悪ー拾四ー
「ほらほらー♪早くしないとお店が閉まっちゃうよー♪」
そう急き立てる声の主はまるではしゃぐ子どもであるかのように上機嫌であった。
「そう急がなくてもケーキは逃げないわよ」
隣で冷静に言う彼女も心なしか声が弾んでいるような気がする。
時刻は、夕刻。
ちょうど空が赤みを帯びはじめた時に僕たちは下校した。
その途中で朝にサヤさんと約束した「ケーキを奢る」ためこうしてケーキ店へ向かっているのだが…。
「なんでカナデさんまで奢る羽目に?」
高校生なのに小学生のような振る舞いをするカナデさんを見て、言う。
「…それはサツキくんの自業自得でしょ」
隣で歩くサヤさんはそうボソッと呟くと、頬が空と同じ色になりこちらとは逆の方を向いてしまった。
あの後、正確には学校にいた不審者に誘拐をされたサヤさんを助けて保健室に拘束を解かずに寝かせてカナデさんに目撃された後。
すぐに全力で逃走するカナデさんを捕まえ、サヤさんの拘束を解いた後すぐさま二人の誤解を解いた。
なお掛かった時間は一時間弱。
まさに激闘でした…。
「…ハハッ」
一時間にも渡る果てしない疑念と疑問と質問の雪崩を思い出し、つい笑ってしまう。
「なに笑ってるんですか。サツキくん(変態)?」
「いや、なんでも…。いやなんでもありますね!?」
「どうしたんですかサツキくん(変態)?何か悩み事なら私に言っていいんですよサツキくん(変態)」
「………」
笑顔で言われてるのが尚更キツイ。
誤解が解けてもまだ許してくれないようで、さっきからずっとこの調子なのだ。
これはいち早く美味しいケーキで名誉挽回を図らねば。
「なに二人で話してるの?私も混ぜてー♪」
いつの間にかこちらまで戻っていたカナデさんはそのまま僕の左隣を歩く。
「介抱してくれたお礼をしていたのよ。ねぇ、サツキくん(変態)?」
「え、えぇ…」
できる限り笑顔で応対したが、サヤさんの攻めは容赦ないものであった。
「介抱ってさっきのアレのことー?いやアレは介抱というよりプレイでしょー♪」
「そうね。あれは介抱と言う名のプレイだったのかもしれないわね」
「そ、そんなわけないじゃないですか…」
もう、二人の顔は見ていられなかった。
まっすぐ、道の奥にある一点だけに集中した。
しかしその間も二人による攻防(一方的な攻め)は熾烈であった。
「普段おとなしいサッキー(変態)もそういう一面があったわけだね〜♪」
カナデさんがこちらを楽しそうに見てくる。
「男の子ってみんなそうなんですね。今回のサツキくん(変態)の件でそのことがより一層分かりましたよ」
「い、いえですからあれは誤解でして…」
「えぇ、ご存知ですよ。私のためにやってくれたことなんですよね?ケガしたところを処置してくださったんですよね?なぜか包帯以外で」
「んぐっ…」
そう、僕がサヤさんたちの誤解を解くために言ったのは「ケガしてたから」という言い分だ。
多少苦しいが、本当のことなど言えるはずもないのでそう言うしかなかった。
しかし、不運なことにサヤさんの手足を縛っていたのは包帯などではなく工作などに使われるテープであったのだ。
そのためこの言い分はより一層二人を疑わせる材料になってしまった。
「まぁ聞けばサツキくん(変態)手当てなんてしたことないからあんなウッカリをしちゃったみたいですけどね〜。でも手足を縛っちゃうのはどうかと思うな〜」
サヤさんがこちらを楽しそうに見る。明らかにからかわれている。
「私なんか最初はサッキー(変態)がサヤを誘拐犯から助けた後なのかと思っちゃったからね〜♪」
いやなんでいきなり正解を言い当てるんだよ。もしかしてどこかで見てたのか?
そう思うほど的確に当ててきたカナデさんの言葉に一瞬ギクリとしてしまった。
「いやいやカナデ。さすがにそれは無いでしょう」
「それもそうね〜♪」
サヤさんの口から否定の言葉が現れ、カナデさんもそれにすぐさま賛同した。
そのおかげで危うく本当のことがバレるんじゃないかという心配は消えた。
「ねぇ変態?」
「誰が変態ですか」
すぐさま薄いピンク色の髪に手刀を叩き込む。
「いやはは…。ゴメンゴメンもう言わないからー♪」
頭を抑えつつ、痛みを耐えながらにカナデさんは言った。
「いやそろそろケーキ店に着くと思ったんだけどまだかなーって思ってねー♪」
「そう言えば目的のケーキ店はまだなの?変…じゃなかったサツキくん」
「………」
若干行く気が薄れてしまったが、約束のこともあるし、何より用事もあったので渋々僕はケーキ店の案内をした。
「…もうすぐですよ。そこの角を曲がったところにありますよ」
「本当に!?じゃあいよいよだね〜♪」
僕が指差すとカナデさんは昼にサヤさんに突っ込んだ時よりもさらに速い速さで目を輝かせながら走っていった。
「やれやれ、本当に子どもみたいですね」
「サツキくんが少し大人っぽいだけよ」
横でサヤさんが笑いかけながらに言う。
「変態なのにですか?」
「あれ?もしかして傷ついてる?」
クスクスと笑うとサヤさんは僕の少し前に出てこちらの顔を覗き込むような姿勢をとった。
「心配しなくても私は最初からサツキくんが私に変なことしようとかって誤解してないわよ」
「えっ?」
「きっと、何か言えない事情があったんでしょ?だからあんな下手な嘘をついて」
「お、お恥ずかしい限りです…」
どうやら(というかやはり)アレが嘘だというのはバレていたようだ。
「まぁ、嘘つかれたのはちょっと残念だったけど、でも私たち友達ですからね」
振り向き、夕日を正面に受ける。
「私は友達を、サツキくんを信じていますから」
そう言ってサヤさんは歩き出した。
「信じている、か…」
僕はその言葉を受けながらに、思う。
その言葉を。
その言葉を彼女は。
僕の本当の姿を見た後も言えるのだろうか?
それだけが心に浮かんだ。
「いつか本当のことも教えてくださいよー!」
遠くからサヤさんが大声で言ってきた。
夕日のせいで表情は分からなかったが、笑顔なのは確かだ。
「はい!」
僕は今はそう返事した。この後、起きるであろう予感を頭の隅に置きながら、約束した。
そしてその約束は案外早く果たされることとなる。