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春風の華  作者: 真条凛
日常の中の歪み
1/17

厄日

桜吹雪舞う季節も過ぎ、じりじりと暑さが忍び寄ってくるこの季節。

湿気は私の最大の敵だと思う今日この頃。


「非日常なんかごめんだわ。」


(笑えない。冗談ならいいのに。)



++++++++++


安杜木桜アズキサクラ。17歳。所謂いわゆる天涯孤独と言う、何とも笑えない高校生活。

この御時世、そんな物語のような文字が、私に付き纏っている。

私の知る限り、私に母以外の肉親や血縁関係の者はいない。


それなりに手当は出るし、バイトもしているので生活には支障はない。


「桜?もう帰るの?」


「あっ、うん。この後バイトがあるんだ。」


学校で帰り仕度を済ましていると、友達が話し掛けてきた。

高校に入ってから慣れた会話。


時たま自分の順応性に嫌気がさす。


「そっかぁ。仕方ないね。それじゃあまたね。」


「うん。またね。」


友達に手を振りながらスクールバックを手に、教室を出る。

教室を出る間際にも幾人かに手を振られ、振り返す。


何一つ違わない日常の風景。


そこに異色のピースが埋められた事で、私の人生は呆気なく変化してしまうと言う事に私はまだ気がつかなかった。






梅雨時が近づくにつれ、それに比例して雨量も増している。

朝には晴れていた空も、昼時から曇ってゆきバイトが終わった今では見事に大地を濡らしていた。


「お天気お姉さんの予報、今日も当たり‥‥か。」


ため息を吐き出しながらカバンから折り畳み笠を取り出し、開く。


因みにお天気お姉さんとは、私が毎日見ている天気予報に出ているお姉さんの事。


(洗濯物、中に干しといて正解だったわ。)


そんな他愛ない事を考えながら帰宅路を進んで行くと、公園が見える。

もう少しの辛抱だ、と自分に言い聞かせ軽くうねった髪をなでた。


だが、自分の足は公園に差し掛かった所で止まる。

違和感があるのだ。この公園に差し掛かった辺りから。


(いや、違う。公園が見えた辺りからだ。)


何が?と聞かれれば、答えようが無いとしか言いようがない。


「な‥ん、なの。」


傘を握りしめた手を、もう片一方の手で握りしめる。


雨のせいで、何時もより幾分薄暗いため、尚更恐怖を煽る。


風の音。そして風に煽られる木々の音。

雨の音。そして雨で出来た水溜まりに、水が跳ねる音。


だがそれ以外にも聞こえる何か―――


―――人の声だ。


それも若い。

微かにしか聞こえないけれど。この雨音でも聞こえると言うことは、相当大きな声を上げているようだ。


私は興味をそそられた。


頭の何処かで警報が鳴る。

此処で引き返すという選択をしなければ、取り替えしの付かない事になりそうだ、と。

頭の隅では分かっているのに、素直にそれに従えない何かがあった。

まるで闇が光に寄り添うように、惹かれる何か。


気が付けば私の足は公園へと向いた。


声のする方へと。






そこで私が目にしたもの。

日常では到底、いや、一生お目には掛からないであろう。有り得るはずもないものだった。


地面から生え出て来たような黒い物体。

人のような姿のような影もあれば、紐のようなものまである。


そしてそれは一人の人を襲っていた。

それは藤色の袴を着た、一人の少年。


少年は言う。


「――‥我、此処に光を善とし闇を悪とせん。」


最後の大きな声しか聞こえなかった。

だがその言葉の威力なのだろうか。

闇色の影は、引き裂かれるように光に侵され消滅していく。


思わず息を飲む。


光の粒子が残像のように、微かに見える程度には残っている。


その時私は気づいてなかった。私の背後に新たに生じた影に。


何かが背筋を這うような感覚。

振り返った時には、時既に遅し。逃げる猶予もない。

恐怖に喉が凍り付き、叫ぶことは愚か、身じろぎ一つできない。


ただ目をつむった。


しかし何かが襲ってくる事は無かった。

代わりに聞いたのは、耳に響くキイィィンと言う音。

その他は何も起きない。

その事を不思議に思い、強く閉じた瞼を緩く開ける。

目にしたモノは淡い茶色。キツイ物ではなく、優しい色合い。

襟に軽く付く程度の軟らかそうな髪だった。


「大丈夫?」


きっとマヌケな顔をしていたと思う。

しばしその少年の顔を見つめる。開いた口が閉まらない。


(美少年!!)


少年の髪は、先ほどからから雨の中に立っていたなどとは思わせないくらいに濡れてなかった。

ふんわりと薫る藤の薫り。


やけにその匂いが落ち着く。


「あな、た‥は?」


怪我をしていないのか、と言う意味を含ませて私がそう言うと同日に、彼は笑う。


見知らぬ少年に一言発しただけで笑われて、私の面目はたまった物ではない。


恥ずかしくて、私は彼の髪の毛を見ていた目をふいっと反らす。


「僕の心配をしてるの?」


笑いは治まったようだが、口元は微かに吊り上がったまま彼は聞いてくる。


「心配する事の何が可笑しいの。」


「いや。まず、自分の心配をするべきだと思ってね。」


「‥‥私の心配をしなくても、大丈夫なのは貴方が一番良く知っているじゃない。」


ムスッとしたままそう告げれば、またもや彼に笑われた。


「そうかもしれないね。」


(つかみどころのないヤツ。)


まるで空気のようだ。


ふと、目の前に手が差し延べられた。


「‥‥なに?」


胡乱げな眼差しを送れば、顔に張り付いた笑みを向けてくる少年。


嗚呼、偽りの笑顔。


こう言う表情を向けて来るヤツは、だいっきらいだ。


手を取れ、と言う事だろう。


だが、何もかもが少年の思うように成っている気がする。

それが癪で、その手を取ることなく立ち上がった。


本当に、いつの間に座り込んでいたのだろう。

折り畳み傘は柄の部分が上向きになり、2、3歩行った所に転がっており。スクールバックは、手を伸ばせば届きそうな距離に一応ある。


濡れたスカートを叩きながら立ち上がれば、まず先に学用品が濡れてはいないか確かめる。

傘は仰向けにしていたため、柄を下にして水を落とす。


一連の動作を終えてから、改めて少年を見れば。

彼はまじまじと私を見ていた。

何故。


「君、面白いね。」


(この言葉は、侮辱として受けとっていいのかしら?)


会って間もない。たかが数分の出会いだ。そんなヤツに、今の何処を見て面白いと言われなければならないのか。


返事はする事無く、自身の帰り支度をする。


私は何にも見てない。見てない。と言い聞かせながら目を背ける。


(私は、普通の一般人のままいたいのよ!!)


心でそんな事を叫びながらも。表情筋を総動員して無表情を保つ。


絶対にコイツと関わるとろくな事がなさそうだ。


「ねえ。」


「‥‥‥。」


「ねえってば。」


「‥‥‥。」


私は何にも聞いてないし、聞こえてない。

そう言い聞かせながら、帰宅する事だけを考える。


けれど私は、彼に言わなければならない事があった。


とっても不本意だけど―――


「―――助けてくれてアリガトウ。」


ありがとう、の部分がとてつもなく棒読みになってしまった感はある。

だが私には知ったこっちゃない。


「あー、うん。どう致しまして。一部感情が篭っていないけど。」


指摘されても、私は素知らぬ振りを貫く。


よし。

完了。

やる事はやったし、とんずらこくのが一番だ。この場合。


「じゃあ、そういう訳だから。もうお会いする事もなさそうですね。さようなら。」


逃げるが勝ち。

少し意味は違うが、何処か根本的な物は合っているはず。と言い訳じみた事を考えながら、私はとんずらこいた。


相手に、何も言う間を与えない程度には早かったと思う。


なので私には聞こえなかった。

私が立ち去った後に彼が呟いた言葉は。


「結界は正常。損傷も無介。なら、彼女は何処から入ったんだろうね。」


誰かに向けられたようなその言葉。

それに同意を示すかのように、雨は一瞬激しく大地を叩いた。



++++++++++



そして冒頭に戻る訳だ。


家に着いた私は濡れた制服を脱ぎ、靴の泥を落とす。


我ながら、立派な順応能力だ。


つい先程、私は有り得ない体験をしたと言うのに。


「今日は厄日に違いないわ。」


口から紡がれるのは溜息ばかり。

溜息が余り良くない事は知っている。だが、出る物は出るのだ。

そんな言い訳をしてみながらも、考える事はやはり同じ。


あの少年の事。


年は私と同年代くらいに見えた。けれど私の知り得る限り、あんな美男子はこの辺りで見たことがない。


(こんな中途半端な時期に転校生だなんてないよね。)


ふと頭を横切ったその考えに、私は即否定した。


「もう会うことはないだろうし、気にする事もないよね。」


その日結局、私の頭の中からあの少年の事は消える事はなかった。



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