悪ー拾ー
なんと言う強運なのだ。
否、悪運と言うべきなのだろうか。
ともかく、運が良い。
まさか気まぐれに訪れた保健室に都合良く生徒がいるとは。
しかも寝ている状態で。
男はいまだ目を覚まさない女子生徒をそのまま起こさないよう、そっと床に寝かしつけておき、万が一起きても良いように手足を縛っていた。
これは最早運命なのかもしれない。
手足を縛り終え、男は思う。
天が、神が、自分にこの学園に罰を与えよと言っているとしか思えない。
いや、そうなのだろう。なにせ全てがあまりに上手くいきすぎている。
最初は何かの罠に掛かっているのかと思ってはいたのだが、今確信に変わった。
これは神から与えられた自分の使命なのだ。
全てを奪ったこの学園に天罰を下す。神はその機会を自分に与えてくれたのだ。
なんという幸運。自分は神に選ばれたのだ。
クハハッと男の口から奇妙な笑い声が漏れ出す。それはまるで悪意が黒い液体としてこぼれるような音であった。
男は女子生徒の口を塞ぐための物がないかを探す。
その際、ふと時計に目がいった。
現在午後二時十分。授業の終わりまで後十分といったところか。
男はボロボロのジャケットのポケットに右手を忍ばせ、そこにある物の確認をする。
もうすぐだ。もうすぐここに天罰を下す時が来る。
逃げる隙など無い。気付けば死んでいた、というようなほんの数秒しか時間が無いのだから。
お前たちが犯した罪、その身をもって償うといい…。
再び男の口から悪意が漏れる。
時計に向けていた視線はそのまま女子生徒の方に向けられる。
この娘には悪いが、こいつには万が一のための人質となってもらおう。まぁ、どうせ全員死ぬのだから今死ぬか後で死ぬかの違いだがな。
そうこうしているうちに時計の分針は進み、残り五分となっていた。
男は女子生徒の口を塞ぐ物を探していたが、次第に諦めていた。
残り五分なんだ。別に大丈夫だろう。
見た感じ何か強い衝撃でも受けたのか起きる気配が無い。これなら時間までに大声を出されてしまう危険性も無いだろう。
フッ、と男は鼻で少し笑うとそのまま固定されている椅子に座る。
しかしここは学園全体を見渡すのにちょうど良い所だと思える。
男がいる場所はこの学校の警備室。
ここには常に警備用の防犯カメラのモニターなどが映し出されている。
その他にもここでは防犯のための装置が幾つかあるのだが、誤作動なのかはたまた点検中かもしくは故障でもしているのか、全く役に立っていない様子だと見える。その証拠がこの男だ。
時刻はあと一分というところまで差し迫ってきた。
もうすぐだ…。もうすぐここは地獄に変わる。
いつも通りの日常が壊され、恐怖と絶望に満ちた顔が容易に想像つく。
気付けば男の手は震えており、汗もかいていた。
これが武者震いというやつか。
男は自分の手を見、不気味に笑う。
秒針は十秒進み、男により一層の緊張感を与える。三十秒が差された時、男は震える右手をポケットに突っ込んだ。
これで、準備完了だ…。
男の表情は真っ黒となっていた。
残り時間が十秒となった時。心の中で悪意あるカウントが始まった。
十…、九…、八…、七…、六…。
残り五秒。
ここで男の体から震えが消えた。
五…、四…、三…。
そして、残りが一秒になった時。
「終わりだ!クズども!!」
そう言って、男はポケットに忍ばせていたスイッチを押した。
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ………………ハァ?」
おかしい。どういうことだ?
男はモニターに食い入るように近づき、確認する。その信じられない光景に。
いつも通りの、先程と寸分変わらない光景に。
驚愕する。
な、何故だ!?なぜ起動しない!?まさか壊れたのか!?それともなにかミスをしたのか?!
狂喜から一転、男の中に焦燥と疑問が生じる。
その時。
突如警備室のトビラが開けられた。