悪ー拾壱ー
僕が警備室のトビラを勢いよく開け、最初に見かけたのは手足の自由を奪われたまま眠っているサヤさんだった。
次にボロボロのジャケットに髪はボサボサ、どこか教師のような印象を感じさせる男性が一人。
その他は何もいない。
「良かった…。間に合ったようですね」
安堵の溜息と同時に頭から大量の汗を掻く。
正直、ギリギリであった。
一分一秒が無駄に出来ない状況下でなんとかクリア出来た。
あとは──。
「なぜ、ここが…?」
突如、男性の声がし、思考が中断される。
「あり得ないぞ…。だって…、だって!!」
様子を見る限り相当動揺しているようだ。無理もないが。
「ま、まさか!!全てお前が仕組んでいたことなのか!?」
挙げ句の果てに訳の分からないことを言い出した。これはもうダメだな。
殺すしかない。
自身の表情に陰りが入るのを感じる。
おそらくこれが“殺気”というやつなのだろう。
ここ、警備室は全てコンピューターによって管理されているというのに無駄に広い。
大体縦六十メートル、横四十メートルの平方二千四百メートルといったところだ。
まぁ、それは万が一の避難室として使う用途があるらしいのだが。
僕と男性の距離はおおよそ五十メートルぐらい。
走ればすぐ追い詰められるだろう。
その、最初の一歩を踏み出した時。
「待てっ!これを見ろ!」
と男がなにやらポケットから取り出した。
最初は長細い棒かと思ったが、先端にボタンらしきものが付いているところで得心がいった。
「いいか!今この学園には大量に爆弾が仕掛けられている!校舎が一つ吹っ飛ぶとかじゃない。この学園が崩壊するほどだ!!分かったら大人しく」
「あー、もしかしてコレのことですか?」
ガシャシャシャッと僕がその場に置いたのは黒い箱、もとい爆弾だった。
「申し訳ないですけど全部ゴミに変わりましたよ。構造も単純でしたので」
そう言って一つだけを男の元に放り投げる。
「な…な…」
驚きのあまりか男は口を大きく開けたままである。
「ば、バカな…。これ全部を解除しただと…。たった一人で…?」
ひんむいた目がこちらに向けられた。
「えぇ、休み時間にちょくちょくと、ね。さすがに疲れましたけど」
ニパッと癖で笑顔を見せてしまったが、男にはもはや何をしても僕が化け物か何かにしか見えないだろう。
「あ…が…は」
もはや声にもならない声で話してくる。気のせいか先ほどよりもやせ細ったようにも見える。
カシャーンッと男は右手に握っていた起爆装置のボタンを落とす。それはコロコロと転がり、サヤさんの方へと向かう。
「そうだ…。まだ手はあるじゃないか」
消え入りそうな声でそう言ったのが聞こえた。
不気味な顔をこちらに見せる。
「おいガ」
しかしそれは読めていた。
男がこちらに罵倒の言葉を浴びせかけるよりも先に。
僕は刺した。男に。
針を。
「キ…イィ…」
途端に男の動きは止まる。
態勢はサヤさんの方を向こうとするような状態で。
静止した。
胸に、黒い棒を生やしたまま。
「……!……!?」
体が動かず、口も動かせなくなった男は只々こちらに恐怖と絶望の顔を見せることしか出来ない。
いや、気のせいか。なにせ表情の自由も奪われているのだから。
さすがに哀れに思えたので口だけはなんとか動かせるように縛りを緩めておこう。
そのまま僕は動きの止まった男の横を通り過ぎ、サヤさんの方へ向かう。
「あ…が…がががっ」
男がなにか喋ろうとしているが、まだ縛りが強いのかうまく話せていない。
構わずサヤさんの容態を確認する。
見ると、こんな目に遭っているというのにいまだにスースーと寝息を立てている。どうやら手足を縛る以外は何もされていないようだ。
安心した僕はそのままサヤさんを担ぎ、元来た道に戻る。
再び男の横を通り過ぎる。
「き…さまは…」
どうやらようやく喋れるようになったようでこちらになにか語りかけてくる。
しかし構わず歩を止めることはなかった。
「いった…い…」
「別に僕が何者かはどうでもいいことでしょう」
歩きながらに言う。
「重要なのは、あなたが僕のクラスメイトに近づいたことだ」
そう言って右手の指を鳴らす形にする。
警備室のトビラを開け、一人残された男を一瞥する。
「アクバリ、“散”!!」
パチンッと指を鳴らした後。
ブシャアッ!!
と警備室に何かが飛び散るような音が響いた。
僕はそれの確認をしないまま、トビラを閉めた。