荒れた街の
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そして私達は早朝にその宿を立った。
まだ日も昇りきっていない明け方。
辺りは薄暗く、濃い霧も出ている。
そんな中出立して大丈夫なのかと首を傾げたが、ナイルさんが意味ありげに笑うので何かあるんだと思った。
「ナイルさん、何かあるんですか?」
「さあどうでしょう?」
とうとう堪えきれずに尋ねてみれば、返ってきた返答は何とも曖昧なものだった。
そんなものに満足できる訳もなく、結局は少しいじけてしまう。
「教える気がないならそう言って下さい。それじゃあ答えない方がマシです。」
「何サクラちゃんを虐めてるの。そんな事してると、私達二人で先に行くわよ!男共は後から来なさい。」
「え、あの……リアリさん?」
半ば乱入するような形で話しに割って入ってきたリアリさんに私は戸惑う。
国の宰相なる人にその言葉はいかがなものか。
「もう、ごめんね役に立たない連れで。」
「いえそんなこと……」
これでも十分助けられた。
それに今のは私が勝手に拗ねたようなもの。
それでもリアルさんは腰に手を当てた体勢を崩さない。
「この男共にそんなに遠慮しても良いことなんてないわよ。」
「はあ。」
男共と言うからには、ナイルさんだけではなくロイさんの事も入っているのだろう。
本当にあの二人は相思相愛なのか。
そんな疑問を持たずにはいられない今日この頃。
私達は王都に向けて出発したのだった。
そして疑問は解ける。
あまりにも不自然すぎたのだ。
次なる街に辿り着くのが。
普通なら丸一日かかるであろう、出発した町から3つも離れた街。
そこに私達は半日と少しの時間を要しただけで着いたのだ。
理由は明確。
霧に便乗して馬の速さを上げたのだと言う、魔法で。
そんなことできるのか、と驚く以前に魔法をロイさんが使っていた事に驚きだ。
そう、ロイさんが魔法を使ったのだ。他の誰でもなく、ロイさんが。
魔法は繊細さが重視されるとリアリさんが言っていた。
私より頭一個半分高い位置に有るロイさんの頭。
じぃっとそれを見ているのがいけなかったのか、ロイさんは頭をかきながら振り返った。
「嬢ちゃん、そんなに見られると穴が空きそうなんだが……。」
思わず鼻で笑いそうになったのを寸前で押し堪えた。
穴が空く?そんなに繊細なのかこの人、などと思ったなんて到底口には出来ない。
「何でもありませんよ。なんでも。」
(おっといけない)
(ガン見してた)
「いや……、そんな風には見えなかったんだけどな。」
少々困り顔で言われても私は騙されない。
(私はまだ許してないんだもの)
あの時私を謀った罪は重い。
そんな私を見てロイさんは目は口ほどにものを言う、ってところだなと思ったそうだ。
取り敢えずたどり着いた宿屋の椅子に落ち着き、私は飲み物で喉を潤す。
今手にしている飲み物もこちらの世界ならではの物だ。
あちらの世界には存在しないチライと言う果実をすりおろし、私に言わせば炭酸水的な物とその果実、果汁ともに混ぜた物だ。
色はメロンソーダーのような淡泊な緑。味は濃厚な林檎と言ったところか。
これが意外と私の好みに合い、けっこう好きだったりする。
初めはこの世界の食べ物を口にする気はなかったのだ。
何と言うか……こっちの物を食べると元の世界に帰れないとか言うあれだ。
馬鹿らしいと思うが、可能性が0.1でも存在している限り自分でその可能性を捨てる事だけはしたくなかったのだ。
しかし私も人間だ。
何も口にせずには生きてはいけない。
もとより森で空腹をきたしていた私。
そしてたどり着いたのは、此処で死んでは元も子もないのだという考えだった。
けど今思えば良くある話しだ。ファンシーな物語りなどで何をしても死なない主人公。あれはもはや人間ではないと思う。
自分はそんな特殊な主人公でも無ければ超人でもない。
だからあの時は怖かったんだと思う。
自分の限界を知っていると言うより、本能的に悟ってしまうのだ。
「恐怖、かぁ……。」
はあ、と吐き出す息にのせ呟いた言葉は私に尚もその存在を主張させる。
分かっていた。自分が決してヒロインのような正義感溢れる人ではないことを。ましてや私は本当に大切に思える人しか眼中に入れないことを。
はぁ。
再度吐き出されるため息は、冷たく重かった。
順調に街を渡り歩く中、問題が起きた。
街に盗賊が出て商店や家々に被害が及んでいるのだと言う。
「街の自治体は何をしているんでしょうね。」
少々呆れた風に言うナイルさんは少々苛立っているように思う。
癖なのか眉間に人差し指を当て、ほぐすような動きをしている所を見る限り疲れているのだ。
「自治体が街を守る要なんですか?警衛のような役職の方は?」
「まあ言わばそのような感じにはなりますが、自治体と言うより自治体が各街に援助を要求したりするんです。流石に手に負えないとなると王都まで盗伐隊の要請が来るはずですが。街には警邏隊も居ますのでよっぽどでない限りは盗伐隊の出番はありません。」
疲れているナイルさんに尋ねる辺り、私も相当思いやりがないと思う。
だが知らなくては私はこの世界でやってけない。
きっとナイルさんもそれを分かっていて甘んじて受けている様な気がする。
「ですけどこの街の盗伐、ここ一ヶ月近くも出没してるみたいですが?」
「だから問題なんですよ。」
なるほど。
普通なら盗伐が出たとなれば遅くとも3日以内には近隣の街などに援助を要請するだろう。
ましてや一ヶ月もの放置はおかしい。
恐怖に駆られた住民が王都に知らせを送ってもおかしくはない頃なのだと言う。
「でしたらナイルさん達の管轄になるんですか?」
「まあ、そうとも言えますが。あまり知られたくはないんですよ。」
「宰相だと言う事がですか?それとも騎士だと言う事が?」
「どちらもですよ。」
ましてや騎士は騎士でも近衛騎士団長だ。そして極めつけは宰相。誰もが成れる役職ではないだろう。
「……大変ですね。」
「そう言ってくれるのは貴女くらいですよ。」
確かに。
ロイさんは手助けはするだろうが、労りの言葉は掛けなさそうだ。
そしてリアリさんは言葉を掛ける以前に長居しろにしそうだ。
私はそれに苦笑しか返せない。
でもきっと二人とも大切な仲間だと思っていることは確かだ。
ただそれは本人達が知っていればいい事。
私が口を挟む必要はない。
「大切にしてくださいね。でないと後悔するかもしれませんよ。……ぁ、けどもう後悔してるっぽいですね。」
始めは冗談めかして言ったつもりだったのに、ナイルさんを見た瞬間。
確かにそこには後悔の色があった。
きっと私の知らない何かだろう。
今聞いてはいけない事。
そこにどんな後悔があるのかは分からないが、確かに後悔だった。
きっとナイルさんの狼狽する顔を拝めるのは、これが最初で最後だろう。
この人は一度侵した過ちは二度としないようなタイプだから。
でもそれほどこの人を動揺させるほどの何かなのだと思う。
きっと後の二人にも関係あるのだろうが、それでも何かが足りない様な気がした。
「貴女はよく分からない人ですね。」
似ているから困るんですよと瞳を閉じ、押し出すようにして発せられた言葉。
彼の唇は僅かに震えていた。
思わず目を見開いて驚いてしまったが、確かにわななくそれを見て、しばし言葉を失った。
「……そうですか…。」
それはどちらに対しての言葉なのか。
自分でもよく分からないまま紡いだその言葉は、思いの外重く感じた。
けれど再び目に映したナイルさんは、先程の震えなど元から無かったかのように毅然とそこに立っていた。その強さはなにゆえか…。
けれど漠然と感じる何か。
これを直感、インスピレーションと言う人もいるだろう。
確かに私は時間が解決してくれると感じたのだ。
それが解決の糸口。
そしてそれほど遠くない未来。
きっとその愁いは晴れるはずだから。だから―――
「―――それまで頑張りましょうね。」
未来を示唆するのではなく、自分達で造るため私達は動く。
他の誰でもない大切な人のために。
そこに思い描くのは―――。
頭に浮かんだ友人を思い私は微笑んだ。
笑ったはずなのに涙が出そうになる。
「――――」
―――ボン
ナイルさんが口を開き、何事か言おうした時。実にタイミング悪く何かの衝撃音がした。
私の予想だと、破裂したような音に近いけれどこれは発火した時の空気爆発のものだと思う。
発信源に顔を条件反射のように向ければ煙りが上がっていた。
やはり予想は当たっていたようだ。
煙りが邪魔して良くは見えないが、あれは何処かの家だろう。
火の手が二階建ての上の方に無いのを見る限り、一階が大元のようだ。
「貴女はここに居て下さい。出来れば宿に戻っては欲しい所ですが、この人混みの中では辿り着けないでしょうから。くれぐれもこの場所にいて下さいよっ!!」
「ぁ、えっ、――ナイルさん!」
自分の言葉を言い切ると共にナイルさんは走り出しており、私の言葉は届かない。
「うそでしょ……。」
まさかこんな人混みに置いて行かれるとは思わなかった。
私の周りには野次馬根性丸出しの人々や、火の手が上がった大元から自分の荷物を持って逃げてくる人でごった返している。
逃げて来るのはその辺りで商売をしていた商人が主だ。
取り敢えず何処かに座って待っていようと辺りを見渡し。
現場はきっとナイルさんがどうにかしてくれそうなので心配はいらないだろう。
それにあれだけの大音量で音が響いたのだ。ロイさんやリアリさんも駆け付けていそうだ。
けっこう気温の上がってきたこの季節、人がごった返していると凄まじい。
「暑い……。」
ちょうど日陰にあたる石畳を見つけ、私はスカートを敷いて座る。そこは一日の殆どが日陰と化しているのかひんやりとしており冷たかった。
少しずつ影ってくる空を仰ぎ見ながら思う。
自分は何が出来るのだろうかと。
得に秀でたものもなければ、優秀でもない。ならばどうすればいいのか。
悩んでもどうしようもない事なのかもしれない。だけどこれは打開策を模索しているのだ。
答えなんてきっとその人次第で多様に存在するだろう。
(ならば私は探さなきゃ)
「おぃおぃ、ここに金になりそーな娘がいるぞぉ。」
そう決意したと共に、上から降って来た言葉に弾かれるように立ち上がる。
あまりいいイントネーションではなく、むしろ呂律が回っていないと言った方が正しいだろう。
その男の声に数人が路地の奥から現れる。
明らか小綺麗な装いとは言い難い格好をしている彼等は、私の周りにたむろってきた。
初めに声を掛けた男は私の前方に。そして後方には呼び掛けに応じて現れた仲間が3人。
不運な事にその男達の区間には逃げられそうな横道は無かった。
「おぉ?確かに金に繋がりそうだ。それに若い。ヒャッヒャッヒャ、こりゃー上玉だなぁ。」
「でも早くやんねぇーとアイツ等がくるぞ。」
「そりゃそうだなぁ。」
下品な言葉を吐きながら近付いて来る男達。
私は前にも横にも行けず、壁側へじりじりと後退して行く。
だがそんなもので逃れられる訳もなく、とうとう壁に背が付いた。
「……あなたたち、もしかしてさっきの放火犯。」
「おャ。オレ達のこと知らんねーの?」
「なら、よそ者だろーが。」
「そりゃーそうだろう。この街の目星い奴つぁーもういんねーだろ。」
「……それはどういう意味。」
どうやらこの人達は放火だけではなく前々からこの街に良からぬ行いをしてきていたようだ。
きっとこれが例の盗賊だろう。
いつもより少量ページ数増加?
7月29日の更新でした