進むために
6/26(日)
の更新です。
By 月鈴
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人の考え方なんて、ごまんとある。
感じ方が違えば、考え方も変わり、選ぶ道も違う。
その中で
だれかが選んだ道を選ぶもよし。
自分で道を切り開くもよし。
結局は自分しだいなのだ。
私の人生。
誰にも譲りはしない。
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真っ暗闇の中。
声だけが聞こえる。
私を呼ぶ声。
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――ふと、頬に当たる冷たい雫に誘われ、覚醒する。
重たい頭を手を添えながら起き上がれば、雨が降っていた。
(また雨。)
自分はどうも雨と縁があるらしい。
朦朧とする頭に顔をしかめ天を見上げれば、曇天からふる雨粒が直に掛かった。
冷たいその感覚に、心地好いものすら感じながらも自分の置かれた状況を理解しようとする。
私は確かに最上階から飛び降りた。幸運にも、その3階ほど下にあったテラスを目指して。
だが気を失った覚えはない。
ただ落下の感覚に身を任せただけ。
それなのに、何故私はこんな森の中に居るのだろうか?
日の光りは辛うじて届く範囲には深い森。
足を踏み入れた覚えは当然ない。
あるはずもない。
ならば、と考えられる可能性を弾き出してみるも、どれもありえないものばかり。
(夢だと思いたい‥‥)
そう切実に願ってしまったのは仕方のない事だと思う。
幸にして、降っているのは小雨だったので、衣服がそれほど濡れていることはなかった。
だがこのままでは確実にずぶ濡れになってしまう。
雨脚は次第に強くなっていているから。
取り敢えず、私は雨宿りの出来そうな場所を探そうと歩みを進める。
こんな森の中、そんな場所があるかは疑わしいが、じっともしていられない。
次第に深くなる森。
もしや方向を間違ったかと思ったが、否定はできない。
だって自分はどの方向に向かっているかのすら知らないのだから。
当然方向を確かめるすべの太陽も、生憎の雨で姿を隠している。
「はぁ〜。」
自分の順応性に驚きだ。
本当ならば泣き叫んで、何かに縋りたかった。
しかし、それが出来ないと知っているからこそ嫌なのだ。
なりふり構わずに泣ければどんなにいいだろう。
そして、最後に泣いたのはいつだったのだろう。
その日は結局森で見つけた大樹の麓で寝た。
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翌日。
寒さから目が覚め、ぶるりと身震いした。
ここの気候は分からないが、昼間は気温が高く、夜は冷え込むようだ。
半袖の制服を着ているので、寒いのは当たり前だろう。
今日はとにかく人を見つけようと思う。
冷える腕を摩りながら、日の射す方へと進んだ。
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まだ早朝なのだろう。
霧が邪魔をして何度か木の根に躓きそうになった。
進むのに比例し、息は上がり、足は痛む。
まだ気温は低い方だが、額は少し汗ばんでいる。
そんな時に漸く見えた。
少し開けた所が。
当然逸る気持ちが先走り、自然と歩みは速くなる。
そして見えた光りに安堵して座り込んでしまった。
やっと森の外に出られた、と言う安心感。
そしてまた歩かなければならないという失望が順をおって迫ってくる。
(もう動けない。)
昨日から歩き続けていた足は、何かに縋らなければ立ち上がれないほどになっていた。
偏に私が歩けていたのは、森から抜ければなんとかなるかもしれない、と言う何とも安易な考えから。
痛む足を叱咤して立ち止まることがなかったのそのためだ。
そして私は意識を失った。
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「しかしこんな辺境地に居るんですか、本当に。」
馬を巧みに操り後ろを振り向く自分の上司、ナイル。
眉間にはシワを寄せ、目は鋭利に細められている。
まあ、いつもの事だ。
そして厚手の外套を身につけているが、気温の上がって来ているこの時期に汗一つかかないその姿は、ある意味尊敬に値する。
「仕方ないじゃないですか。ユーフラテス様の予言があったんですから。」
外套に隠れた銀髪を鬱陶しそうに払うナイルを見ながら、邪魔なら括ればいいのに、と思う。
(それか自分のように髪を短めに刈り込んだらどうか、と思う。)
だがそんな事口にはしない。
したら最期。問答無用で切り掛かられそうだ。
「その予言は何度目か覚えて?」
うすら笑いをされて背筋が戦慄する。
嗚呼、目が笑っていない。
そして態度からはヒシヒシと怒りが伝わってくる。
「そして貴方は、36回目のこの捜索も満喫しているようですね。」
問い掛けを自身で答えるナイルに、これは相当きてるな、と思わずにはいられない。
彼が怒るのも無理ないと思う。
今回の事が通達された時、自分も“またか”と思ったものだ。
そして自身の腕の中で、寝息を立てている女性にナイルが目を向けている事に気づき、笑う。
「仕方ないじゃないか、近頃コイツも休まる時がなかったんだから。」
今の王都はピリピリしている。
それは王都しかり、王宮しかりだ。
自分の腕で寝ているリアリもその空気に耐えられなくて、つい先日床に臥せっていたばかり。
大分落ち着いてきた彼女を気分転換がてらに連れ出したのは、他でも自分。
あそこに居ては治るものも治らない。
そう思ったからこその行動だ。
その事情を知っているナイルは敢えての皮肉を言った。
まあ、毎度毎度自分がリアリを連れて来ているから、それに八つ当たりしているのも分かる。
いくら上司でも、幼少からの中だ。
本当は何に対して苛立っているのかは知っている。
36回中、35回はハズレ。
その全てに、求めていた人物は現れなかった。
そしてここ数年の主の不在。
極めつけはその彼の行方が知れないときた。
まあ所謂、行方不明だ。
「心中はお察するけど、今回こそは、と思っていないと。現れる者も現れないと思いません?」
苛立ちから浮足立っているナイルは珍しい。
「‥‥‥。」
とうとう黙り込んでしまった彼に、そろそろ休憩を取ろうと提案する。
調度良いくらいの野営地に、テントを張り準備をした。
軍に属する自分には、このくらい出来て当然であるので、困る事はない。
馬から下ろしたリアリは依然として寝たままだったので、テントの中で寝かしたままである。
その間にナイルは食材確保に。
自分は水と火を焼べれそうな枝を探しに出た。
調度近くにあった小川で水は何とか確保でき、残るは枝だけとなった。
それが豊富にありそうな所に目星を付ける。
―――森だ。
近くもなく遠くもない、微妙な距離だったが。意を決する。
しかし森に近づくにつれて、違和感に気づく。
動物の、生き物の気配が穏やかなのだ。
当然深い森なので獣は勿論、小動物などが居るはずなのだが。
殺伐とした気配が綺麗に拭い去られている。
これはどうした事か。
あまりにも奇妙なそれに、ナイルではないが眉をひそめてしまうのは致し方ないと思う。
しかしその答えは、そう遠くないうちに知ることとなる。
森の入口で倒れこむように横たわっている一人の少女。
思わぬ事態に焦った。
歳は自分より4、5歳年下の16、17歳辺りだろうか。
あまりここらでは見かけない服装をしていた。
自分は正確な医療の知識を持っている訳ではない。
だが軍に属する者としての、最低限の知識はある。
幸いな事に脈はあるようだが、少々微弱だ。
どうやら衰弱していると見てとる。
取り敢えず、このままほって置く事も出来ず野営地まで連れて行くことにした。
野営地に再び戻った時。
ナイルの方が、どうやら一足早かったようだ。
よっこいせ、と片手の水と枝を地に置いていると。
「‥‥‥それは誰です?」
黙していたナイルが不振気にこちらを見る。
「ああ、森の入口に倒れてたんっすよ。」
「取り敢えず下ろして差し上げなさい。」
頭に血が昇りますよ、と言われれば。
嗚呼、そうだった。と所謂、俵担ぎをして背負っていた少女を地に下ろした。
そんな自分を呆れた目で見る上司にはもう慣れっ子だ。
「ロイ。取り敢えず経緯を言ってくれないと、こちらが理解できないのですが。」
優しい物言いにほんのり含んだ毒。
どうやらここ3年で、この毒舌もずいぶんかわいいものになったものだ。
昔は、主が居る時は凄まじかったように記憶している。
そしてナイルに話した経緯。
森の異変の事も話すべきか、と思案したのもつかの間。瞬時にその必要はないと判断し、口をつぐむ。
別に話したからと言って、自分達がどうこうできる話しではないと判断したからだ。
傍目にリアリと拾った少女の眠るテントを映しながら、ロイは深く溜息をついたのだった。
そしてナイルとの話しもすみ、星の瞬く空の下で今日も野宿をしたのだった。
6月26日、日曜日の更新でした。