、すぐに医者を呼びに行く。それから医者による診察が行われたが、どうやら回復速度が並外れているらしく体を起こすくらいはわけがないらしい。
医者は「人体の神秘だ」などと言っていたが、単にフィンセントの回復力が人外染みているだけだ。流石はボスキャラ格である。まあハロルドの治癒魔法も回復の手助けにはなっているのだろうが。
そんなわけでフィンセントが目覚めておよそ一時間後。
改めてハロルド、コーディー、フィンセントの三人で状況の把握を行うことになった。といってもハロルドが知っていることを語るだけで、二人はほぼ聞き役となるのだが。
「聞かせてほしい、ハロルド。ユストゥス博士の目的とは一体何なんだ?」
幾分力強さを取り戻した声でフィンセントがそう聞いてくる。
正直どう話したものかと思わざるを得ない内容だが、前置きや曖昧な物言いなど絶望的に向かないこの口だ。単刀直入に告げることにした。
「アイツは死んだ人間を生き返らせようとしている」
「え、どうやって?」
コーディーの疑問は尤もだった。
しかし死人を生き返らせるというだけでもかなりの与太話なのだが、その方法となるとさらに現実味の薄い内容である。なにせこの星の成り立ちにまで関わってくる話なのだ。
まあそこまで詳しく解説してもあまり意味はないので必要最低限な部分だけ伝える。
「貴様らはアストラル体というものを知っているか?」
「聞いたことはあるが詳しくは知らんね」
「確かユストゥス博士の研究テーマだったと記憶しているが……」
「そうだ」
“アストラル”は『星のような』または『星の世界』といった意味を持つ単語である。
そして“アストラル体”は『精神活動において感情を司るもの』とされている。この辺はゲーム独自の設定も含まれているので難しいのだが、簡潔に説明すれば『肉体や精神と一体であり、人間の自我を構成するもの』といったところだ。
そもそもアストラル体とは宇宙全体に拡散されており、全ての人間に備わっているものとされている。つまり人間は誰しもアストラル体を有していることになるのだが、人の死後、そのアストラル体はとある場所に集められる。
それがこの星の核である超巨大な固形アストラル体なのだ。ついでに言えばその星の核から漏れ出たエネルギーが魔力の元になっていたりもする。身近なところで言えばスメラギ領の龍穴から湧き出している気なんかがそうだ。
「えーっと、無学なボクちゃんにはちょっと難しいなー、なんて……」
「正確に理解する必要はない。あくまでそういうものがあるという認識でいい」
ハロルドだってアストラル体についてはゲームで説明されていた以上のことなんて知らないのだ。
ただこの世界においてアストラル体とはそういうものなのである。
「そしてユストゥスは集積された固形アストラル体内から死人のアストラル体を選別して生き返らせようとしている」
「……そんなことが本当に可能なのか?」
「あの男が十年以上の月日をかけて準備してきた計画だ。そうそう失敗するとは思えん」
それはある種の信頼だった。事実、原作でもライナー達が止めなければ成功していたのだから失敗するなんて希望は持てない。
なんとしても計画が発動する前に止めなければ大惨事になるだろう。
「問題なのはその計画が成功した場合、高い確率で大陸が沈むだろうということだ」
「は?」
コーディーが呆然としたような声を出し、フィンセントもにわかには信じられないとでも言いたげな顔をしている。
無理もない。いきなりそんなことを言われればそういう反応にもなるだろう。
「……なぜそんなことになるんだ?」
「核から個人の自我を選別するといっても、その数は膨大だ。故にユストゥスは外部からの干渉ではなく核と自分を同期させようとしている」
原作では同期しきる前に倒してハッピーエンドだったわけだが、それでも星の核のエネルギーという魔力の元を行使してやたら高火力の攻撃をバンバンくり出してきた。
「もしユストゥスが完全同期を果たせば選別のためにアストラル体内の無用な自我を排除することで核は崩壊を起こす。核を失えば大陸は沈み、大半の人類は死に絶えるだろう」
「そんなバカな……それでは例え生き返らせることができたとしても博士達だって生きていくことができない」
「ああ、そうだな。普通の人類では無理だ」
「……どういう意味?」
「大陸が沈み、崩壊した星の核の残骸のみが漂う世界でも生きていける者が存在する。ソイツらの名は星詠族」
「まさか……!」
その名前を出したことで二人も勘付いたのだろう。
ユストゥスの計画とベルティスの森での戦いが結びついたことに。まあそれだけではなく本来ならあそこで騎士団の名誉を失墜させることでフィンセントへ精神的負荷を与えつつ、相対的に自分の手駒であるハリソンを始めとした国軍に権力を寄せようとする意味もあったのだが。
一手に二重、三重の罠が仕掛けてあるのが非常に悪辣である。
「正確には星詠族の先祖である『星の子』という奴らだがな」
以前ユストゥスが話していたように星詠族には特殊な器官が備わっている。それによって普通の人間とは異なる魔法の使い方をしているのだが、それこそが星の世界で生きていく為のカギなのだ。
ユストゥスはその特殊な器官をオラクル器官と呼称している。神様の存在など微塵も信じていないような男が神託とはなんとも皮肉が効いているが。
「でも先祖ってことはその星の子ってもういないんだろ?」
「ああ。だからこそユストゥスは星詠族を捕縛し、人体実験を行っていた。先祖返りをさせるために」
ゲーム内では描かれていなかったが、実のところ星詠族を用いた人体実験は原作開始よりも以前から秘密裏に行われていたようだ。それはハロルドがユストゥスの手駒になったからこそ知り得た情報である。
言ってしまえばベルティスの森での戦いは実験体の回収よりも計画の仕上げに向けてフィンセントを揺さぶることの方に重きを向けていた感じさえした。だからこそ消費が激しいと言いつつ、ウェントスやリリウムに割く素体の余裕があったのだろう。彼らの感情が抑圧されているのも自我や感情に関連するオラクル器官を弄られたことが原因なのかもしれない。
何にしろ胸糞の悪い話だ。
「星詠族に備わっているオラクル器官は魔力に自分の感情を上乗せし威力を増幅させる働きを持つ。だがそれは星の子と比較して器官が退化した今の使い道であって、以前は星の核から直接エネルギーを引っ張って魔法を使っていたらしい」
「だからこそ星の子、か」
「星の核であるアストラル体は自我の集合体だって話だもんねぇ。そっから引っ張ってきた感情をまとめて魔法にするとか考えたくない威力だ」
「だがそれが可能な素体はもう出来上がっている。あとはユストゥスが核に同期して選別を行った後、素体のオラクル器官を利用して己の自我を流入させるつもりだ」
「聞けば聞くほどおっかない計画だ。だからこそハロルドはそれを阻止するために動いてたってわけか……」
コーディーが溜め込んだものを吐き出すように大きな息を吐いた。
そして沈黙したコーディーに代わり、フィンセントが話を切り出す。
「今の話が本当だとして、なぜ星の子は大陸のない世界で生きて行けるんだい?」
「俺も詳しく知っているわけじゃないが、オラクル器官の使い道は一つじゃなかったと聞いている。そこに何か仕掛けがあるのかもしれん」
その辺はゲーム内でも全くのノータッチだった。ファンによる考察では星の子は核と同期することで幽体になることも可能で、その状態であれば星の世界であっても自我を保てるのではないか、といった仮説もあった。
いわゆるアストラル投射……馴染みのある言葉で言うなら幽体離脱のようなものだ。完全に神秘学の領分だが、魔法やモンスターが実在する世界では今さらだろう。
「それよりもだ。フィンセント」
「何かな?」
「貴様、どうやってあの状態から正気に戻った?そもそもなぜああなった?」
「悪いがよく覚えていない。確かユストゥス博士に声をかけられて彼の研究所で話をした辺りから記憶が曖昧になっているが……」
「話の内容は?」
「覚えている範囲だと大したものじゃない。最近私に元気がないようだから雑談でもして気晴らしになれば、と」
「それはいつ頃だ?」
「ええっと、今日は?」
「十一日だ」
「なら……あれは四日前か」
その間に何かした、ということだろうか。ユストゥスが直接的な戦闘を行ったとは思えないし、薬品か何かで眠らせて洗脳処置を施したのだろう。
だが時間をかけられなかったせいで洗脳のかかりが悪く、戦っている内に解けたと考えられなくもない。ただハロルドとしてはどうにも腑に落ちない出来事だった。
「目覚めるまでの記憶はどうなっている?」
「途中からだが君と戦っている時の記憶はある。ただ意識があったというよりはまるで夢を見ているような、曖昧な状態だった」
「つまり完全に覚醒したのはさっき目を覚ました時か?」
「ああ、そうなる……いや、違うな。君との戦闘の最後、気を失う前にほんの一瞬だが意識も感覚もクリアになった」
「それ、痛みで目が覚めただけじゃないの?」
「だとするならそれ以前の攻撃で覚醒していたと思うが……」
まあ散々斬られた挙句にハロルドの技の中で最大火力である裂雷を食らっていることを考えれば痛み単体というのは覚醒のきっかけとしては考えにくい。
なにせ最後はただ剣の柄で腹部を殴っただけである。
(……剣の柄?)
はたと思いつき、ハロルドは壁に立てかけていた二本の剣の内、鈍色の直剣を鞘から抜き出す。その根元、刀身と柄の境目には翡翠色の水晶が埋め込まれている。
その水晶はこの剣がいわく付きである証左。使用者の魔力を吸収することで戦闘力を向上させるが、代償でその命を削られる。
実際、剣の力を発動させた際の効果をハロルドは身を以って知っている。だからこそそういう代物なのだと納得していた。
(けど本当にそうか?本当に魔力を吸収しているなら魔法の威力が落ちたり身体強化の魔法が上手く使えなくなったりするもんなんじゃないのか?)
原作キャラ故に桁外れの魔力を有するハロルドだからこそ弊害が起きなかっただけかもしれないが、それでも命に関わるほどの量を失えば何かしらの支障をきたすのではないだろうか。
ならば魔力ではなく生命力を吸収するからこそ戦闘能力が向上する、という説明の方がよっぽど筋が通っている気がする。
しかし単に命を吸収するというだけなら魔力云々などとは説明する必要がない。
もしもの話だが、この剣が吸収しているのが魔力や生命力以外のものだったとしたら?そして“ソレ”はなんだ?魔力でも生命力でもない、けれど吸収されれば命に関わる何か。そもそもその何かを吸収するというこの水晶の正体は?
一度気にかかれば疑問と嫌な予感がどんどんと湧き出てくる。
「ハロルド?どうしたんだ?」
コーディーに声をかけられ、ハロルドはハッと顔を上げる。どうやら考え事に集中し過ぎていたらしい。
「……なんでもない」
「本当に?なんかその剣を見つめて怖い顔してたけど」
「なんでもないと言っている」
「君は素直になることを知らないねぇ」
コーディーがやれやれと首を横に振る。
いつも通りの軽い言動だが彼なりに心配しているのだろう。重くなった空気を払拭させようとしたのかもしれない。
それを察してかフィンセントも一旦話を終わらせようとこんな質問をしてきた。
「最後に一つ聞いてもいいかい?」
「なんだ?」
「ユストゥス博士が生き返らせようとしている人は一体誰なんだ?」
フィンセントの問いに、ハロルドは彼の目を見てしっかりと答えた。
どんな理由があったにせよ、ユストゥスの計画は絶対に止めなければならないという意志を込めて。
「エステル・レイクス。あの狂人が生涯で唯一愛した女だ」




