違いの差
7/11(月)
の更新です。
「……鏡、ありますか?」
確かめようと、手鏡を借りて見てみる。
すると、そこに映った髪に驚きを隠せない。
「髪が、伸びてる……。」
嘘でしょ、と呟くも。自身の眼に映った髪は紛れもなく私のだ。
こめかみよりほんの下っかわ。
そこから下に向かう髪が伸びていた。
こめかみより上部は以前と何ら変わりはないが、伸びた髪と合わされば多少なりとも不格好に映るはずだ。
いわば髪の毛を梳いたような成り。
多少揃えば見てくれはマシになるだろう。
そこでリアリさんの言葉の意図する所を正確に読み取る。
「何か理由があってそのまま放置しているのかと思っていたけど、……違うみたいね。」
リアリさんの言う“理由”に、どんな理由なんだ。と内心突っ込むも、違うと言う意思表示に頷く。
「なら私が揃えてあげましょ。」
「えっ!?いいですよ、自分で出来ますし。切るものさえ貸して頂ければ……。」
「ダメよ。そんな事言って、どうせバッサリと長い髪まで切るつもりでしょ!」
呆れた物言いに含まれた、ほんの少しの惜しみ。
それはこの髪を切る事の躊躇いなのだろうか……。
「どうして分かったんですか……」
確かに自分の髪は嫌いではなかった。かと言って胸を張って自慢できるほど私は思っていなかったのも事実。
「綺麗な髪なのに、執着されていないなんてねぇ。」
内心、(いえ、私、そこまで髪に執着する必要性を感じないので。)と突っ込むが、口にしないのは賢明な判断だと思う。
「ほぅら、そこの鏡台の前に腰掛けて。私が揃えてあげるんだから。」
そう言って、ハサミを片手にクルリと回して扱う様を見れば、手慣れている事は一目瞭然。
そこまでされれば断る理由もなく、私は大人しく指示通りに従う。
ジョキジョキ
シャキシャキ
ハサミの角度を丁寧にも何度も変え、私の髪を揃えてくれているリアリさんを鏡越しに見る。
当然下を向いて切っているので、目が合う事はまずない。
それを期に彼女の様子を盗み見る。
少し影の落ちた目元は大人っぽくて、魅力的。
鎖骨辺りの髪は邪魔にならないよう耳に掛けられているし。
睫毛の隙間から覗く赤の輝きはどんなコントラストの宝石にも劣らない。
身長は高い方だと思うし、スタイルも引けを取らないくらいに豊満だ。
そして服装は派手ではない程度に着飾っていて、似合っている。
それを見て、つい言ってしまった。
「どうしてリアリさんは髪を伸ばさないんですか?」
軽い疑問だった。
私の髪を惜しむくらいなのに、自身の髪は短い事に対しての。
「あー、そのこと、ね。」
一旦手の動きを止め、彼女は自身の髪に手を伸ばす。
掴んだ先は耳に掛けていた灰色の髪。
「この世界ではね、……中途半端なモノは嫌われるの。例えば、両性具有。そして、どっちつかずのこの髪色。」
目線の先に向ける彼女の瞳は悲しみ
蔑み、そして嘲りの色が映っていた。
それらは決して私に向けられたものではなく。
リアリさん自身が自分に向けたもの。
(どうして……?)
自分を好きにはなれない気持ち。それが自分の中に昔からあるのは分かる。
他人を見ていると、どうしても沸き上がる感情。
だけど彼女の場合は違った。
自分を卑下しているのではなく、自分の容姿を心底憎んでいる。
でも、どこか私と重なる部分が確かに合った。
同族嫌悪?
否、寧ろ違った。
その時私にあったのは慈しみ。
「―――髪、終わったら、外に行きません?」
リアリの嘲りね言葉には何を言うでもなく、私は外に出ようと提案する。
そんな突拍子もない応答に、彼女が唖然としたのが鏡を見なくても分かる。
膝の上で合わせた手を握りながら、そこにしか視線を向けずまた言った―――
―――外に出ましょう?
それは何を比喩するものなのか、彼女はまだ知らない。
知っているのは私だけ。
さあ、殻を破りましょう?
強がりな貴女の。
私達二人は、小さな丘に来ていた。
町全体を見渡せれるほどではないけれど、気分は雲の上だ。
「空気が綺麗ですね。」
大きく息を吸い込めば、肺を満たす新鮮な空気。
そんな事を言えば年寄り臭いかも、と少々思う。
だけど、リアリさんはどこか浮かない顔。
きっと私にあんな話しをしてしまったのを悔いている。
(変なの。私から根掘り葉掘り聞いたのに、良くない事を聞かせてしまった……、みたいな顔をして。)
彼女は悪くない。
悪いのは私だ。
(言いたくない事を口にさせたのは私なのに……。)
こう言う時に気の効いた言葉が言えない。
木で作られた丸太のベンチ。
触ればザラザラと。
しかし何処か優しい臭いを発するそれに私は腰掛けた。
「リアリさん。空の色、好きですか?」
「?」
実に何の脈絡もない言葉。
当然彼女は返事をしかねる。
けれど私はそんな事お構いなしに話しを続ける。
「実は私は嫌いです。」
にっこり笑ってそう言えば幾分驚いたリアリさんの顔。
きっと“嫌い”と言う選択しは彼女の中には無かったのだと思う。
「どうして?」
やはり気になるのか、彼女は固く結んだ口を解いて尋ねてくる。
私はまた笑った。
「だって意地悪じゃないですか。リアリさんの髪が中途半端な色だと言うなら、空の色が好まれる理由が分かりません。」
だって、空も中途半端な色ですよ?
そう言えば、何故かリアリさんは焦ったように言う。
「空の色はっ、!!中途半端ではないわ。」
「本当に?」
「えっ!?」
「本当に中途半端ではないと?だって全く同じ色は存在してないですよ?」
青の濃い日もあれば、それよりも濃い群青色を鮮やかに晒す日もある。
かといえば、白に近い水色の日もある。
その中にも、私は一日として同じ日だ、とは思った事はない。
その言葉にリアリさんはぐっと詰まる。
「それに“空”と言う一くくりにしてしまえば、雨の日も、曇天な日も全てその中に当て嵌まってしまうんです。」
勿論雨の日が嫌い、だとか。晴れの日が嫌い、だと言う人は沢山いるだろう。
それでも、空を嫌う人はよっぽどではない限りいなかった。
きっとそれは本能で求めてしまうものだから。
だから嫌いな人は少ない。
「この国に来て、……この世界に来て。嫌いでは無かったけど、その慣わしに近いそれは理解しがたい時があるんです。」
町で話し掛けられた時。
宿屋での人々の会話。
それらが私とは食い違いを起こす。
なぜなら価値観が違うのだ、根本的に。
私はその時ぼんやりと考えた。
嗚呼、これは宗教の違いに似ているな、と。
信じるもの、それが違うとどうしてもズレが生じる。
「私の住んでいた国ではそこまで酷くは無かったんですけど、やっぱり他国ではそういう事で争いが起きていました。……この国も少なからずそういう事があるんじゃありません?」
きっと私のような小娘の考えは、この国では通用しない。
けど、それでも伝えたい事はある。
「この世に中途半端なモノはありません。あの空の色だって、あの花だって。全てが全く同じ色合を出す事がないように、その色にだって名前があるんです。どんな曖昧な色だって、それを称する名前はあるから、だから、―――泣かないで下さい。」
立ったまま両手で顔を覆うリアリさんに掛けた言葉。
意志の強そうな瞳は隠れて見えない。
見えないからこそか、いつもの存在感が薄く感じてしまう。
ザクリ
立ち上がって一歩を踏み出せば、ビクリと揺れる肩。
私より大きい身長の彼女を見上げれば、未だ瞳は伏せられたまま。
「リアリさんの髪は綺麗なグレーです。私の見たことのないくらい綺麗な。その色も一つの色なんです。否定しないでください。」
優しく側に寄り添えば、小さく聞こえる嗚咽。
私はそれに気付かないふりをして、手を引いて座らせた。
「今日は何処に行って来たんだ?」
「ヒミツです。」
帰った際にロイさんに尋ねられれば、冗談めかして私は言う。
「女の子に秘密は付き物なんです。聞かないで下さい。」
彼等について来てからと言うもの、ロイさんに食ってかかった事は初めてだ。
しかし、しんつらな私の返事。
なのに彼は嬉しそうに笑う。
ナゼ?
リアリさんを背後に隠しながら胡乱気な視線を向ける。
リアリさんが私の後ろに居るのは、泣いた顔を晒したくはないだろう、という配慮からだ。
と、腕を突然前に引かれた。
何の予測もしていなかった私は、当然踏鞴を踏む。
「えっ!!――ぅ、きゃあ……。」
ボスッ
例えるならばそんな効果音がしたのだろう。
気が付けば私はロイさんの胸の中に居た。リアリさんも一緒に……。
余談ですが、ロイさんの年齢は22歳。
リアリさんは20歳。
ナイルさん26歳、です。
一番若いのは主人公、17歳。だって高校生ですもんね。
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7月11日(月)の更新でした。