前触れ(葵+αsaid)
6/14
更新
月鈴
本当はこんな風に関わるつもりはなかった。
ただ、数年前に忽然と行方不明になったあの人を探したくて。
それだけだった。
今となっては顔も覚えていないけれど。
僕に掛けてくれた言葉本物だった。
けれど雰囲気は彼女―――
―――安杜木 桜に似通っているものがあった。
だからなのだろうか。
「‥‥もし、その力に自覚があって隠れていたなら。貴女はこれから‥‥。」
―――彼女と同じになってしまう。
昔会ったあの人の二の舞に。
だから彼女にあんな事を言ってしまったのだろうか。
僕は扉を叩く音をバックに、ドアの隣に座り込んだ。
そして頭を抱えこむ。
あの人を探す手がかりのために、彼女を差し出すなんて。
自分もずいぶん非道になったな、と思わずにはいられない。
僕を呼ぶ声がする。
こから出して、と。
それから
どうして、と。
その声から逃れたくて、逃れる方法を知りたくて。
でも逃げる事は許されない。
これは僕の責務だ。
だから耳を塞ぎたくとも塞ぎはしない。
ただ、
ここから出して、とドアを叩く彼女の声には答えることなく。
ただその場に留まっていた。
彼女にも光が、
助けがあると信じて。
目を瞑った。
自分勝手だと知りながら。
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暗闇の中、衣擦れの音がする。
闇夜の中なのに、妙にその音が清廉に聞こえて。
視覚など何の頼りにもならない。
闇に同化したぬばたまの髪は、ひっそりと肩口で揺れる。
そんな中、開かれる一対の瞳。
赤色の瞳。
「―――時が来た。」
そう落とされた音は空気を震わせ、それ程大きくはなかったはずなのに部屋の隅々まで響き渡った。
―――この時を待っていた。
その呟きは突如として室内に吹き荒れた風に飲み込まれた。
風の後に残ったのは、それに紛れて来たであろう木葉一枚。
誰もいなくなった室内にひっそりと落ちた。
それはそう遠くない、何か未来を示しているようだった。
それを知る者はもういない。
6月14日の更新でした。