悪ー参拾五ー
夜のユニアドはその街の特性上人口が一時的に減る。
それでも人通りは道行く人でいっぱいになるし、道路も車で渋滞にはならないギリギリくらいの数はある。
だが、深夜になればそれは別の話だ。
先述したことは大半は別の地方から、あるいは町からユニアドに訪れた者たちで、そのほとんどは帰る者たちであろう。
故に深夜の時間帯となれば、当然人など数える程の数でしかなくなる。
道路もガラ空きである。
その道路に一台、独走状態のトラックが。
今は空の長方形の箱のボディを揺らし、そのトラックはまっすぐと、あるところに向かっていた。
「しかしリーダーも用心深いというか…」
運転手である四角い顔の男は車内で一人ぼやく。
先刻、五人目を誘拐し一度拠点とする廃墟の学習塾を訪れた際の話だ。
「え?このままこいつらを取引現場に連れて行かないんですか?」
四角顔の男は驚きの声を上げる。
「ああ」
顔に幾多の傷を持つ男はただ一言それだけを言った。
「おいおいなんでだよ?もうノルマの五人も手に入れたし今すぐこいつらと金を交換してもらお〜ぜ〜」
痩せ顔の男は焦燥とも取れる仕草で傷持ちの男に詰め寄る。
「ダメだ」
しかし、またも一蹴。
「なんでよ!?」
痩せ顔の男はシビレを切らしたように大声で抗議する。
「落ち着け、バカ。せっかく眠らせたユニアドの学生共が起きたらどうするんだ?」
四角顔の男に諭され、痩せ顔の男は舌打ちをして近くの椅子に座り込む。
「リーダー、出来れば理由を説明してくれないと俺たちはとてもその言葉に従うことが出来ません。なので、訳を話してくれませんか?」
四角顔の男がそう言うと、傷持ちの男は腕を組んだままの状態で二人を睨みつける。
あまりの眼力に思わず二人は身じろぐ。
「お前達、自分の過去の失敗をもう忘れたのか?」
「え?」
「あ」
傷持ちの男に言われ、痩せ顔の男は分かっていないが四角顔の男はすぐに分かった。
自分の過去の失敗、それは言われるまでもなく───。
「ホームレス共にブツを盗られたこと…ですね」
「あ"っ」
ここでようやく痩せ顔の男も理由が分かった。
「そうだ。どういう訳かこちらの情報はここのホームレス共に知られているようだからな。おそらく次行くところも襲撃を受ける可能性は大いにある」
傷持ちの男から幾千の戦いをくぐり抜けてきたかのような威圧、殺気のようなものが出始める。
「なぜ情報が向こうに知られているのかは分からないが、なんにしてもまた同じ失敗を繰り返す訳にはいかないのはお前達でも分かることだよな?」
ギロリ、と二人を睨む。
二人の顔が恐怖で引き攣られる。
「だからまずすることは取引場所の変更だ。場所はこっちが用意するからお前らのどっちかはユニアドの学生の見張り、もう片方は取引場所の変更の旨を伝えてこい」
パシッ、と張り付くような空気感があった。
まるでその場の空気の動きを止めたかのような感覚。
「分かったら早くやれ」
しかしそんな空気も傷持ちの男には関係無く、先程よりもより一段上の眼光を二人に浴びせた。
「…リーダー、恐かったなぁ…」
四角顔の男は当時を思い出し、顔から血の気を引かせ体を震わせる。
あの場に一秒でも早く逃げたかったので取引場所の変更を伝える役を買って出たのだが、それより問題が一つ。
「これ言って相手さんは納得してくれるのかねぇ…」
まず、どのように伝えればいいのかが分からない。なにせブツをホームレス共に盗まれ、挙げ句の果てに代わりの物でなんとかしようとし、その取引場所も変えるというものだからだ。
もし逆の立場なら、間違いなくブチ切れて取引は中止にするだろう。
だが、幸運なことに相手方には取引に使うブツの内容は伝えていない。
これは情報が万が一漏れた場合を想定しての対策だった。
しかし今回その対策はここで大きく起用することになった。
ブツの内容は『役立つ物』としか伝えていない。相手方の国は確か戦争などで使う武器などを所望しているとのことだった。
故にブツは銃やら機関銃やら爆弾やら、と戦争に使えるものだったのだが。
だが、それ以上に欲しいものが手に入るならばどうだろうか?
戦争で必要なものと言えばもちろん武器だが、それ以上に重宝するものがある。それが戦力、つまり人間だ。
しかもただの人間ではない。全国でも知れ渡っているかの有名なユニアドというラベル付きならどうだろう?
おそらく目の色変えて対応を変えることだろう。
「ま、順調にことが進めば、の話だな…」
まず対話をするほどの時間がないと意味無いよなぁ、など思っているうちに取引現場に到着した。
ユニアド外周部にある、今は使われていない工場。
ここが今回の取引現場だった。
トラックを工場入り口に停め、外に出る。
夜の廃墟ということもあり、不気味なぐらいに場は静まり返っている。
いや、静か過ぎないか?
ふと四角顔の男は思う。
腕に付けた時計は取引の時間まであと数分を指していた。
辺りを見回すと、車が一台中途半端な停め方をしてあった。おそらく相手方のものだろう。
と、なるともうすでに取引相手はこの工場の中にいるというわけで今もこちらが来るのを待っているという状況にあるはずなのだ。
はず、なのに。
気配がしない?
闇関係の仕事をしていると自然と身につく技術。気配の察知。
これは人間の体から微量な電磁波を感じ取っているのではないかと言われているが、特訓すれば最早理屈など通じないぐらいになる。
具体的に言えば、尾行している女子校生ぐらい簡単に察知出来る。
その鍛えた気配読みが機能していない。いや、機能しているがここにはいないと告げている。
まさか…。
不吉な予感をするものの、しかしそれでも例え九十九・九パーセントでそれが合っていたとしても残りの〇・一パーセントが違う可能性がある限りはその中を確認せずに立ち去ることなど出来ない訳で。
四角顔の男は。
工場の入り口であるシャッターに手を掛けた。
それを上へと押し上げる。
そしてその目に映った光景は。
人。
人。人。
人。人。人。
人人人人人人人人。
倒れて動かない取引相手達の姿だった。
「なっ!?」
何かを叫ぼうとした時。
ザクゥッ!!
と何かが体を貫く音が聞こえた。
「…?」
声を発さず、音も出さずに四角顔の男は自分の体を見た。
そして体の、胸辺りに生えた黒い棒のような物を見た瞬間。
ブシャアッ!!
と何かが弾けるような音と共に四角顔の男もまた、動かぬ人となった。
その背後には黒い衣服をたなびかせる人物が一人。




