断片資料|雑誌記事抜粋(昭和四十年代・婦人誌特集)
「ある村から逃げた母の告白」
聞き手=編集部
――どうして村を出ようと思われたのですか。
「あの子を守りたかったからです。生まれたときから、皆が笑ってばかりで……。お祝いの席でも、泣いてはいけない、声を荒げてもいけないと何度も言われました。
赤ん坊が泣けば『よく育つ子だ』と笑って抱き上げる。でもその目は、祝っているというより、数えているように見えました。あの子が“いつ蓋になるか”を確かめるみたいに」
――蓋、とは何のことですか。
「あの村では巫女の家から娘を“蓋”にする掟があります。井戸に臥せて、神の肉を封じる役目。私は嫁ぎ先の家系がその筋で、子を産めば必ず誰かが“蓋”にされる……そう思ったのです。
夫も村人も皆、笑って『大丈夫だ』と言った。でも、笑顔が一様すぎて、私はもう怖くてたまらなかった」
――それで、子どもを連れて?
「夜明け前に、背に負って山を越えました。どこへ逃げても笑い声が追ってくるようでした。途中で何度も振り返りましたが、人影はないのに、耳の奥で『おかあさん』と囁く声が離れなかった」
――今、その子は?
「もう大きくなりました。あの村のことは話していません。話せばあの笑顔が伝わってしまう気がして……。でも、あの子の笑う顔を見ると、胸が痛むのです。村の笑顔と同じに見えてしまうことがあるから」
(証言者の氏名・住所は非公開とされている)




