悪ー拾弐ー
「ふうっ」
サヤさんを再び保健室で寝かしつけたところで一息つく。
今日は一日中校舎中を走り回っていたので、疲労感が半端ではない。
しかも授業の途中から抜け出したということもあり(しかもとんでもない勘違いをされたまま)、若干遺憾ではあるが、それでも被害を抑えることが出来て良かったと思える。
しかし。
しかし、だ。やはりおかしい。
あの男がこの学園に入っていることは実を言うと朝の時点で気づいていたのだが、目的がなにか分からなかったからしばらく泳がせていたのだが、なぜ侵入出来たのだろうか?
ここの警備システムは本当に学校かよと思うくらい厳重でネズミ一匹、アリ一匹だって侵入を許さない。
なのに、校門やその他塀にはセンサーは反応しなかったし、監視カメラもまともに機能していなかった。
故障以外の理由であるならば、一体どういう理由なのだろうか?
そう言えば、先ほどあの男はなにかを言っていたような──。
そこで頭をフルフルと振り思考を止めさせる。
もう終わったことなのだ。今更考えても仕方ないだろう。
そもそも何でもかんでもコンピューターに任せるからこういうことも起きるのだ。せっかく厳重な警備システムを持っているというのに、僕にとっては隙間だらけだ。
今度、こっそり警備に関しての進言でもしておこう。
そう思い、ふと、サヤさんの方を見る。
危うく校舎が爆破されるかもしれず、しかも誘拐までされていたというのにいまだに気持ちよさそうに寝息を立てている。
これはこの人が図太いのか、もしくはあのピンク髪のタックルがよほど響いたのかのどちらかは分からないが。
やれやれ、と思い立ち上がると「う、うーん」と目を覚ましたのかサヤさんは声を出した。
「あれ?サツキくん?」
こちらの姿を確認出来たようで、僕の名前を呼ぶ。
「たしか私…」
とまるで事故に遭った患者のような(事実そうだが)ことを言い出したので再び座り直す。
「大丈夫ですか?サヤさん。まだカナデさんにタックル…じゃない過度の挨拶で受けたお腹は大丈夫ですか?」
「あぁ、そうだわ。思い出した…。てか思い出したくなかった…」
嫌な記憶を思い出すように表情に苦悶の陰を出す。
「ずっと…看病してくれてたの?もしかして」
「え?いや、その…まぁ」
本当のことなど言えるわけが無いので、仕方なくここは嘘で通した。
「そっか…。ありがと」
そう言って、サヤさんの頬に少し赤みが混じった。
「いえいえ、このくらい。友達ですからね」
そう言って、笑顔で返した。
「さて、そろそろ起きないとケーキ店が閉まっちゃうことだし、もう起きようかな」
「あ、…そ、そうですね…」
忘れてた。ケーキ店のこと。
朝から色々あったので頭の片隅に置いといたままにしていた。
この後あの男に対しての後処理とかに頭を回していたので、全然考えてなかった。
まぁ、あの警備室ならしばらくは見つからないだろう。普段誰も来ていないことは床やその他の掃除具合でなんとなく分かったことだし。
…問題は僕の財布事情か。
「…ねぇ。サツキくん」
と、サヤさんが呼ぶ声が聞こえたので振り返る。
「これ、何かな?」
と、サヤさんが見せてきたのは。
自由を奪われたままの両手足。
「……………」
解クノ、忘レテタ。
途端頭が真っ白になる。
直後、廊下からドドドドドッとものすごい勢いで走る音が聞こえる。
ガラッ!!と保健室の引き戸を勢いよく開け、その人物は入ってきた。
「サァアアヤァアアア!!!大丈夫だったー!?昼はゴメンねー!私の愛がふ…か…過ぎ…て…」
よく通る声で話していたカナデさんは両手足を封じられているサヤさんと、その隣で真っ白になっている僕を交互に見て絶句した。
「……………」
「……………」
「……………」
しばらく沈黙が続くと。
「あ、その…。ゴメンねー♪お邪魔だったようでー…」
とカナデさんはスルスルと退場した。
「いや!ちょっ!カナデ!?誤解よ!!待って!話を聞いて!!」
しかしサヤさんの必死の制止も虚しく、カナデさんは走り去ってしまった。
「待ってカナデ!!サツキくん!とりあえずこれ解いて!!サツキくん!!」
そうしてサヤさんが僕への呼びかけを横に。
僕は窓からの景色を見て一言。
「…今日も大変だったなぁ」