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異世界で暇してたら ――1.ご令嬢は今日も俺を巻き込む――

作者: 甘い秋空
掲載日:2026/05/20

「ふわぁ~……」

 学園の庭園に置かれた白いベンチで、俺――クロガネは青空を見上げながら盛大にあくびをした。

 制服である砂色のえんび服に、平民男子を示す灰色のネクタイ。短い黒髪を撫でる風だけが、俺の相棒だ。


 ここは王立騎士学園中等部。

 貴族の子弟ばかりが集まるこの場所で、平民の俺はいつも「派閥の外側」にいる……いや、正確には外側にいる方が楽だ。

 派閥争いも、家同士の駆け引きも、俺には関係ない。


「退屈なら剣術騎士団の練習に加われば? 筋肉ゴリラのクロガネ君?」

 背後から、氷のように澄んだ声が降ってきた。

 振り返ると、上級貴族のご令嬢――フランソワーズが立っていた。

 完璧な金髪縦ロール。完璧な姿勢。完璧な微笑。

 ……そして、完璧に人を煽る。


「軟弱な剣術は、俺に似合わない」

 以前、貴族の令息に頭を下げて練習に混ぜてもらったが、あれは、お花畑でのお遊戯レベルだった。

 俺の筋肉が泣いた。


「そう言うフランソワーズ嬢こそ、魔法騎士団に入らないのか?」

 彼女の魔力量は魔王レベル。学園でも知らぬ者はいない。

「不甲斐ない魔法なんて、私には似合いませんわ。それより……あれ」

 フランソワーズの視線の先で、令息と令嬢が揉めていた。


(君との婚約は解消する)

(なぜですの? そちらの令嬢はどなたですの?)

 ……修羅場だ。

「ワレラ様がロリー嬢との婚約を破棄して、浮気相手に乗り換えるようですね」

 フランソワーズが淡々と言う。

 その横顔は、どこか冷たく、どこか寂しげにも見えた。


「クロガネ君の世界では、婚約破棄は罪になりますの?」

 彼女は、俺が日本から転移してきたことを知っている数少ない人物。ただし、俺の「異質」を面白がっている節がある。

「ただの揉め事なら示談だが、詐欺なら罪になる」

「そうですか」

 フランソワーズが氷の微笑を浮かべた。

 その奥に、確かな怒りが宿っている。


「まさか?」

「もちろん手伝ってくれますよね?」

 逃げ道は、最初から用意されていなかった。


 ◇


 模擬パーティー会場。令嬢たちが初めて社交界にデビューするための練習の場だ。

 フランソワーズは誰よりも美しく、誰よりも近寄りがたい……彼女は、貴族社会の腐った部分を心底嫌っている。


「ワレラ様、私は唇を湿らせたいですわ」

 フランソワーズが、あの令息に近づいていく。

「光栄です、フランソワーズ様。どうぞ、このグラスを」

 令息は即座に飲み物を差し出した。

 その目には、下心と野心が混ざっている。

「ありがとう。では、お優しいワレラ様に……乾杯」

 グラスを軽く合わせる――いや、触れない程度に。

 次の瞬間、フランソワーズがふらついた。


「どうしました、フランソワーズ様?」

「ええ、なんだか気分がすぐれなくて……」

 俺への合図だ。

 令息は焦りながらも、どこか期待しているような顔をしていた。弱った令嬢と二人きりになる状況を、妄想している。

 俺の胸の奥が、少しだけ熱くなった。


「休憩室を用意してあります。ワレラ様、エスコートをお願いします」

「わ、わかった」

 令息は困った顔をしつつも、口元がわずかに歪んだ。

 ――こいつは、絶対に許せない。


 ◇


 令息はフランソワーズを支え、休憩室の扉を閉めた。

 俺は侍女を呼び、そっと扉を開ける。

「キャー!」

 フランソワーズの叫び声。

 その声には、演技だけではない「怒り」が混ざっていた。

「え、誤解です!」

 令息の慌てた声。

「誰か!」

 侍女が叫び、多くの学生と教師が集まってくる。

「気分がすぐれないお嬢様に水をお持ちしたら、あの令息が乱暴を!」

 侍女は作戦を知らない。だからこそ、表情に真実味がある。


「ボクは、まだ何も、信じてくれ!」

 令息が逃げようと走り出した瞬間――

「ゲボッ」

 俺の拳が、静かに、確実にみぞおちにめり込んだ。誰にも気づかれない角度で。

 フランソワーズが、ほんの一瞬だけ俺を見た。

 その瞳には、感謝と……安堵があった。


 ◇


「ふわぁ~……」

 庭園のベンチ再び、いつもの場所。俺は、いつものとおり大きなあくびをした。


「ワレラは追放となりました」

 フランソワーズが、紅茶でも飲むような軽さで言う。

「これでまた、フランソワーズ嬢へ令息は近づきがたく――」

「かまいませんわ。私には可愛い令嬢たちがいますから。ほら」

 俺の言葉を遮った彼女、その視線を向ける先から、甲高い声が近づいてくる。

「フランソワーズ姉さま、ここにいらっしゃいましたのですね!」

 可愛い令嬢たちに囲まれながら、フランソワーズはふと俺を振り返った。


 その微笑みは、氷ではなく――ほんの少しだけ、温かかった。


   ―― またね ――


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