悪ー弐拾八ー
時は遡ること明朝──。
場所はユニアド外周部に座す廃墟リングの南側。
ここユニアドは言うなれば海に浮かぶ島を南側は半島、それ以外は陸に囲まれたヴェネチア型の都市だ。
古くから商業都市として発展していたユニアドは船での輸送を行っていたので、港が存在する。
昔は産業、工業、漁業で盛んであったが、現在は車両や旅客などを運送するフェリー港として機能している。
また、海外からの渡航者が多いため、必然的にホテルなどの建築物が多くある。
故に、ユニアド外周部では唯一賑わった場所となっている。
その、ホテルの一室。
そこでは三人の人物がうなだれていた。
一人は椅子に、一人は二つあるベッドの内の一つに、もう一人は立ったまま外を眺めていた。
「おいおいおいおい、どうするんだよぉ?なぁ?」
椅子に座り、頭を抱えていた人物が壁に顔を向けたままに言う。
「うるせぇな…。少し黙ってろよ」
ベッドの上に座っている人物はやや苛立ち気味に言うと、癇に障ったのかバッと椅子から立ち上がり、そのままベッドに乗り込み、胸倉を掴んだ。
「これが黙ってられるか!?そもそもお前がちゃんとしてれば取引用のブツをあんなホームレス共に盗られることはなかったんだぞ!!」
少し顔が痩せ細った顔に怒りのシワを寄せ、怒声を浴びせる。
「うるせぇな!!」
ベッドの上に座る人物、顔が少し四角く細目の男はそう言って掴まれた手を払い、押し離した。それにより、痩せた男はベッドから転げ落ちる形となった。
「だったら言わせてもらうけどなぁ!」
と、四角い顔の男が言う。
「お前もあの時なにあっさりやられてんだよ!例え武器持って無かったとしてもホームレスなんかにやられるなよ!」
「うるせぇ!こっちは二人掛かりだったんだよ!」
「こっちは三人掛かりだよ!」
「んぐ…」
さすがに言い返せないのか、痩せた男は押し黙ってしまった。
それでも四角い男の言葉の追撃は続く。
「大体そもそもお前がいつも緊張感なく仕事してるから今回のようなことが起きたんだよ!俺いつも言ってるよな?『どんなことにも緊張感持て』って!なのにお前ときたらあっさり不意打ち食らうわ、倒されるわ、ブツ盗られるわ、しかも責任を他人に押し付けるわ…、お前バカだろ!!?」
「う、うるせぇえええ!!!」
そのまま取っ組み合いになりいざ殴り合いが始まるかと思われた時。
「少し黙れ」
ドスの効いた声が二人の動きを止めた。
窓側を向き、ずっと外の景色を眺めていた人物、顔に幾多の戦いの証とでも言わんばかりの傷跡をつけた男が二人の方へ向く。
「下らねぇ事で殴り合いするんじゃねえよバカ共が。今はそんな時じゃねぇのはお前らが一番よく知ってるだろうが?」
「す、すいません…」
「わ、悪い…」
さっきまでの喧騒が嘘のように収束していき、場の空気は重苦しいものへと変わっていった。
「とにかく起きちまったもんは仕方ねぇ。俺たちがやることはいかにこの事態を上にバレずに乗り切るかだ」
「そ、そりゃそうだけどよ…」
「あぁ、肝心のブツが無けりゃあ…」
二人の言葉を聞いた途端、傷持ちの男は口元を少しだけ吊り上げた。
その笑みは子どもならまず間違いなく泣き、大人でも恐怖するようなもので、二人も思わず顔を引きつらせた。
「なぁに…。簡単なことだ」
傷持ちの男は再び窓の方へ向く。
「要は金さえ手に入ればどうとでもなる」
「え?」
「いや、でも…」
二人が顔を見合わせ、傷持ちの男が言うことに判然としないような表情をする。
「おいおいお前ら、ここがどこだかもう忘れた訳じゃねぇだろ?」
傷持ちの男が窓をコンコンッと叩き、二人の注意を外に促す。
「ここはユニアド、学園都市だぜ?」
再びおぞましい笑みを浮かべて。




