変化と決意
7/2(土)
の更新
しばららくして、すっかり落ち着いた頃。
ようやくテントに顔を出した私は、まず先に謝った。
そして自分の意志を伝える。
「私はこの世界の事を何も知りません。きっとここの幼児よりも無知だと思うんです。」
自分がこれからどうしたくて、何を目的とし、どうするか。
テントに戻りリアリさんの側に座り、二人に自分の考えを話す。
そして二人は一言も話す事はない。
「だけど私は無知のままでは居たくない。知りたいんです。この世界の事、帰る方法を。何もせずに諦める事はしたくない。私には会いたい人がいるんです。だから、私は帰る方法を探したい。‥‥‥お願いです、私を街まででいいので連れて行って下さい。」
きっと彼等は用事があってこの辺境地に来ているに違いない。
ナイルさんは宰相。国の事を担う役目がある。
そしてロイさん。軽そうな装いの中にも気品を漂わせる彼の事だ、それなりに偉い人なのだろう。
それにリアリさん。起きていないので喋った事もないけれど、指先の繊細なこと。きっと荒仕事などはした事がないだろう。
いつの時代も、その人の役職、職業は手に現れるものだ。
きっとこの3人は偉い人だろう。
まず、普通に暮らしていては縁のないくらいには。
「―――何を悩む事があるの。いいじゃない?連れていってあげても。」
返事は思わぬ所から返ってきた。
「えっ?」
どちらかと言えばアルトの分類に入るが、十分に高い女性独特の声。
ここにいる女性は、私を除外すればリアリさんだけとなる。
そうすると、必然的にも彼女の声と判断するのが妥当だろう。
案の定振り向けば、鎖骨辺りまでの髪を気怠気にかき上げて、上半身を起こしていた。
長い睫毛の影から覗く瞳は赤色で、初めて目にする配色に私は目を細めて見た。
目を細めたと言っても、その瞳が眩しく感じての行動。
そう、例えるならば太陽のような。
その赤は人を魅了する色。決して品の悪い色ではなく、透き通るようなもので、芸術作品でも目にしているようだった。
「但し。」
突然の厳しめの声音にビクリとする。
「せめてその髪は隠しなさい。瞳は無理だとしても、髪色さえ分からなければ大丈夫よ。」
それに続く言葉は多少なりとも厳しくても、けっして嫌いではなかった。
「‥‥それならば。」
まあギリギリ及第だろう、と呟くナイルさんが頷く。
どうやら髪の色が問題だったらしい。
次いでロイさんを見れば、彼も渋々ながら頷く。
それを目で確認し、頭を下げる。
「ありがとうございます。」
これが私の精一杯。
今は何も返せないけれど、いつかこの人達の為に何かしたいと思ったのだった。
それから私たちは早々、町におりた。
どうやら彼等の本初の目的は果たせられたらしい。
詳しい事は分からないが、確認のためとかなんとか。
そして意外に、リアリさんは可愛い物好きだった。
町への途中、何度も馬を止めては道端に咲いている草花を観賞していたりするのだ。
私もそこに参加させてもらい、一緒に観賞したのは余談だが‥‥。
それにハッキリとした物言いは、どこか香坂 瑠美さん(バイトの先輩)を思わせるものがあり。
似通った笑いかたを見た時には、少し胸が苦しくなったのは秘め事だ。
そして私が初めて到着した町。
そこは豊かな農業で成り立っている、のどかな所だった。
馬はあらかじめ宿に預けておき、荷物を宛がわれた部屋に運ぶ。
荷物と言っても、私にはない。
荷物は向こうの世界で春崎 葵が持って行ってしまったから。
部屋はナイルさんとロイさんで一つ。私とリアリさんで一つだった。
町に来る途中に知ったのだが、この世界の草花は向こうの世界と同じものもあれば、全くの別の物まであり。案外近いものがあるんだと感心した。
荷物を運び込んで一段落した所で、ナイルさんから町を出歩いてもいいとお許しがおりる。
「えっ、いいんですか?」
「はい。必要な物もあると思いますから、行って来て下さい。」
あまりにも意外に思ってしまったものなので、再度確認をしてしまったのは致し方ない事だと思う。
そしてそれを隣で聞いていたリアリさん。
「なら私が付き添いで決定ね。」
楽しそうに言う彼女は、投げられたお金の袋を受け取ると、さっと私の手を掴むとドアへと向かう。
あまりにも突然の事なので、私は付いていくのに精一杯だ。
調度衣服を売っている店に差し掛かった辺りで漸く彼女は歩みを緩めた。
「男の人ってなんのデリカシーもないから、言わなければ気付かないことの方が多いのよね。ホント嫌だわ。」
突然振られた話題に、どう返事をして良いのか分からない。
すると、不意に服屋に入る。
当然私の手首は捕まれたままなので、突然進路変更をされた私はうろたえてしまう。
そしてリアリさんの手際は早かった。
店に入った瞬間、めぼしい物に次々と目を向けて、片っ端から持ってくる。
「だいたいこんな感じじゃない?」
どう?と目線で訴えてくる彼女に、最早苦笑するしかない。
「嫌いじゃないです。」
けど自分に似合うかは分かりませんが、と戸惑い半分に言えば太鼓判を押された。
「大丈夫。この私の見繕った物よ。絶対似合うから安心して。」
後はサイズだけかしら、と言われ。試着室へと押し込められる。
この日は一日中街の服屋を練り歩くはめになった。
と同時に、リアリさんの可愛い物への考えをを改めざるをえなかった。
どうやら普通にショッピング、着せ替えでんでんも好きだったようだ。
翌朝から、その買ってもらった服に腕を通す。
さっと着替えてしまうが、どうもしっくりこない。
理由は明白だ。私が日本人だから。
ここの世界の服は一言で言うなれば、一昔前のヨーロッパ風の服装だ。
それなりに位のある人は高価そうなドレスを着ているし、女性のスカートの裾は長いのが一般だ。
初めは私の着ていた制服を見て、リアリさんは自分のスカートを無言で貸してくれた。
それほど一般仕様はされていないとみる。
そして今や私の制服は、唯一あちらから持ってきた物として大切に保管させてもらった。
と言っても、リアリさんの荷物の底にあるだけだが。
「気になってたんだけど。」
「?」
「髪、揃えないの?」
「え?」
不意に私の行動をじっと見ていたリアリさんが声をかけた。
だが意味が分からない。
何故髪を揃えないのかと、その質問ではまるで私の髪が揃ってないみたいではないか。
7月2日の更新でした