悪ー参拾弐ー
人の多い路地を抜け、商店街の方に出ました。
ここは昼は買い物などで賑わうのですが、今は夜なのでシャッターで閉め切られているので、人はいません。一人も。
……なんだか怖くなってきました。
ここを抜ければ目的の駅にたどり着くので、早々に半ば駆け足でこの通りを抜けようとしました。
そして半分進んだところで。
「キャッ!」
と、短い悲鳴が聞こえてきました。
「………?」
立ち止まり、耳を澄ませてみます。
「暴れるな…このっ!」
「おい、あまり乱暴にするなよ。傷とか付いたら減額になるからな」
「じゃあ手伝えよ!」
「バカッ!声がデケーよ!」
明らかに物騒な会話が聞こえてきました。
声の方向はおそらく裏路地から。
私は躊躇することなくそこへ向かいました。
理由は分かりません。ただ、そうしている自分がいました。
声の感じからそう遠くではないと分かりましたが、音が建物の壁に反響して位置が特定出来ません。なので、慎重に耳を澄ませながら近づきます。
「ふう…ようやくこれで四人目か。もういいんじゃないか?」
先ほど聞こえた声がしました。その方向へ向かうと、本当にすぐ近くで発見されました。
私は慌てて体を建物の影に隠し、片目だけを出します。
そこにいる人物は服装が黒いスーツで、こんな暗い裏路地だというのにサングラスを掛けています。
二人の身長はほぼ同じで、声の感じから二人とも男性であることは分かりました。
片側の男性、顔が四角い方は何やら肩に荷物のようなものを担いでいます。
しかし、建物の影となっており、それを確認するにはもう少し身を乗り出さないと見えません。もちろんそんなことすれば見つかる可能性があるので出来ません。
「いや、確かリーダーは五人は必要だって言っていた。だからあと一人は必要だな」
顔の四角な男性が隣の仲間に言います。
「はぁ…マジかよ。またアレやるのかよ…」
顔が少し痩せている男性は溜息と共にそんなことを漏らします。
「なんだ?もう根を上げるのか?」
四角顔の男性がそう言うと、痩せ顔の男性は少しムッとした表情をしました。
「お前は良いよな、なんせ見た目悪者に見えないからただ笑顔を振りまいて獲物に近づけばいいんだから」
「何言ってんだ。なんなら役割変えるか?お前が笑顔で近づく役で、俺が背後から襲う役」
「…いや、いい。笑顔の俺が想像出来ねえ…」
「そういうことだ。諦めろ」
「どういう意味だよ。クソッ」
痩せ顔の男性はそう言って私がいるところとは逆方向に向かいます。
四角顔の男性も彼に続きます。
「…………!!」
その時、私はようやく肩に担がれた荷物を見ることが出来ました。いや、荷物ではありません。
人です。
しかも、ユニアド学園の生徒でした。
両手両足の自由を奪われ、さらには口まで封じられています。
彼らに何かをされたのか、ピクリとも動きません。
「んじゃ、それ車に乗せて一度戻るか」
痩せ顔の男性が指でクルクルと何かを回していました。鍵です。
会話の内容から車の鍵だと思われます。
「そうだな。そろそろ担ぐのもシンドくなってきやがったし」
そう言って四角顔の男性は一度人を担いでいる肩を上げ、疲れを紛らわそうとします。
……どうしよう。
私は一人、悩んでいました。
彼らとの距離はおよそ五十メートルで、幸いにも私とは逆方向に車を停めているようで、彼らはそちらに向かっています。
私がすることはこのことを警察に報告することなのですが、携帯では話し声が聞こえる場合があるので出来ません。
かと言って彼らがこのまま何処かへ行くのを見届けても逃げられるだけです。
私がここから離れるのも上記と同じ理由で出来ません。
どうしよう、どうしようと考え悩んでいる間も彼らはどんどんと歩いて行き、その姿は小さくなります。
すると、突然彼らの進行方向は変わり、二人とも右に曲がりました。
そして建物の影に隠れてしまいます。
「いけない!」
私は考えるよりも早く走り出しました。
なるべく音は出さないよう、最低限の動きで向かいます。
そして彼らが曲がった方に、先ほどと同じように目だけを出して様子を見ようとしました。
しかしそこに彼らの姿はありませんでした。
「……!そんな!」
私は目を見開き、思わず体全部を出してしまいました。
それでもどれほど確認しても二人の姿と連れ去られたユニアドの学生の姿は見つかりません。
もしかして見失った?
そう思いますがありえません。私がここに向かうのに十秒は掛かりませんでした。とても、大の大人が人を担いだまま見失うほど早く動けるとは思えません。
車での移動としてもここは狭い裏路地です。車など停められるはずがありません。
「一体…どこに…」
私が二人の動向を探ろうと思考を巡らしている時です。
突然後ろから手が現れました。
私がそれが何か分かるよりも先に口と鼻を押さえられ、腕も抑えられました。
「んぐー!んー!」
私は束縛から逃れようと必死に体を暴れさせました。
ですが、一呼吸した瞬間、急に意識がかすみ出しました。
体に力が入らず、その場で崩れてしまいます。
薄れゆく意識の中、聞こえたのは。
「やったぞ。これでノルマ五人達成だ」
と言う二人が喜ぶ声でした。




