悪ー四拾参ー
黒い人。
いえ、人の形をした“ナニカ”。
傷持ちの男性が突如黒い炎のような揺らめくものに纏わり付かれたかと思うと、その身は変貌しました。
両腕と顔はまるで重そうに前に出し、前屈みになっていました。
体全体は黒く揺らめくものになっており、驚くべきことに顔の目ははち切れんばかりに見開かれてほぼ円の形で口はギザギザとしていました。
その顔が上がり、こちらを見ます。
その目が合った瞬間。
「!!!?!?!?!!?」
私はこれまでにないほどの恐怖を感じました。
それは絶対的強者に遭遇したとか自分の理解が出来ない存在に対する恐怖ではなく、目を背けたくなるような、見たくもないし知りたくもないような恐怖でした。
それは例えるならば私たち人間の中に必ずある、どす黒いものを真近で見ているような気分。
一歩。
ソレは体を揺らしながらこちらに向かって歩き出しました。
体の輪郭がはっきりしないソレがどれくらいの距離しか離れていないのか私にはわかりませんでしたが、すぐにこっちまで来ることだけは分かっていました。
本当なら今すぐに逃げ出したいのに、あまりの恐怖で私の足は動くことはありませんでした。
ただただ、その得体の知れないソレを見ているだけです。
心拍が上がり心臓の音が外にも聞こえてるのではと思うほど早くなります。
発汗量も尋常ではなく、汗なのか涙なのかそれとも両方なのか分かりません。
体の震えはありませんでした。こんなに、怖いのに。
さらに一歩。
ソレが踏み出した時。
ザクゥッ。
と何かが刺さる音が一つ部屋に響きました。
その音の後、見ると黒い人の胸辺りには黒い棒状のようなものが。
それは先程黒いシニガミが手品のように出した槍のようなもの。
それが刺さっていました。
黒い人は一度歩を止め、自分の胸にある物をみてから、次に黒いシニガミの方を向き──。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
それは声なのか、そもそも音なのかの判別がつかないようなものを上げながらに黒い人は黒いシニガミに襲いかかりました。
その速さは凄まじく、体にまとわりつく黒い炎のようなものが後から尾を引くようについていくほどのものです。
「あ」
危ない!と、私は言おうとする前に。
黒いシニガミは右手を鳴らす形にしており。
パチンッ、と音を鳴らしました。
その音が聞こえた後。
ブシャアッ!!
突然黒い人の体中から無数の棘が一瞬にして現れ、貫きました。
そしてそれは黒いシニガミの前で落ち、やがて風化をするように空気に溶け込むように細かい粒子となって消えていきます。
黒い人も一緒に。
気付けばその場には何も残りませんでした。
綺麗さっぱり、元から何もなかったかのように。
私は耐え兼ねて膝を崩し、へたり込みます。
今の僅かの間だけで次々と自分では理解の出来ない出来事が起こり、そのパニックと恐怖による緊張から解放されたことからの結果でした。
私……助かったの?
生きた心地のしなかった時間を過ごし、未だに自分の存命を信じられない私はよほど動揺していたのでしょう、無理も無いと思いますが。
それでも生きていることに喜びと安心が生まれ、思わず涙して笑っていました。
「良かった……助かったんだ私ぃ」
しばらく床を見つめ嬉し泣きをしていると、誰かの足が見えました。
言うまでもなく黒いシニガミの、いえ私の命の恩人の足です。
彼の正体は先程の黒い人同様に分かりませんが、彼のおかげで助かったので今はこの際気にしないことにします。
面をあげるとこちらに手を差し伸べようとしてくれます。どうやら腰を抜かした私に手を貸してくれるようです。
「あ、ありが」
とうございます。そう言ってこちらも手を出そうとした瞬間。
ザクゥッ!
突然さっきも聞いた音が聞こえました。
その音はもちろん。
黒いシニガミが私に槍のようなものを刺した音です。




