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悪殺し -悪に殺される話-  作者: 皆口 光成
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プロローグ

一味違う「話」、あなたにどう影響するのかは私にもわかりません。


「ハァッ。ハァッ」



暗い夜道。



すっかり闇の世界と変わった街を照らすのは、規則的に並べられた街灯と建物から発せられる光だけ。

空は雲で覆われており、月はいまだその姿を見せない。



「ハァッ!ハァッ!」



この街の裏路地は複雑な迷路のようになっている。もしもここにこの街でない者が入れば──あるいはこの街の者でも──抜け出るのは容易ではないだろう。



さらにこの街の周辺部はやたらと廃墟が多く、よく不良の溜まり場や闇関連の仕事の者が集う場として使われることがある。


「ハァッ!!ハァッ!!」



それはつまり──。



「ッ!!!?…ゲホッ!オホッ!オ"ォエッ!!」



長時間の激しい運動故、体力が保たなかったのか、男は壁にもたれ掛かり、嘔吐した後その場で崩れた。



無理もない。あれから約十分間も全力でこの迷路のような裏路地を駆け回っていたのだ。もう限界なのだろう。




数十分前──。



彼はいつも通り、かどうかは知らないが、仲間と思しき連中と夜の街を闊歩していた。



そこで彼等がしたことは到底許せないことだった。



彼等は当てもなく街を歩いていた。



そこで、彼等は自分達の“獲物(ターゲット)”となる人物を決める。



決めた後は一人がグループから別れ、その人物の行く先を先回りする。



そしてさも自然に振舞って、その人物の行く先から現れる。



すれ違いざまに肩にぶつかる。



つまり因縁をつけた。



怒声を浴びせかかる仲間にグループ全員が仲裁役に扮して駆けつける。



そして仲裁役の方から「ここでは人目に付くから」という理由で、獲物を半ば無理矢理人のいない裏路地の方へ連れて行く。



人目の付かない所まで行くと、急にグループ全員で殴る蹴るの暴行をし、金目のものを出すか、気絶するまで続けた。



しかも、男女問わず行い、女性には更に酷いことを集団で行う。



彼等はそれをしてから、取ったお金で飲み食いしたり、遊びに行ったりしているようだ。



悪びれることもなく。



罪の意識もなく。



さも当然のように。



“悪”を宿している。



それも、極上の“悪”を。




彼等は一通り遊び終えると、また裏路地に向かっていた。



どうやら彼等も廃墟を溜まり場としているようで、そこに集まるようだ。

裏路地の通路は狭く横に三人並ぶのがやっとくらいで、当然辺りには彼等以外誰もいない。



今なら、誰の目も憚ることなく、思う存分に出来る。



()レル。



目が疼く。どうもこればかりは慣れそうにない。見失わないように上から(・・・)見張っているが、本能が、冷静さを奪っていく。

溢れそうなほどの激情を必死に抑え込み、彼等の動向を見張る。



すると、狭い路地の方へ入っていった。

ひと一人が入るのがやっとなくらいで、あの人数では一列になる他、通ることは出来ないだろう。



グループは全員で七人。

… 少し多い。



五人くらいなら一瞬で片をつけられるが、六人だと一人逃す可能性がある。

更に七人だと…。



いかに素早く全員を()ルかを考えていると、彼等の歩みが止まった。一瞬()けていることがバレたのかと思ったが、そんなはずはないとすぐに頭の中から打ち消す。



彼等が足を止めた所にはこの辺りでは特に珍しくもない廃墟があった。

薄暗くてよく分からないが、元は小さな会社だったようだ。



袖看板の方はところどころ剥げていてなんと書いてあるか読むことは出来ない。屋上看板にいたっては朽ち落ちてしまっている。

どうやらここが彼等の拠点のようだ。



そこに彼等七人が入って行く。当然電気は通っていないので、手持ちの携帯のライトなどで中を照らしている。



やがて光は三階付近で動きを止めた。そこが彼等の溜まり場となっているのだろう。しばらくするとそこの部屋だけ明るくなった。



殺セ。



頭の中で響く。本能の声が。

殺セ、殺セ、殺セ、と。



今なら周辺に人の気配がしないので目撃されるということはない。

彼等も今は同じ部屋に固まっているので、七人ぐらいなら容易に殺れるだろう。



…………………絶好のチャンスだ。



そう思うといても立ってもいられず、彼等のいる廃墟の向かいにある建物の屋上から彼等のいる窓へ飛び移った。



幸いにも窓ガラスは無かったので、ガラスを割る音で気付かれるということはなかった。

足音を立てず、フワリと一瞬浮くようになってから着地し、そのまま数歩進んだところで止まる。



部屋は携帯用の照明で照らしていたようで、流石に全体を明るくすることは出来なかったようだが、そのおかげで影に身を潜めることができ、彼等には気付かれることはまだ無かった。



一、ニ、三、四、五、六、……七。



七つ。七つの“悪”が、目の前にある。

そう思うだけで本能は今すぐにでも表に出てきそうなほどに自身を駆り立ててくる。



殺レ。殺セ!スベテヲ殺セ!!アノ醜ク禍々シイ“悪”ヲ!!!“悪”ヲォオオオオオ!!!!!



「誰だお前!?」



ふと、そんな声がして我に返る。どうやら今になって気付かれたようだ。



「ここでなにしてんだテメェ!!」



一人が怒声とともにこちらに近づいてくる。

そのまま胸ぐらをつかもうと右手を伸ばし──。



ドスッ。



一つの刺突音と共にそのまま動きを止めた。



「おい?どうした?」



仲間の一人が声をかけるも返事はない。

ただ、その代わりとなる返事は、彼の背中から伸びている黒い棒のようなもの(・・・・・・・・・)だった。



異変に気付いた仲間たちは次に、数人がかりで、五人襲いかかってきた。



ドスッ。ドスッ。ドスドスドスッ!!



しかし五つの刺突音が聞こえた後、先刻の一人と同じように五人の動きは止まった。



残った一人は仲間達がやられるのをただ見ていることしか出来ず、口を開けたまま動かないでいる。



目が疼く。本能の声が頭の中で響き渡る。



殺レ!殺レ!!殺レ!!!今スグ!!!!イ、マ、ス、グ!!!!殺セ!!!!!!!



これ以上続けば制御がきかなくなる怖れがあったので、ひとまず、六人殺してから最後に残った一人もやることにしよう。

そう考え、右手を上げる。



そのまま中指と親指を合わせ、指を鳴らす形をとる。

そのまま親指と中指に力を込め──。



パチンッ!




そして現在。



こうして迂闊にも取り逃がした仲間の一人を追いかけているわけだ。



取り逃がした理由だが、あの後、指を鳴らした後だが、本能が暴走しかけ、それを抑え込むのに必死だったからだが……。



現在も建物の屋上から屋上へと飛び移り、常に彼の上から追跡している。

たとえ、彼がこの後四方八方支離滅裂にこの迷路のような裏路地を走り回っても、上からならすぐに見つけられる。



そう思うとあれだけ必死に走っている彼が少し気の毒だが、……まぁ、気にしないことにしよう。



さて、彼の体力もそろそろ限界のようだし、この茶番も終わらせることとしよう。それが彼と、ひいては彼自身(・・・)のためでもあるのだから。

そのまま屋上から彼のいる元まで飛び降りる。



しかしすぐには落ちない。まるで体に風船でも付けているかのように、ゆっくりと、ゆっくり落ちる。

当然ながら体に風船など付けていない。これが今の(・・)体重なのだから。

それにいつもの体重だと痛いしね。



ストンッと着地する際、靴音の甲高い音が裏路地中に響き渡る。その音に反応し、彼はおそるおそる、ゆっくりと顔を上げる。その時の彼の顔は驚愕と恐怖と絶望を織り交ぜたようなもので、血の気を引かせ色は白くなり、見ているこっちが思わず同情してしまうほどの有り様であった。



殺セ。



再び、本能が急かすように声を頭に響かせてくる。

あまり気乗りしないのだが仕方ない。彼には悪いが殺るとしよう。



そう思い、右手の平を上に向け、その上に“黒い針”を出した。



長さは約一メートルから二メートルまである(若干“針”というより“槍”なのだが)長ものを、いまだ恐怖の顔を貼り付けている彼に向ける。



そのまま刺そうとすると、彼の口がマゴマゴと動いており、何かを言おうとしていることが分かった。



しかし恐怖のあまり肺に空気が十分に入らないようで、かすれ声となってしまっている。

武士の情けというやつで、少しばかり待つことにした。



「…………し」



ようやく、聞こえる。だがまだかすれていて一部しか聞き取れない。



「…と…ろし」



まだよく聞こえない。耳を澄ませる。



「ひ…と…ごろ…し」



その瞬間、胸のあたりがざわつく感じがした。



頭が真っ白になる。



ドスッ、ドスドスドスドスドスッ!!!



気が付けば、彼には六本もの針を刺していた。どうやら無我夢中で刺しまくったらしい。

その証拠に彼の顔には苦痛に歪める表情がプラスされていた。

その表情のまま、彼は動かなかった。



「人殺し、じゃない」



一人呟き、そのまま右手を上げ、鳴らす形をとる。



そしてそのまま──。



パチンッ。



ブシャアッ!!!



指を鳴らす。



直後、何かの破砕音が裏路地中に響く。



彼の体は、頭は顔は首は肩は胸は腕は手は足は、全身いたるところに無数とも言えるほど黒い“針”が飛び出ていた。



やがて針は風化していくように、細かい粒子となって、その形を失わせていく。



しかし彼の体に傷は無かった。



刺した針も、傷一つもなく、何も残らなかった。



黒い粒子は消えていく。それが夜の街に溶け込み、まるで街の一部になっているように感じさせる。



その光景を見ながら、つい、独り言を出してしまう。



それは先ほど言われた言葉に対しての強い、強い否定の意を込め。



「僕は──、“悪殺し”だ」


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