雨宿りは二人の世界
突然の夕立ち──
傘を持ってなかった私は、駅前の小さな軒下に逃げ込んだ。
同時に並んだひとがいた。
背の高い、さんまの塩焼きの匂いのするひとだった。
「いきなり降り出しましたね」
匂いに似合わない、爽やかな笑顔が、高いところから私を向いた。
「仕事帰りですか?」
「はい。雨が降るとは聞いてなかったもので……」
気安くそう答えながら、彼のスーツがびしょ濡れなのに気がついた。
「あの……。よかったら──」
私がバッグの中から未使用のスポーツタオルを取り出すと、彼が笑顔に驚きの色を混ぜる。
「準備がいいなぁ……。でも、自分のために使ってください。貴女もびしょ濡れですよ」
「あっ、本当だ」
「と、いうより、僕よりも貴女のほうがびしょ濡れだ」
顔を見合わせて、笑った。
雨はなかなか止まなかった。
ふつうならこんな時、知らない者同士、しかも異性同士、会話もなくじっと立っているだけだと思うのに、不思議と話が弾んだ。
「えー!? あそこのお店のプリンが美味しいの知ってるんですかー!?」
「うん、僕もよくあそこで買ってますよ。甘いもの好きなんで」
「じつはあのお店、チョコケーキも素晴らしいんですよ」
「本当? 今度買ってみよう!」
「お昼──、さんまの塩焼き食べました?」
「あっ、わかります? 服に匂いが染みついちゃったかな」
「ふふ……。いい匂いです」
「ははは……。嫌われても仕方ないよね?」
「嫌いじゃないです。あたし……、むしろ、好きです」
「美味しいよねー」
しばらく無言が続くと、雨の音が大きくなったように感じた。
小さな軒の下、世界がそこだけになったみたいに静かだった。
やがて、ぽつりと彼が言った。
「僕──、雨の音って好きなんですよ」
私はすぐに賛同した。
「わかります。なんか落ち着くっていうか……」
「ずっとこのまま降ってくれててもいいかなって……、思えるくらい」
私は心からうなずいた。
「止まないといいですよね、雨。ずっとこのまま──」
知らないはずの彼を、とても近くに感じた。
すると突然、雨が小降りになった。
スイッチでも切り替えたように、すぐに雨は止み、雲の隙間から神様みたいな光が射しはじめた。
「あっ。それじゃ、急ぐんで、これで」
「あっ……!」
小走りに駆け出した彼の背中を、私は見送った。
また──、会えますか?
その言葉を言う暇もなかった。
でも、すぐにまた会えるような予感がして、私は心の中で願った。
『また雨が──早く降りますように』




