悪ー六ー
「で?なんでそんなに怒ってんの?サッキー?」
よく通る声が教室に響く。
「いや、怒ってるわけではないですけど…」
と、言うが実際は怒っている。というか呆れている。
「毎回言ってますけどカナデさん。挨拶とかその他の時もですけど、なるべく落ち着いて行えないんですか?危ないじゃないですか」
先ほど、カナデさんの猛烈な挨拶により教室はもはや机と椅子がグチャグチャの状態になっている。
「えー?でもでもー、私普段はちゃんと落ち着いてるよー?」
その犯人であるカナデさんは反省の弁も無く、この調子である。
「普段は…って、じゃあなんで今回は出来なかったんですか?」
僕はまるで何度注意してもやめない常習犯を糾弾する警官のように聞いた。
「それはサヤを想う私の深い“愛”故の行動だよー♪」
「…………」
なんか言いだしたぞ。この人。
「あ、愛…ですか?」
「そう!愛!愛こそが私を駆り立てる原動力であり、また理由でもあるわ!私がサヤを想う愛が私の中にある心のブレーキをぶち壊し、その溢れんばかりの愛を表現するため!ぶつけるための衝動とも行動とも言えるものよ!」
ズイッ、と詰め寄られたが何一つ理解できなかった。頭が痛い。
「本当はこの愛をサヤの次くらいに大切なサッキーにもぶつけたいのだけれど今度からしてもいい?」
「絶対しないでください」
毎日タックルとか勘弁してほしい。こっちの身体がもたない。
時計を見ると休み時間も残り少なく、このままカナデさんに説教しても文字通り意味がなさそうなので、早めにこの騒動を終わらせることにした。
「じゃあ、とりあえず今回の話はここまでにしておいて散らかした机や椅子をここのクラスの人と一緒に直してくださいね」
そう言うとカナデさんは「え〜〜〜〜?」と駄々をこねだしたのですかさず頭をガシッと掴み、メリメリとおそらく頭蓋骨が軋む音を鳴らすと瞬時に「わかりました」と言う通りにしてくれた。
ふむ、どうやらこの方法なら案外すんなり聞いてくれるようだ。今度からこうするか。
と、心にカナデさん取り扱い書を新たに書き加えた後、僕はしばらく放置していたサヤさんの方に向かった。
「サヤさーん。大丈夫ですかー?」
大丈夫じゃないのは一目見て分かったが、一応確認のために呼びかけた。
予想通り、返事はない。
サヤさんはまるで激闘に敗れた戦士かのように崩れ落ちており、女性あるまじき白目まで向いていた。
これは完全に伸びてますねー。と判断した僕はすぐさまサヤさんを抱き抱えた。
その際教室内で女子からはキャーッと言われ、男子からはなぜか舌打ちされた。
カナデさんは「あーっ!!」とこちらを指差し、作業中の机をほっぽり出してこちらに来た。
「なにサヤにお姫様抱っこしてんのさー!ズルいズルい私にもしてよー!」
まるで甘えん坊の子どもが言うようなことを言ってきた。
「いや…、元はと言えばこうなったのあなたが原因ですからね?カナデさん」
僕がそう言うとカナデさんは頬を膨らませ、拗ねた。本当に子どもみたいだなぁ…。
「じゃあ僕はサヤさんを保健室に連れて行くんで、あとは任せましたよ」
「…は〜〜〜い…」
若干気分が落ちたカナデさんを尻目に、教室を後にしようと歩き出す。
するとどうしたことか先ほどの落ち込みっぷりが嘘のようにカナデさんが教室から明るく首だけ出してきた。
「サッキー!二人きりだからってサヤに変なことしちゃダメだよー♪」
そう言って再び教室に戻っていった。
「……………」
後で殴っておこう…。
そう心に打ち止め、保健室にサヤさんを抱えながら向かった。