悪ー八ー
疲れた。
昼の授業を受けながらに僕は思った。
いや、別に授業に追いつけないから精神的に疲れたってわけではない。
肉体的なことだ。
………この表現もどうかと思う。
朝からクラスの委員長にビンタされ、昼にはその友達による挨拶代わりのタックルで伸びた委員長を担いで保健室まで運んだり。
しかも今日に限って保健室の先生がいないのだ。困った僕は職員室に事情を説明して中に入れてもらった。
ちゃんとベッドの上に横たわらせた後すぐにチャイムが鳴ったので急いで教室に戻ってきた。
すると驚いたことに机や椅子はまだ散在したままで、その犯人がいないではないか。
クラスメートに問いただしたところ「あ!そういや用事あったからあとよろしくねー♪」と言い残してどこかへ走り去ったとのこと。
…この時ほど自分の中にある黒いものを生じさせたことはありませんでした。
とりあえず急いで先生が来る前にみんなで協力して机や椅子を元通りにし。
現在に至る。
「……………」
教室では生徒は沈黙し、先生の声だけが反響する。
懇切丁寧に説明してくれて申し訳ないが先生の言葉は右から左で脳には達しない。
一応黒板に書かれていることはノートに書き写してはいるが内容は頭に入ってこない。
まだココに入ってから一カ月しか経っていないが授業のペースは大方把握出来てはいる。あとは自分がいかに内容を理解できるかなのだが…。
今はそれどころではない。
さっきから。というのも授業の開始から。もっと言うと昼休みから。
僕にはやっておかなくてはならないことがあったのだ。
しかし、ある人物が委員長にタックルするという愉快な事件を起こしたせいでそれができなかった。
実は授業の終わりと始まり、つまり休み時間を使って、僕は事にあたっていたのだが。
まだ余裕があるはずなのだが、なにぶんタイムリミットがいつなのか分からない。そこが問題だ。
できれば今すぐにでも行きたいのだが授業中が手前行くわけにはいかない。
故にこうしてヤキモキしながら授業を受けているという訳だ。
黒板に書かれている文字を機械的に写していく。
時計を確認すると次の休み時間まで残り二十分を切っている。
終わりと同時に動き出せばまだ間に合うはず…。
その時だった。
まさにその瞬間。
僕は“アレ”の存在を感じた。
「……………!?」
静かな教室に反して、僕の中に激しい動揺が生じた。
バカな!まさか…!?いやでもこの感じは…!!
疑いようもなく、しかしありえない存在のソレに僕自身への懐疑心が生まれた。
いや、今はそんなことどうでもいい。
それよりも。
それよりも僕が気になったのはその方角。
その存在は確かに、ハッキリと、間違いなくそこにある。
その方角とは。
先程サヤさんを運んだ保健室。
だった。
不確定が確証へと変わったとき、僕はいても立っても居られず、気づけば廊下に出ていた。
「ちょっ、サツキ君!?」
先生の制止の声を振り切り、振り返らずに僕は大声で言った。
「すいません!トイレ行ってきます!!」