再会と言う名の腐れ縁
サイトで更新していましたが、こちらに載せるのに少し間が‥‥
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ぶらぶらと、お弁当を手に歩く。
野外には生徒は全く居なかった。
室内外ではあまり放送が聞こえない。だからいつもは外で食事をしている生徒も、今日は室内でいるようだ。
取り敢えず、陽子と私だけが知っている場所に向かう。
教室から少し離れているのが玉に瑕だが、誰も来ることはなく、心休まる憩いの場の一つである。
陽子と二人で設置した木のベンチに腰掛け、お弁当を広げる。
此処なら全く放送の音も届かない。
安心して食事をしていると思わぬ声がした。
「また会ったね。」
背後から聞こえたその声。
(うそん)
たらりと冷や汗が流れる。
渋々振り向けば、そこに居たのは案の定。昨日会った美少年。
「なんで、ここに居るの。」
思わず舌打ちをしてしまいそうになる。そんな私の気持ちを誰か理解して下さい。
「なんでか?って。ここの生徒だからに決まっているじゃないか。」
いや、私の知りうる限り、こんな目立つ生徒はいない、と思う。
だが、教室に顔を見せずとも保健室通いの生徒は何人もいる。理由は様々だ。
クラスに馴染めなかったり、精神的に受け付けなくなった人。そしてイジメ。
「まさか、本当にこの学校の生徒なの?」
そうは思いたくはないが口にする。
願わくば、コイツを不審者として学校に突き出せる確率が1%でもある事を祈って。
しかし、そんな儚くも無情な願いは粉々に打ち砕かれた。
「そのまさかだよ。」
嗚呼、コイツが保健室に通っているような柄には、どうしても見えなかった。
敢えて言うなれば、サボって保健室に通っている姿しか想像できない。
(い、嫌だ。)
今すぐ背を向け、コイツとおさらばしたい。
だが、行動する前に私の手はヤツに取られていた。
(い、いつの間に‥‥)
「この手は、なんなんでショウカ。」
「いや、確保のために、ね。」
ね、じゃないだろう。
一見、爽やか少年に見えなくはないが、私の目には悪魔に映る。
きっと背後で見える尖った尻尾は幻覚ではないはず。
「確保ってなんの冗談デスカ。」
思わず片言になってしまったではないか。
いや、洒落にならないよ。確保とか。
「こうでもしないと君、逃げちゃうから。」
逃げますよ。そりゃあ逃げますとも。
私はあんな、非現実的な現象とは関わりたくない。し、非現実的な相手を倒した人とも係わり合いになりたくない。
そして、そんな颯爽と笑わないで。
いい人に、錯覚して見えちゃうから。
「あ〜、うん。君の思っている事は大体分かるけど。取り敢えず僕の話しも聞いて欲しいんだ。」
あ、まともな人に見える。
うん。取り敢えず女の人には困っていないだろう。
「余所を当たって下さい。」
だが、新手のナンパにしか私には見えなかった。
彼の掴んでいた手からスルリと抜け出し。お弁当箱を引っ付かんで、私は脱兎の如く逃げ出した。
(私は一般市民でいたいのよ〜)
あんなのと関わった次の日には、色んな意味で不幸な毎日になると、私は断言できる。
願わくば、もう、これ以上係わり合いになりませんように。
息を切らして、教室に入って来た私を怪訝気に見る生徒。
そんな目線に構わず、私は陽子の元へ一直線に向かった。
「何事かと思ったじゃん。どうしたの?桜が余裕なさ気なのは珍しいよ。」
「‥‥私も何時だってだって余裕がある訳じゃないわよ。」
息を整えながら口を開けば、意外げに陽子が様子を伺ってくる。
「実際何があったの?今の時間、外に出ていた人はゼロに近いと思うんだけど。」
「ゼロなんかじゃなかったわよ。普通にいたわ。あ〜ぁ。出歩くんじゃなかった。」
やり直せるならやり直したい。
出来れば、昨日の帰路から。
「誰に会ったの?桜の苦手な橋本先生?」
確かに橋本先生は苦手だ。
尋ねられる個人の質問に、のらりくらり交わしていても、食い下がって質問される。
あれは最早、苦手の域を通り越して嫌いだと断言できる。
「橋本先生は苦手、じゃなくてだいっきらいよ。」
そう吐き捨てれば、陽子は苦笑を返すのみ。
もう少し違う反応が欲しかった。
いや、そこで下手に慰められたら心がくじけそうだ。
「で、話しを戻すけど。外で誰と会ったの?」
「陽子。ホント良い性格してるよね‥‥。」
さっきの今で、この質問する?
渋々思い腰をあげ、先程合った事を語りだす。
昨日の非現実的な事は勿論除外。
だが、今日初めて会ったと言うには語弊があるため。彼を見かけた事がある、とだけ言った。
「名前は何て言うの?」
「さあ?知らない。そんなの興味ないもの。」
興味を持った時点で、私の平凡ライフが終わりを告げるだろう。確実に。
私の返答に陽子は飽きれるが。
私には知ったこっちゃない。
なにせ、私の人生が掛かっているんだから。
「じゃあ、容姿は?」
これなら答えられるでしょう、と持ってこられたこの質問。
きっと陽子は新聞部の情報を駆使して、彼を突き止める気だ。
「容姿‥ねえ。」
「え、なに?芳しくないの?」
新聞部の影響なのだろうか。
陽子の言葉が、が記事を書く時の口調になっている。
いまどきの高校生が、芳しいとか言う言葉、普段は使わない。
「芳しくない、ねぇ。そんな事はないけど。むしろ麗しい、みたいな?」
あの容姿を芳しくない、と断言できる人が居るものなら。是非ともお目にかかりたいものだ。
「桜が容姿を褒めるなんて。滅多にないのに。珍しいわね、今日は。」
「否定のしようがなければ、私だって肯定くらいするわよ。」
「そんなもんなの?」
「そんなものよ。」
結局陽子は、引き際はしっかり区別している。
ふれて欲しくない事には疑問を持っているだろうが、一切触れる事はなかった。
ホームルームが終わり、バイトに行くべく支度をしていると。
何やら廊下が騒がしくなった事に気付いた。
「なんなの?」
私の脇で待っていてくれた陽子に尋ねてみる。
が、先程から側に居た陽子が知るわけない。
「きっと女子生徒に人気のある男子が、廊下にでも居るんでしょ。」
「なんで廊下に溜まるかなー。帰る邪魔じゃない。」
荷物を詰め終わったスクールバックを手に。
教室の外へと向かう。
人だかりのできている方へは、さして興味を見せず反対側にある階段へと歩む。
頭の中では今日の晩御飯のメニューを考えながら、陽子と他愛もない事を話す。
そこに割り込む声があった。
「やっと見つけた。」
ばっと振り向けば、あるはずもない顔が会った。
「あら、美男子クンじゃない。」
焦った私よりも先に話し掛けたのは陽子だった。
「なんでしょうか?その呼び名。」
「私が命名してあげたのよ。有り難く思いなさい。」
手元で開いていたケイタイをパタンと閉じ、腰に手を当ててそう言って退ける陽子を心底凄いと思う。
「いえ。ぜんぜん有り難くも何ともありませんから。」
まあ、命名される側からすればそうだろう。
その時カバンに入っていた携帯電話が鳴った。
急いで取り出すと、メールの相手は陽子だった。
まだ二人で何やら言い合っているが、いつの間に送ったんだろう、と思う。
そう言えば。
有り難く思いなさい、と言って退けた辺りで携帯を閉じてたな、と思い返しつつ。メールの内容を読む。
宛先は陽子。
彼女曰く、
『コイツの相手は私が引き受けてあげるから、今の内に逃げて。
バイトに遅れるでしょう?』
というものだった。
ちらりと陽子を盗み見れば、携帯を手にした方を後ろにし。
相手には分からないように私に手を振っていた。
ありがとう、と心の中で思いながら、有り難くこの機会を活用させてもらう。
そうと決まれば、機微を返して階段を駆け降りる。
その時、名前は知らないが、陽子曰く美男子の声がしたが。
シャットアウトして振り向かなかった。
6月2日の投稿でした