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私の愛小説  作者: 一夜
1/1

死神87番

 死神87番。それが、ヤナの呼称だった。

 ヤナという呼び方は、87番だからだ。8(ヤ)7(ナ)番というわけだった。この呼び方で呼び始めたのは、同じ死神の女性で、ムロと言う名前を名乗っている。ムロは、死神の66番だ。

 死神は、ある特殊なケースで生まれてくる。

 死ぬ予定ではない人間が死にそうになった時、その魂が死神となる。意識のない身体に入ることが出来ない魂は、死神という仕事に縛り付けられるのだ。

 死神の仕事は一つ。魂をとることだった。

 死神には死期が迫っている人間を見分けることが出来るのだ。そして、死神はその人間の死ぬ瞬間、魂を奪う。その魂を自分に取り込むことで、そして其れを繰り返すことで死神にはあるチャンスが与えられるのだ。

 3つの選択。

 生き返ること。これは、自分の身体に魂が戻ることを指す。

 死ぬこと。その名の通り、生き返ることを望まず、そのまま魂を自分から放棄すること。

 そして、3つ目の選択が………死神になること。生き返ることを望まず、そして死ぬことも望まない。ただ、永遠に人の命を奪い続ける、そう言う存在になる。

 どれを選ぶかは、死神によって様々だ。しかし、この選択は確実にやってくる。避けられない選択。

 死神をやっている間、その死神は生きていた頃の記憶を全く持つことが出来ない。だから、生き返ることを恐れる死神は少なくなかった。

 だからといって、自分から魂を消すという選択も出来ない。だから、だから

「だから私は死神を選んだのよ」

 ムロはヤナにそう言った。

 死神は全員、真っ黒なマントをしている。それ以外には共通点がない。鎌なんて持っていない。それはヤナもムロも同様だった。

 ムロは、長い金髪を背中に垂らしながら、ヤナと歩く。

「ヤナは、もうすぐかな?」

「知らない」

 ヤナはそう言うと、ふっとドアのほうを見た。そして、そっちに歩いていく。

「いってらっしゃい」

 ムロはヤナに笑顔を見せた。ヤナはそれを見ると、頷いて一人で歩いていく。

 このドアの向こうに、死期の迫った人間がいるのだ。それが、ヤナの今回の………魂を奪う相手。


 清潔感の漂う病室。風が、窓から吹いてくる。それがベットの上に開いてある本のページをめくっていく。

 ヤナは、その光景を見ているとふぅと溜息をつき、窓をそっと閉じた。そして、本に近くに置いてあった紙を挟む。

 ページが何処だったかは無茶苦茶になってしまったが、何処まで読んだかを知らないのだから、仕方がない。ヤナはそう思うと、ベッドの上で寝ている人物を見た。

 少女は静かに寝息を立てながら眠っている。風が少女の髪を揺らす。白い肌が、カーテンから漏れる太陽の光を映してよけいに白さを増していたが、頬は微かにピンク色だった。

 ヤナはその少女の顔をじっと見ていた。

 しばらく、静かな時間が流れた。やがて、少女の方がう〜んと言って寝返りをうつと、ゆっくりと目を開いた。

 そして目をぱちぱちと何度も瞬きをして、体を起こす。

 その病室は個室だった。ベッドは少女のものしか置いていない。少女は、背伸びをして、そしてふと誰もいない空間を見て、にっこりと笑った。

「おはよう、ヤナ」

 少女がそう言うと、ヤナは少女を見て軽く頷く。

 ヤナは、ソコにいた。

 少女は枕元に置いてあった本に手を伸ばすと、其れを読もうとページをめくる。髪の挟んでいたページを開き、しばらく読んでいた。が、ふと顔を上げると首を傾げる。

「ねぇ、これページが違うんだけど………」

「風」

「あ〜………なるほど」

 少女は何度か頷きながら、ページを逆戻りする。そして、再び本を読み始めた。

 静かな時間が病室に流れる。

 ヤナは備え付けてある椅子に座りながら、ぼーっと天井を眺めていた。

 やがて、少女の方が本を読み終えたらしく、パタンと本を閉じる。そして枕元日本を戻し、ヤナの方を見た。

「ね〜ヤナ。いっつも何処見てるの?」

「上」

 ヤナの答えはいつも短かった。基本的に、ヤナは会話を好んでいない。少女はそのことを知っていたが、あえて話しかけた。

「上には、なにかあるの?」

 その質問に、ヤナは少し黙って、やがて口を開き――

「天井」

「うん。だね」

 会話終了だった。

 少女は少しすねた顔になり、身体を倒してベッドに横になった。

 外から見える景色は、いつも一緒だった。それでも少女は外を見ることが好きだった。

「ヤナ………」

 少女に名前を呼ばれ、ヤナは少女を見る。

「ん?」

「屋上行きたいです」

「行けば」

「連れてって………」

「無理」

「分かってる」

「そう」

 そしてヤナは再び上を見る。

「ねぇヤナ………」

「なんだ」

 ヤナは今度は少女の方を見ずに答えた。

「いつも、お見舞い来てくれてありがと………」

 その言葉に、ヤナはぴくりと身体を反応させ、少女の方を見たが、少女は目を閉じていた。眠ってしまうようだった。

 ヤナは少女が完全に眠ってしまうまで待ち、やがて少女の寝息が聞こえてくるとゆっくり立ち上がって、そっと窓から外へ出て行った。


 少女の名前は大垣友おおがきともという。小さい頃から病弱で、入退院を繰り返してきたが、小学校を卒業すると共に長期入院となり、以来入院生活を続けている。

 友には家族がいなかった。友が小さい頃、両親は二人とも事故で死んでしまい、兄弟がいなかったため一人で親戚の家に住むことになった。そして、それからしばらくして病気になってしまい、初めての入院をしたのだった。

 学校に行くよりも病院へ行く回数の方が多くなってしまった。

 たとえ学校に行ったところで、何故か体の具合がすぐに悪くなり、保健室で過ごすことがたびたびあった。

 友は一人だった。

 学校でも、家でも、そして病院でも………。

 そんなある日だった。

 ふと、誰か自分を見ているような気がした。

 目をゆっくり開けると、ソコには一人の少年が立っていた。自分と同じぐらいの年だった。

「誰?」

 この病室に訪ねてくる人は、看護師か医師ぐらいしかいない。親戚も忙しいため、めったに来られなかったからだ。小学校の時の友達、でもなさそうだった。

 少年は友と目が合うと、しばらく何も言わなかったが、やがてゆっくりと口を開いて言った。

「ヤナ」

「それって名前?」

 友の問いに、少年ヤナは頷く。聞いたことのない名前だった。しかし、それでも友は嬉しかった。

「お見舞い、来てくれたんだ」

 きっと覚えてないだけで、小学校の時の知り合いだろう。そう思い、友はヤナに笑いかけた。

 ヤナはその顔を見て、少し驚いた顔をした。が、すぐに無表情に戻り、そして備え付けに置いてあった椅子に座ると上を見た。

 何故かは分からないが、妙に気分が落ち着いてきた。ヤナがいる時、友はいつも穏やかな気持ちになれるのだった。ソレが何でかは分からない。

「ありがとう………」

 友はその日の最後に、そう言ったことを覚えている。

 そして、それから毎日友の病室にはヤナが来た。ヤナは友が眠っている間にいつも間にか来ていて、そして友が眠ってしまうと、いつの間にかいなくなっている。

 そんな生活が、4日間続いた。


「行くの?」

 ヤナが振り向くと、ソコにはムロがいた。ムロは黒いマントを肩から掛けているが、ヤナは掛けていない。友の所へ行く時は、ヤナはマントを外していく。

「行ってくる」

 そう言ってドアに手を掛けた時、ムロの手がヤナに重なった。

 ヤナがムロの顔を見ると、ムロは少し悲しそうな顔をしていた。

「なに?」

「何で………ヤナはそんなにあの子に構うの?普通は誰かを確かめに行ったら、あとは魂を奪う時以外は会いに行かないんだよ………」

「ソレ、決まってないじゃん」

 ヤナの言葉に、ムロは唇を噛み締めた。そして、そっと手を離す。ヤナはソレを確かめると、ドアを開いて中へ入っていき、そしてムロの鼻先で閉じた。

 そのドアを見つめながら、ムロはぽつりという。

「何でか知ってる、ヤナ?」

 ムロはヤナの手に重ねた自分の手を見つめる。

「ずっと一緒にいるとね、魂とるのが怖くなっちゃうんだよ………たとえ、死神は人間とは話せなくっても………」


 友は、死神のヤナを見つけてしまったのだった。

 ヤナが初めて友のもとへ行った時に、友がヤナの顔を見た。その時は寝惚けているのかと思ったが、友はヤナを見て言ったのだ。確かにヤナに。

『誰?』

 と………。それがたとえあり得ないことでも

 知っていたこと。少女には家族がいないということ。友達がいないということ。

 なにを思ったのか、ヤナは自分の名前を名乗った。それがどうなるのかはたいして考えてなかった。

 毎日行くようになった理由は、簡単なことだった。

 興味があった。

 何故かは分からないが、友に惹かれた。惹かれるようになった。



「アレ………」

 ヤナは思わず間の抜けた声を出してしまった。

 友が、いない。

 いつもいるはずのベッドは無人だった。そして窓は閉じられている。ベッドも綺麗に整えられている。友がいつもはベッドから出る時には苦と思われる、黄色のスリッパは消えていた。

「え?」

 辺りを見回す。友がいたという形跡が消えている。

 まるで、始めからこの部屋には誰もいなかったかのようになっている。

 友が部屋から出るのは特別な検診の時だけ。それ以外は病室から出ることは禁じられていた、はずだった。

 いない。どこにも、いない。

「っ………?!」

 その瞬間、今まで感じたことのない感情がヤナの中に生まれた。モヤモヤする。落ち着かない。友は何処だ?何処へ行ってしまった?

 ヤナは病室のドアから外へ出た。

 ヤナの姿は他の人間には見えない。だから、ヤナがどんなに友を探そうとしてもソレは無理だった。そうすることも出来なかった。

「友………?」

 ヤナの声は、誰にも聞こえなかった。


 友は、看護婦師と共に病室の前まで来ると、付き添いを断って一人で部屋へ入った。

 そして、中を見た時思わずクスリと笑ってしまった。

「ヤナ………」

 ヤナが、いつもの椅子の上に座っていた。

 待っててくれたんだ………。

 そっとヤナに近寄るが、ヤナは動かない。顔を覗いてみると、ヤナは寝ていた。

 少し驚き、そして少し笑って、そして少し涙を流した。

「友?」

 友の気配を感じたのか、ヤナが目を覚ました。

「おはよ、ヤナ」

「何処………いってた?」

「急に検査の時間が早まったの。ごめんね、心配した?看護士さんが部屋、掃除しといてくれたんだね」

 友がそう言って、チラリとヤナを見た。すると、ヤナの顔は心なしかすねた感じだった。

「あり?」

「別に、何とも思わなかった」

 唐突に言った。

 逆にソレがヤナの感情を表していて、ソレがとても幼くって………。

「あ、そう♪」

 友はベッドに戻った。

 ヤナはまだ不満そうな顔をしていた。

 そんなヤナを見て、友はそっと手を伸ばし、ヤナの手に触れようとした。ヤナは、反射的に少し手を引っ込めようとした・が、ソレをやめて友の手を受け入れた。

 友の手が、ヤナの手に触れる。その時、友のまぶたが落ちた。

 静かな寝息が聞こえる。

 ヤナは立ち上がる。

 振り向くと、友の手が誰も座ってない椅子の上に乗っていた。

「ありがと………」

 寝言だった。

 それでも、ヤナはどこか、本当にどこかが暖かい感じがした。


 次の日の昼下がり、ヤナは友に聞いた。ヤナから話しかけることはこれが初めてだった。

「友は、未来をみたいと思うか?」

「え?」

 友はヤナを見る。

「それって、どうゆう意味?」

「………分からない、けど未来を………みたいか?」

 友はその質問に、少し悩んだ。やがて、口を開く。

「ねぇ、ヤナ。未来って………なにかな?」

「ん?」

「だって………考えてみてよ。さっきの未来っていつ?今だよ。そして今の未来は………ほら、今!ね………。私はいつでも未来を見ているんだよ。未来を生きているんだよ。でもヤナ。私は思うんだ。今って………なにって」

「今?」

「うん。今っていつ?今って………なに?今はもう今じゃない。今って言った時はもう今じゃない。さっきの今はもう過去で、今の先はもう未来。今はいつ?何処にあるの?今はこの瞬間なんだって、いつ言える?」

 友の言葉に、ヤナは顔をしかめる。

「ヤナ………。今はね、本当に儚いんだよ。いつも一瞬で消えてしまう。今と思った今は二度と来ない。今は………もう二度と、今として私たちのもとには訪れないんだ。だってさっきの今は今じゃなくって………ぁ〜難しいな、これ」

「なんとなく、分かるような気がするよ」

 ヤナは言った。何となく、分かるような気がした。友の言葉を聞いていると、何となく分かるような。友は、窓の外を見た。そして、言葉を漏らす。

「だから………私は今を生きるって決めたの。この一瞬を生きるって………」

 この角度からは、友の表情は伺えない。友も、ヤナの方を見ようとはしなかった。

「だから私、きっと死んでも後悔しない」

 ヤナは目を見開く。声を出してしまいそうだった。立ち上がってしまいそうだった。逃げ出してしまいそうだった。

 こんな事、聞きたいんじゃなかった。

 自分が何のために友と出会ったのかを忘れてしまいそうだった。

 自分は死神。友の魂を奪いに来た。

 友は死ぬ。ヤナとあってから一週間後、友は暗い病室の中で、一人で死んでしまう。

 何でこんな事を聞いてしまったのだろうか?後悔しても遅かった。友が精一杯生きていることを知っても、ヤナにはなにも出来ないのだから。逆に、その友をヤナは奪う。

「………ヤナ?」

 顔を上げる。そこには、笑顔の友がいた。その笑顔が優しくて、暖かくて………とても痛い。

 ヤナは立ち上がると、病室から出て行こうとした。

「帰る」

「分かった。じゃあ、ヤナ………またね」

 ドアを、閉めた。そしてヤナの目の前にいたのはムロだった。


 ムロの顔は険しいものだった。

「ムロ………何で」

「ヤナ、あの子と話せたんだ」

 ムロの声には怒りが入っていた。そして、ムロはヤナの襟を掴むと壁に打ち付ける。ヤナは顔をしかませ、ムロの顔を見る。

「馬鹿じゃない?なに………考えてるのよ」

「なにが?」

「何がじゃないって………!!ヤナ………ずっと、ずっとあの子と仲良くしてたの?同情?それとも暇つぶしで………?!」

 ヤナはムロを振りほどく。

「そんなんじゃない」

「じゃあ何よ!これから魂取る人と仲良くしてどうしたいの?ヤナは………ホント………!」

 ムロは言葉につまりながらも、ヤナを睨みつける。

 ソレが当然だったからだ。死神は人と話せない。話さない。なぜなら死神にとって人とは魂を取るだけの存在だから。

「約束して。もう………あの子が死ぬ日まで会わないって。魂を取る時も、決して話さないって」

 ムロの声には半分以上命令的なものが入っていた。

 ヤナは、そんなムロを見てしばらく黙っていた。が、ゆっくりと歩き出すと、ムロから離れていった。

「っ――――!!!」

 言葉が喉に詰まる。が、ムロは両手を堅く握って、そして走っていってしまった。



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