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100話



 剣を握る両手が重い。剣先が下がらないように構えているだけで疲労が増していく。

 普段から常軌を逸した鍛錬を積んでいるハロルドであっても体力の限界が近づいてきていた。

 戦闘開始からすでに一時間以上経過している。ただ戦うだけならその程度問題なくこなせるが、真剣勝負で命の取り合い、しかも相手が自分と互角の強さを持っているとなれば話は変わってくる。長剣を長時間使用しているというのも精神的によろしくない。


 速さで上回っていても間隙を縫うようにして放たれる攻撃は一発でもまともに食らえば勝敗を決するに充分な威力だ。それだけでも厄介だというのにその一撃の精度がどんどんと増してきている。

 すでに何度か避けきれずにガードしてしまっているが、腕力と質量に物を言わせて防御の上からダメージを通してくる。おかげでひどく痺れた左手の握力はほとんどなく、黒の直剣はもう取り落としていた。

 最悪ガードしてもそのままぶった斬られてお陀仏になる恐れもあったのでなんとか防げることが分かって安心感もあるが、それでも全身が軋み、痛みで顔が歪みそうになる。

 息も絶え絶え、致命傷こそないものの体の至るところに血が滲むハロルドの姿はまさに満身創痍。それほどまでにフィンセントとの戦いは熾烈を極めていた。


 フィンセントが斬馬刀ざんばとうを彷彿とさせる長尺の大剣を振りかぶる。空いている間合いからすればいくら大剣であっても到底届く距離ではないが、その刀身が淡い青色のオーラを纏う。それを認識したハロルドは飛び退いてさらに間合いを広げた。

 そんなものはお構いなしと言わんばかりにフィンセントは地面に叩きつけるように剣を振り降ろす。


 重々しい破砕音。ものの見事に地面が割れ、めくり上がる。

 それだけでバカげた威力だというのが分かるが、この攻撃の本命は別にある。フィンセントが剣を叩きつけた直後、ハロルドの周辺に空間のゆがみが生じる。その正体はフィンセントの剣圧によって生じた、高密度に圧縮された空気。

 次の瞬間それはプラズマ化し、周囲を巻き込んで爆散する。


爆塵剣ばくじんけん


 原作にも登場するフィンセントの技の一つであり、彼にとっては数少ない近距離以外の攻撃手段だ。

 それをすんでのところで回避するハロルド。ゲーム内ではそこまで攻撃力は高くないが、それはあくまで“フィンセントにしては”という意味であり、おいそれと食らっていい技ではない。


 何よりゲームでは定められた距離に直径一メートルほどのプラズマがひとつ発生するだけだったが、ここでは剣を振り降ろした地点から扇状の範囲に、無作為に発生する。技の効果範囲が原作よりも格段に広い上に避けにくい。空気にゆがみが生じてからプラズマ化し、爆散するまでの時間がわずか一秒ほどもないからだ。

 一度でも食らえばそこから追撃される危険性が非常に高い。


 なんで剣を振り降ろしただけでプラズマが発生するんだ!と物理法則を放り投げたような速度と動きで戦っている自分のことを棚に上げてそんな文句が口から飛び出しそうになる。

 冷静に考えればお互い様であり、こういう部分はつくづくファンタジー的な世界だった。


 しかし押されているように見えて、実のところ状況は拮抗している。フィンセントがハロルド以上に負傷していることを踏まえれば優勢と言えるかもしれない。

 徹底したヒット&アウェイ戦法により甲冑の隙間や装甲の薄い部分を狙い続け小さいながらダメージを蓄積させてきた。内部装甲だろう甲冑の下の硬質物もあらかた破壊済みである。

 その証拠にフィンセントにもそれなりの傷、出血が見て取れる。


(なのに動きが鈍らないってのはおかしいだろ……!)


 それどころかハロルドの動きに対応してきている。譫言のように「排除を最優先とする」とカタコトでくり返す様は理性も自我も無さそうなので、痛みや疲労を無視していると考えれば動きの質が落ちないことに納得できないこともない。

 しかしそんな状態に陥っているなら普通はもっと大味というか単調な動きが多くなるものなのではないだろうか。フィンセントの無表情っぷりはリリウムやウェントスに通じるものがあるが、彼らほど機械的、直線的な戦い方ではない。


 間合いの外から牽制と撹乱で隙を作り、そこに飛び込んで攻撃し離脱する。それが当初のハロルドの作戦だった。ところがある程度くり返した時に飛び込んできたハロルドにカウンターを合わせてきた。

 その攻撃を避けて攻撃を続ければ、そこからフィンセントはカウンターをフェイントに使い、回避した先のハロルドに攻撃を合わせてきた。

 さすがにこれは避けきれず、剣で防いだせいで数メートルも吹き飛ばされた。


 リリウム達が決まりきった動きをくり返す作業用ロボットなら、フィンセントはAIで学習して動きを変化させるロボットだ。それくらいの違いがある。

 実際、序盤に比べるとハロルドの攻撃が通りにくくなってきていた。


(……待て待て、まさかマジで学習してるのか?)


 例え話として考えてみたが、ハロルドに憑依してからやたらと的中率の高い嫌な予感が首をもたげる。

 もしそうだったとしたら攻撃に怯まない、ダメージを負っても動き続ける、相手の動きを学習するという殺戮マシーンが眼前にいることになる。しかも本人も高性能なので攻撃力は一撃必殺並み、防御力も砦のように硬いときている。

 おまけに洗脳状態のせいで戦闘パターンがゲームとは異なるため原作知識もあまり意味をなさない。


「はっ、それがどうした」


 気丈に振る舞うために吐いた独り言。しかしそれもハロルドが呟けばあたかも自信に満ちて勝ち気なものに様変わりする。

 おかしな話かもしれないが、そのことがハロルド本人を――一希を勇気づける。


 既知の行動パターンがほとんど存在しないなら誘導して作ってやればいい。

 もしこちらの動きを学習するというならそれを利用するまでだ。

 ハロルド・ストークスならばそれができる。誰よりも自分自身がそれを知っている。


 己を鼓舞するためにわざとらしく不敵に笑った。次の瞬間には制止した体勢から一気にトップスピードへと乗る。

 空中ダッシュ。初めて実戦で使ったのはサリアン帝国の魔導師・リッツェルトとの戦い。あの時は相当な無理をして空中での加速や方向転換を行っていたが、あれから数年の月日を経てハロルドは高速の三次元機動を完全に我が物にした。

 速度自体もあの時の比ではない。だがこの戦いの中でフィンセントはその速度に対応してみせた。


 それでも読まれるのは承知の上でハロルドは懐に飛び込んだ。最高速度のまま地面を蹴り、飛び上がった体勢からさらに空中を蹴って背後を取る。

 狙いは首筋。むろんそんな急所は甲冑で覆われているが目的は殺すことでもダメージを与えることでもなく、“斬りつける”という行為そのものにある。そしてフィンセントはハロルドが予想した通りその一撃を左腕の籠手で受け止めた。


 フィンセントは戦闘が開始されてから初見の攻撃に対しては籠手でガードしてくる。まったく同じ動きから攻撃を二度、三度とくり返すと、その三度目でフィンセントは籠手による受けからカウンターに切り替えてきた。

 それを回避して、再び背後に回り込みながら攻撃を仕掛ける。


 フィンセントはそれを払うように左腕で裏拳を放ってきた。攻撃するというよりは、相手の攻撃を牽制するための挙動。

 とはいえそれも剣が握られていないためにかなりの鋭さと威力がある。しかもそれを食らえば体勢が崩され、そこに大剣による追撃が待っているというおまけつき。


 だがハロルドはそれを分かっていながらあえて受ける。大剣による攻撃程ではないにしろ、無防備に受ければ骨の一本や二本を覚悟しなければいけない威力だ。

 そしてそれを堪えた次の瞬間には本命の斬撃が振り下ろされる。これを受け止めようとすれば一撃で戦闘不能、最悪そのまま死ぬことも考えられる。


 そんな一撃を、ハロルドはギリギリで避ける。

 ただし本来なら後方に飛び退くところを、振り下ろされる剣と紙一重ですれ違うように前に踏み込みながら。

 賭けだった。反撃に転じるほどの余裕はない。わずかでもタイミングが遅れていれば後頭部、あるいは背中から両断されていただろう。

 剣による戦闘能力の上昇がなければ躱せなかったかもしれない。それでもハロルドは地面が砕けるのを感じながら一度目の死線を掻い潜る。


 それを抜けた先はまたしてもフィンセントの背後。

 しかし反撃はできなかった。時間にすれば一瞬の攻防だったが、それ故に高い集中力を必要とし回避しきるだけで精一杯。とてもではないがそこから瞬時に攻撃体勢を取ることは困難だった。


 仕切り直すためにハロルドはフィンセントの間合いを空ける。これで今の動きはもう通用しないだろう。戦闘が長時間化しているのはこうして攻めあぐねている内に色々な手を試した結果、決定的なダメージを与えられないまま行動パターンを学習されてしまったのが原因だ。

 そしておおよそ三度目でフィンセントはハロルドの動きに対応してくる。


(だからこそ仕掛けるのは三度目・・・


 息を整え、決死の覚悟で一連の動きをくり返す。二度目はさらに際どく、大剣が頭の横を通過していく風切り音が先ほどより大きく聞こえた。見れば斬り飛ばされたのであろう服の切れ端がフィンセントの足元に落ちていた。

 確実に一度目より二度目の方がハロルドの動きを追えている。

 もし三度くり返せば斬られるだろう。仮にまだ考える頭が残っているならフィンセントもそう思っているはずだ。


 失敗すれば訪れるのは死。ハロルドが恐れ、避け続けてきたものが待ち受けている。

 けれどもう逃げてばかりもいられない。生きるためには死地に飛び込むことが必要とされる状況にあった。


(……それは今さらかもな。本当ならもっと早くにそういう覚悟を決めなきゃいけなかった)


 ハロルドは今はっきりと理解した。自分は死の運命と戦ってきたのではない。死の運命から逃げようとしていただけだ。

 スイッチを切り替えることで感じる恐怖は自分の中に残るハロルドの残滓に押し付けて、一希自身は死への恐怖に立ち向かってはこなかった。そのツケが目の前にいるフィンセントなのだろう。


 だから今ここで一希ハロルドはしなければいけない。

 ハロルド・ストークスと共に戦う覚悟を。運命に立ち向かう覚悟を。

 原作知識、ハロルドの能力、そして一希の覚悟。それらすべてを持って戦わなければフィンセント、そしてユストゥスには勝てない。


「行くぞ木偶人形デクにんぎょう!」


 そしてハロルドは三度目の死地へ飛び込んだ。

 背後に回り、そこに合わせるように放たれた斬撃を避ける。再びフィンセントの背後を取るも三度目となればその反応もさらに素早い。攻撃の構えを取る隙もなく裏拳が飛んできた。剣を盾にすることでそれを受け止める。

 ここまでは先ほどと同じ。


 すでに頭上には大剣が迫っている。これは前方に踏み込んでも、後方に飛び退いても避けきることはできないだろう。だからハロルドはその場に留まる。

 そして回った。ただ左足を軸に一回転し、体ひとつ分だけ左側にずらすように。その真横を薄皮一枚にも満たないような間隔で大剣が通過する。


 だが二度目までとは違い、大剣は振り下ろされこそすれ地面を砕きはしなかった。そうなってはまた背後に回るであろうハロルドへの追撃が遅れてしまうから。

 これはフィンセントが行動パターンを学習した結果だ。フィンセントは相手の次の動きを想定して、それに対応するために行動を最適化させていく。


 では彼の想定から外れた動きをした場合はどうなるか。フィンセントの甲冑や体に刻まれている無数の傷がその答えだ。

 それらのほとんどは戦闘が開始された直後、行動パターンの学習が蓄積される前にハロルドが付けたもの。これが意味するところは序盤で決定打が入らず、戦闘が長引けば長引くほどフィンセントとの戦いは不利になっていくということだ。


 けれどこの戦い方にも穴はある。それはパターンの学習があくまでも受動的という点だ。

 フィンセントは攻撃を仕掛けられた際に対応するが、自分の攻撃を起点に相手の動きを予想・誘導してくることはなった。もしかするとそこが技術的な限界点なのかもしれない。


 なんにせよこの状況はフィンセントにとって想定外のパターン。ハロルドが移動した地点は右手で振り下ろされた剣のさらに外側。斬り返しは間に合わず、防御の要である籠手を装備した左腕はハロルドから最も遠い位置にある。

 問題なのはこれが完全にフィンセントの間合いであり、スピードによる加速のない状態のハロルドではコンボへと繋げるために必要な、相手を怯ませるだけの威力がある攻撃を打てないことだ。

 奥義技や魔法ならばその限りではない。しかし魔力を行使する技はわずかながら溜めが必要になる。剣による通常攻撃ですら入るか分からないのだ。この間合い、そしてフィンセントという相手を前にするとその溜めすら大きな隙になってしまう。


 ならばどうするのか。ハロルドが出した答えは通常攻撃でも魔力攻撃でもない。

 それは素手による掌打だった。

 剣を振り抜くよりも速いジャブのような掌底。ゲームではコンボの繋ぎ技程度の価値しかない剛打掌ごうだしょう。剣を握れないほど握力が落ちた左手、さらに高い防御力を誇るフィンセントが相手ではそれこそ毛ほどのダメージも与えられないだろう。

 ――この技がゲーム通りのものであれば。


「『剛打掌・いかづち!』」


 左の掌底がフィンセントの顎に打ち据えられるのと同時に、ハロルドの左手から電撃が放たれる。

 死亡フラグの回避に時間を費やしてきた八年間、その傍らでハロルドがゲームで使っていた技はすべて覚えた。他のキャラクターが使っている技の修得も試みた。そしてそれ以外、ゲームにはなかった技を編み出す努力もしてきた。

 剛打掌・雷もそのひとつ。名前からも分かる通り掌底と電撃を同時に見舞う技だ。


 はっきり言ってこれもダメージソースにはならない。ダメージを与えるほどの電撃を放つには他の技と同様に溜めが必要になってしまうからだ。

 だからこの技は溜め時間を徹底的に省いた。剛打掌を放ち、相手に接触するまでの間に帯電を完了させる。それ故に物理攻撃としても電撃としても大した威力にはならない。


 だがそれで充分なのだ。電撃により相手の動きを一瞬だけ止める――筋肉を麻痺させるには事足りる。

 いくら洗脳して感情を排除し、痛みを無視できる肉体だったとしても生物である以上生理学的反応までは抑制できない。例えゲームの登場人物だったとしても、フィンセントは人間なのだから。


「……!」


 声を発することも表情を歪めることもしない。けれどハロルドの目論み通り、フィンセントは硬直した。この二人の戦いにおいて一瞬の硬直はどうしようもないほどに長く、致命的なものだった。

 体の硬直が解けた時にはもう遅い。


「『雷斬らいきり』」


 溜めの完了した奥義の一撃がフィンセントの腹部を捉えた。剣そのものが雷光と化し、その巨体が折れるようにくの字に曲がる。それでも倒れることなく顔を上げなおも剣を振ろうとするが、その動きはハロルドにとって脅威足り得ない。

 フィンセントが剣を振る間などなく、ハロルドの連続攻撃が浴びせかけられる。その攻撃は回数を重ねるごとに威力を増していく。


 袈裟斬りにより甲冑が焼き切られ、突きによりその身がのけ反った。甲冑が破壊され無防備になった腹部へ強烈な廻し蹴りが叩き込まれ、倒れる前に背後から斬り上げられる。完全に宙に浮いたところへ『雷鳥』を打ち込まれた。

 それでもハロルドのコンボは終わらない。生半可な攻撃では倒せない相手だと理解しているからだ。やがてハロルドが放った攻撃は百を数えた。


 ひときわ高く浮いたフィンセントの体。その真下でハロルドが剣を上に向かって掲げると、その切っ先が激しく発光する。

 一週目のレベル上限、100レベルの主人公のHPヒットポイントを一撃で六割強削り取る、ハロルド最強の技。


 剣の切っ先からは電撃が放たれ、また遺跡内の天井に空間の裂け目が発生し、そこから雷が落ちる。その二つがフィンセントの体を貫くようにして繋がった。

 そしてハロルドはフィンセントを両断するように剣を振り抜いた。


「『裂雷さくいかづち‼』」


 遺跡内に似つかわしくない大きな雷鳴が轟く。遺跡全体が振動し、雷の嵐によって舞い上がった土煙が立ち籠める。

 だがそれもしばらくすると晴れていく。そして土煙の中から現れた人影はひとつだけ。

 その影の主は荒い呼吸のまま、しかしどこまでも不遜に倒れ伏す相手へと言い放った。


「貴様には似合いの格好だな、フィンセント――俺の勝ちだ」




記念すべき100話なので主人公のかっこいいところを書きたかった。

ハロルドが13話で対フィンセントとの戦いを想像していた時から書きたかったシーンでもあるので、自分としてはすごく満足です。

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― 新着の感想 ―
13話のハロルドのフィンセントVSハロルドの夢想が現実になりましたね!泉さんの書く話いつも楽しく見させてもらってます!
[一言] 確かにハロルドかつカッコイイ!
[気になる点] 当たる場所によってはクリティカルになって、HP関係無く大ダメージになるって話は? そんだけコンボ決めまくって鎧も壊してクリティカル無し?
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