悪ー九ー
授業中につき、廊下には僕の走る音だけが聞こえる。
普段は廊下を走るなんて危険な行為はしないのだが、今は急が急なのだ。
一刻を争うのだ。
もちろんトイレではない。あれは咄嗟についた嘘だ。
しかし僕がした行動と言動により、先生をはじめクラスメイトのみんなは『サツキの奴。腹でも下したのか…』とあらぬ勘違いをしているに違いない。
もしやと思うが読者であるあなたも勘違いしていたのかもしれないが。
そうこうしているうちに目的の場所にたどり着いた。
保健室。
先ほど、こちらの方角から“アレ”の存在を感じ取った。
故にもしかしたらここではないのかもしれない。方角は同じなだけでこちらの延長線上に“アレ”がいるのかもしれない。
というかそうであってほしい。
そんな思いを込め、僕は保健室のドアを開けた。
そしてすぐさまベッドに向かう。
そこには先ほど伸びていたサヤさんが──。
「……っ!」
いなかった。
昼休みの時に確かにここで眠らせたのに。
サヤさんはいなかった。
……落ち着け。
まずは落ち着くんだ…。
動揺し、上昇した心拍数を落ち着ける。
左胸辺りに右手を当て、鼓動を確認する。
大丈夫だ。まだ連れ去られて時間は経っていないはずだ。ここは冷静になれ。
じゃないと。
じゃないとまた。
あの日の繰り返しになる。
「………………」
目を閉じ、より鼓動を感じやすくさせる。まだ少し速いが大分落ち着いてきた。
トクントクンッと早拍子に動く心臓は心の声に従うように次第に安定しだす。
大丈夫だ。場所はどこかはおおよそ把握できる。あとは順番の問題だ。
頭の中でこの後自分がどのように動けば効率良くいけるかを瞬時に計算し、組み立てていく。
そして。
心臓の鼓動が安定した頃にはそれは完成した。
右手を下ろし、目を開ける。
「………スタートだ」
そう言って僕は保健室を出て走り出した。
音を出さずに。