10話
祝スマホデビュー
今まで通りメールの下書き機能で書いてるけどスマホだと執筆した文字数が分からない
なので今回はお試し投稿
陽も傾きジェイクが書き上げた報告書に目を通していると、邸に帰ってきたヘイデンから呼び出しがかかった。
まさかと思いながらハロルドを呼びに来た使用人に従ってヘイデンの書斎へと足を運ぶ。
そこで待ち構えていたヘイデンの顔を見て嫌な予感は確信へ変わった。なぜならいつもは厳しい顔つきをしていることの多いヘイデンがかなりの上機嫌だったからである。
彼はハロルドが部屋に入るとすぐに話を切り出した。
「喜べハロルド、良い話がある」
「いい話?」
何を言い出すか分かりきっているがあたかも初耳であるかのような態度で聞き返す。
虚しいが仕方がない。
「今日タスク殿から報せが届いてな。しばらくの間エリカ嬢がストークス家に滞在することになった」
やっぱりか、という思いが一希の胸に去来する。
ヘイデンの中でエリカの居候はすでに決定事項らしい。スメラギとしても最初からこちらが本命だったのだろう。
それでも一希は抵抗を試みる。
「俺は気乗りしないね、あの子と一緒に住むなんて」
「照れることはない。お前とエリカ嬢の仲は両家公認なのだからな」
しかしヘイデンには恥ずかしがっていると勘違いされてしまう。浮かれているのかハロルドの言葉をまともに取り合う気配はなかった。
その後も食い下がってはみたものの決定を覆すことはできず、結局一希は渋々エリカを迎え入れることになった。
翌日、 一希はエリカを出迎えるためにストークス領と街道を繋ぐ東門へと向かっていた。予定では朝方に到着することになっているようだが、昨日の内に姿を見せたので恐らく近くの宿にでも宿泊したのだろう。
一希は暗澹たる気分で迎えの馬車に揺られる。
(つーか日程がタイトすぎじゃない?)
急いでも片道6、7日はかかる旅路のはずなのに手紙が届いた翌日に到着するというのは返答を聞く気がないか、ヘイデンが承諾するのを分かっていたかのどちらかだ。まあ恐らく後者なのだろうが。
どちらにせよこれは原作には無かった展開である可能性が高い。事の発端はまず間違いなく一希が書いた手紙なのだから。
つまり自業自得じゃん、と凹んでいるといつの間にか東門に到着していた。
足枷がついているのではないかと錯覚するほど重い足取りで馬車を降りるとそこにはエリカと、その右手後方に見知らぬ女性が立っていた。
「ハロルド様が直々に迎えに来て下さるなんて光栄です」
「はっ、心にも無いことを」
今日も今日とて人間関係を破壊しにかかるハロルドマウス。
この口と付き合うことおよそ3ヶ月、一希はもはや嘲笑のバリエーションに感心すらする境地に達している。
自分の無駄な成長を感じつつ一希は視線をエリカの後ろに控えている女性へ向けた。
年齢は10代後半から20そこそこ、毛先近くを大きな白いリボンでひとまとめにして房のようになっている腰まで伸ばした栗色の髪が印象的だ。
「そいつは誰だ?」
「お付きのユノです。滞在中私の身の回りの世話は彼女が」
「ユノと申します~」
語尾を伸ばし緩慢な動作でユノがお辞儀をする。ふにゃっとした笑顔と相まっておっとりとした雰囲気の女性だ。
そして一希は彼女のことを知らない。つまり原作には登場していないキャラクターだ。
「あらかじめ忠告しておくが俺には貴様らに構ってやる時間は無い。居座るのは勝手だが俺の邪魔だけはするなよ」
相手の目的もユノの正体も不明なのでとりあえず釘を刺しておく。
LP農法の試験運用をいざ開始しようというタイミングでの来訪だけに一希としては不確定要素を可能な限り排除しておきたいのだ。
ハロルドの険がある言葉を2人は動じることなく受け止める。
「心得ております」
「了解致しました~」
(マジで心得てんだったら帰ってくんねぇかな……)
などと愚痴ったところでエリカも家の都合に逆らえずここまでやって来たのであり、どうやっても追い返せはしないのだろう。
ならば非接触に徹するのが賢明だ。
だがしかし、そうは問屋が卸さなかった。
終始無言のままエリカ達と邸へ戻った一希を無慈悲な言葉が襲う。
「この間のお礼に明日はお前がエリカちゃんを連れて街を案内してあげるんだ。女性のエスコートも貴族には必要な能力だからな。今の内から練習をしておくに越したことはない」
言うまでもなくヘイデンからの提案である。
それだけでも厄介だというのにエリカもエリカで「お心遣い感謝致します」などど好意的に受け答えるものだから一希はもう言葉を失うしかなかった。
連日エリカ関連の事件に見舞われて憔悴する一希。
だがハロルドというフィルターを通すとそれは怒りに変換されるらしい。
「いつにも増しておっかない顔をしてますね。そんなんじゃ許嫁に怖がられちゃいますよ?」
部屋を訪ねてきたゼンはハロルドの顔を見るなりそう言い放った。よくそんな顔をしている貴族に臆することなく話しかけられるものである。
「その許嫁が原因だ。全くもって忌々しい……」
「何がそんなに不服なんですか?かなり可愛い娘だったのに」
「そうか、貴様の趣味は分かった」
「全然分かってないですよ!ものすごい誤解ですからね!?おれはユノさんの方が好みです!」
濡れ衣を被せられ必死に否定するゼン。一希にとってはショタコンじゃない限りゼンの性癖などどうでもいい。
そしてなぜゼンがこの話題を知っているのかといえばエリカが到着するなりヘイデンが邸中の人間を集めて大々的にハロルドの婚約者とそのお付きであると紹介したからだ。既成事実でも作っておきたいのだろうが、一希からすれば単なる公開処刑である。
ちなみにハロルドの婚約者として紹介されたエリカに向けられた視線の9割は憐れみを帯びていた。
そこにハロルドを含めストークス家への評価が如実に表れている。
「ぎゃあぎゃあと喚いていないでノーマンとジェイクを呼びに行け。明日以降の予定を調整する」
「おれは本当に大人の女性が好きですからね!?」
ゼンが最後まで否定しながらハロルドの部屋を後にして邸内を探し回っている頃、エリカとユノもまた頭を悩ませていた。
その原因は他でもないハロルドである。
「話には聞いていましたけどなかなかやんちゃそうな男の子でしたね~」
ユノ位の歳からすれば小生意気辺りが妥当なところではないかと思うが、それでも“やんちゃ”の一言で済ませてしまうのがユノの包容力だった。
しかし最たる問題点はハロルドの憎たらしい言動ではない。
「お父様はハロルド様が内通者と繋がっているか利用されている可能性があると仰っていましたが……」
「彼の性格からして素直に誰かの言うことを聞くようには思えませんね~」
となればハロルド自身が気付かない内に傀儡とされている可能性の方が高くなる。彼を従順させるのは相当困難を極めるだろう。
逆にもしあの言動が演技で内通者と与しているなら昨日の段階でこちら側に何かしらの手段で接触があるはずだとタスクは睨んでいた。そうしやすいように家主が不在で邪魔が入りにくいタイミングを見計らいハロルドに接触し、無礼を承知でこれ見よがしに刺激したのだ。
しかし結果は空振り。これがより事態をややこしくさせていた。
タスクはハロルドが傀儡にせよ自身の意思で動いているにせよ目的はストークスを害するかスメラギを助けるかの2択だと考えた。故に手を組もうと同盟を持ちかけてくるなり、邪魔をするなと警告をしてくるなり何でもいいから相手側からのアクションが欲しかったのだ。
だが相手は未だに沈黙を貫いている。
相手の目的が不明確な以上スメラギとしてもただ指をくわえているというわけにはいかない。勝手に味方だと思い込んで痛い目を見ることになりかねないのだ。
だからこそタスクはそれを探るためにユノを送り込んだのである。
エリカの居候はユノを自然に潜入させるための目眩まし、言わば囮にすぎない。これはエリカも承知の上だ。
今回の目的や自分の役目をエリカはしっかりと理解している。
その中で1つだけ彼女に伏せられている可能性があった。それはハロルドが自分の意思など微塵も関係なく洗脳されているかもしれない、という唾棄すべき可能性。
もしそれが現実のものとなれば――
「これは少々骨が折れるかもしれませんよ~」
ユノはエリカに聞こえないよう嘆息と共に袖の内側に潜めていた暗器をカシャンと鳴らした。