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悪殺し -悪に殺される話-  作者: 皆口 光成
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悪ー参拾六ー


いけね、寝ちまってた。




痩せ顔の男は沈んでいた頭を起こし、目を覚ます。

なにぶん朝からずっと動きっぱなしだったのだ。身体の疲労が溜まっていたのだろう。

本来ならばちょうど今の時間辺りに取引を始め、およそ三十分にも満たない僅かな時間で終わる仕事だったのだ。

それがこともあろうに昨日この街のホームレス共に襲撃され、その取引用のブツを盗られてしまった。




そのため当初の予定とは変更させ、朝から夕方まで誘拐しやすそうなところを調べ、計画的に効率良くするための手段も幾つか用意していたのだ。

そして目的は達成まであと一歩となった。その安心感からか突然睡魔が襲いかかってきた。




『どんな仕事でも緊張感だけは持っておけよ──』




アイツがいたらそう言いそうだな。




フッと少しだけ笑い、欠伸をした後誘拐した学生の方へ見やる。ちゃんと四人全員いる。

手足をガムテープでグルグル巻きに縛っており、おまけにここの唯一の出入口は自分が立っているところだけだ。例え手足が縛られた状態で動けたとしても音を立てずに動くことは出来ないし、出来たとしても時間が掛かりすぎるだろう。

窓も手足が自由なら出ることに使えるかもしれないがそれでも音が出れば気づく。




やれやれ、緊張感を持てと言われても相手は所詮高校生。緊張のしようもない。

そもそもアイツは昔からの心配性なのだ。物事を深く考えすぎる癖がある。

…まぁ今回のホームレス共の襲撃は予想の斜め上だったが。




そのことを踏まえると一応可能性の一つとして頭の隅に置いておけ、というのがアイツの言いたいことなのかもしれないな。余計なお世話だが。

万が一にでも高校生が逃げ出すという可能性も頭の隅に置いておけと言うのか。それは杞憂であろうと思うぞ。




まぁ、そんなこと本当に起きてしまったら今度こそ俺はリーダーに殺されるだろな。…それだけは嫌だな。




ブルルッと体を震わせ、再び誘拐した高校生達の方を見る。




大丈夫だ。ちゃんといる。もう同じような失敗は繰り返すわけにはいかないからな。アイツの言葉を受けてのことではないが多少は緊張感を持った方が良さそうだ。とりあえず次アイツかリーダーが戻ってくるまでは目を離さないようにしよう。




そう思い椅子を動かし、高校生達と向かい合うように座る。




それにしても世も末だな。こんなガキでも一人当たりとんでもない額で買い取る奴がいるんだから。大体一人当たり辺りがウン百万の価値があるとしたら全員だと…。




…………………………。




全員?




痩せ顔の男の顔に疑問の色が浮かぶ。

そして一人ひとり指を指して数を数える。




一、最初に捕まえたユニアドの女子校生。抵抗したがそれほど力は無かったのでアッサリ誘拐出来た。




二、次に捕まえた女子校生。こいつも最初の奴と同じようにアッサリ捕まえた。




三、男子校生。こいつは見た目が体育会系で見た目通りに力が強かったが、薬で眠らせたのでなんとか誘拐出来た。アイツがやたらと重いと言っていたのを思い出す。




四、商店街の近くで捕まえた女子校生。騒ごうとしたのでこちらも薬で眠らせた。




五、…………。




!!?




そこでようやく痩せ顔の男は気付いた。




一人いない!?

最後の一人のあの長髪の奴が!?




ガタタンッと椅子から乱暴に立ち上がり、部屋全体を見回す。しかしどこにも五人目はいない。




バカな…!どうやって…!?

いやそれよりもヤバい!今回は半分俺のミスで取引のブツを盗られたようなものなのだ。それがまた一人を逃したなんてリーダーに知られたら…。




その先の自分の未来を予知してか、痩せ顔の男の顔から大粒の汗が噴き出す。

すぐさまあとの四人の方を見る。見るとどうやら一人で逃げたようで、未だに目覚めている者はいなかった。

部屋を見通してもおらず、二階は上がれないので残す可能性は一つだけ。




「外か…!!」




痩せ顔の男は顔に焦燥と怒りを表し、奥歯を噛み締めギリリッと音をたてる。




どうやって逃げ出したかはわからないが奴が外にいるのは確実だ。そして時間的にそう遠くには逃げれていないだろう。

今ならまだ間に合う。




そう思って男は入口から顔だけを出す。

右、次に左を見てどちらに逃げたのかを大方予測しようとした。




その刹那。




突然背後に衝撃を受けた。




「…!?!!?」




訳が分からず目には火花を散らし、視界が歪む。

その目で後ろを見ると驚くべき人物が立っていた。

五人目の女子校生だ。




「な…!お前…!?」




さっきまで確かにいなかったのにどうして背後にいるのか?




そう思うもまずは捕獲を優先し、ふらつく足取りで近づく。




「いや!来ないで!」




ガワンッと音を立ててそいつが捨てたのはさっき座っていた椅子だった。




おいおい、まさかそれで俺を殴ったのかよ。最近のガキはやることが恐ろしいなぁ、おい。




そのまま女子校生は二階に続く階段の方へ向かった。




シメた──。




男は未だ揺れる頭を押さえながら、少しだけ口元を上げた。

二階に続く階段は椅子やら机やらで封鎖されており、上がることは出来ない。オマケに横は机と椅子が積まれていて実質の行き止まりなのだ。




武器を捨てたのは間違いだったな、お嬢ちゃん。




案の定行き止まりで行き場を失った女子校生は怯えた表情でこちらを見ている。

それを見て男は勝ち誇ったような顔をした。




「本当は、大事な取引用のだからな…。傷をつけちゃいけねぇとは言われているけどよ…」




手を伸ばし、距離もあと少しというところになる。

「これだけ舐めたことしてくれたんだ。…二人が戻ってくるまでに少々その体で楽しませてもらうぞ!ガキィイイイイイ!!!」




男の怒号が部屋中響いた、その時。




「今よ!」




と、どこからか声がしたかと思うと。




ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!!!!!




と、積まれていた机やら椅子が一斉にこちらに雪崩れ込んできた。




「う、うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」




男の叫びは虚しく、机と椅子の雪崩に飲み込まれて消えた。


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