悪ー弐拾六ー
「あ、戻ってきたー♪遅いよサッキー」
カナデさんがこちらに手を振って呼んでいる。
その隣にはサヤさんもいた。
「すみません。少し時間を取ってしまって」
「ううん。大丈夫だよ」
事実、思った以上に時間が掛かったのだが、どうやら気にしていないようだ。
「あんまり遅いからもしかして逃げたんじゃないかって思ってたところだよ〜♪」
どうやらこっちは気にしていたようだ。お望み通り逃げればよかったかもしれない。
「そういえば結局何があったの?突然爆発音がしたから慌てて戻ってみたらみんなパニックになっていてサツキくんもいないし」
「えぇ、どうやらケーキを焼く機械の整備不良のようです。一応確認してみましたけど、アレは新しいのを買った方が良いでしょうね」
実際は外で強盗四人(プラス同居人)とやり合った後だが、別にそこは言わなくていいだろう。てか言えないし。
「え?というかサツキくん。中入らせてもらったの?」
サヤさんが驚きの表情で聞いてくる。
「えぇ、“ユニアド学園で機械にやたら詳しい”と伝えたら案外簡単に」
「そ、そうなんだ…」
何故か苦笑いされた。
「さて、それではそろそろ帰りましょうか。もうじき暗くなりそうですし」
外に出れば空は一面茜色に染まっていた。
この街はどうしても人口が集中してしまうので、建物が縦向きに大きくなりがちなので、景色はコンクリートジャングルであるがこのように建物が夕焼けの光を反射させるとなかなか幻想的に思える。
「いやはー、食べた食べたー♪」
カバンを振りかざし、ご機嫌上々なカナデさんはクルリとこちらに向く。
「サッキー今日はありがとっ♪また何か弱みを握った時は奢ってねー♪」
「弱みて…」
笑顔でとんでもないこと言い出したなコイツ。早めに始末した方がいいのかもしれない。
「ちょっとカナデ。それは失礼でしょう」
「あははー♪冗談だよー♪」
と、上機嫌にカナデさんはサヤさんに抱きつく。
「あ、私こっちだからそろそろ行くねー♪」
バイバーイ、と陽気に手を振りつつカナデさんは夕闇に消えていった。
「それじゃあ私もこっちだから」
と、サヤさんも自分の行く先の道を指し示しながら言う。
「あれ?サヤさん確か電車で通ってますよね?駅はそっちじゃないですよ?」
サヤさんが指す方角は駅とは真逆の方向だ。
「うん、実はさっき店の電話の時、ソロカリのスタッフからでね。急に今日中にやっておきたいことがあるからすぐに来てくれないかって」
「へぇ、そうなんですか」
「うん。で、今日はそっち行ってから帰ることになるわ」
「じゃあ、ここでお別れですね」
他意は無かったのだが、どう捉えたのかサヤさんは少し残念というか寂しいというか、少し悲しそうな表情をした。
「?…サヤさん?」
「う、ううん!何でもないよ!?また明日ね!」
何かをごまかすような反応をし、そのままサヤさんは小走りに歩き出した。
こちらも駅に向かって歩き出した時、ふと、「サツキくん!」とサヤさんが呼ぶ声がしたので振り返る。
「今度は私からも何かお礼させてよね!」
手を挙げ、こちらに向かって大声で言う。
「友達なんだから、貸し借りはなしだよ!」
最後にそう付き加えて、サヤさんはニコッと微笑むと、向き直り、歩き出した。
「友達…」
サヤさんの後ろ姿を見て一人呟く。
その言葉はなんだかそれ以上の意味を持っているようで、僕の中にジワリと何かが広がっていく感覚を与えた。
「友達…か」
フッと笑い、駅に続く道へ向かう。
「全く…サヤさんときたら…」
徐々に空が暗くなり、街に灯りが灯り出す。
「本当に…」
行く先の道の色もまるでグラデーションかのように奥に進むたびに暗闇になっていく。
「さて、後始末しに行くか」
それはまるで、僕の心を映すかのように。




