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にくゑ-禁断の因習村百合ホラー-  作者: カクナノゾム
第九章 壱 真相への扉
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二人

 空は黄昏に沈み、村の家々にぽつぽつと小さな灯りがともり始めた。

 梓は歩幅をわずかに広げた。鞄の中で、文庫本が小さく揺れる。

 ページは裏切らない。


 そして今は、もうひとつの灯りがある――清音の手の温度。

 その両方を胸の中で抱き合わせながら、梓はまっすぐ、家へ向かった。


 清音に会いに行く。話をする。

 信頼は、盲目である必要はない。

 ――清音に、確かめないと。きっと彼女は全てを知っている。

 その決意が、心の底で静かに燃え続けた。


 家路を歩く梓の前に、細い人影が姿を現した。

 風になびく長い黒髪。黒曜石のような瞳。人形のように整った顔。


 会いたい、話がしたい。そう思って歩いていたら、そこにいてくれた。これは運命だとしか思えない。

 様々な心配事、不安なことがあるにせよ、その姿を見ると、梓の胸は高鳴る。

 太陽は稜線に沈みかかり、気の早い夏の虫たちがリーリーと鳴き声を上げている。

 世界をただ茜色に染める光の中、二人は向かい合った。


「――清音」


「梓……貴方のことが気になって……」


 そう語りかける清音は、本当に梓のことを心配している様子を見せていた。

 学校で人目がある時はまるで違う、取り乱しているかのような様子を。

 そんな清音の姿は見た梓の心に波紋が広げた。ああ、こんなに私のことを心配してくれている。愛されているのかも知れない。梓の心中にほの甘い満足感が満ちてゆく。しかしその感情を振り切るように、梓は口を開いた。


「……どうして、誰も美穂と健太のことを覚えてないの?」


 声はかすれていたが、芯は固い。


「昨日まで一緒にいたのに……清音まで、忘れたふりをするの?」


 清音は立ち尽くし、睫毛の影を震わせた。

 

「……仕方なかったの」


 その一言は、鋭い針のように梓の胸を突き刺す。


「仕方ない? そんな言葉で済ませるの?」


 梓は立ち上がり、机が軋んだ。


「あなたが……あなたが何かしたのね? みんなの記憶を……!」


 清音の肩が震えた。沈黙。

 その沈黙こそが答えだった。


「やっぱり……!」


 梓の声が裏返り、涙が滲む。


「清音まで、私を一人にするんだ。信じたのに……清音だけは違うと思ったのに!」


「違う!」


 清音の叫びが教室に響いた。

 梓の涙を震わせ、空気を震わせた。


「私だって苦しかった! 美穂も健太も、友達だった。忘れさせるなんて、本当は……本当はしたくなかった!」


 清音の瞳にも涙が溢れていた。


「でも……私には、そうするしかなかったの。あの子たちをこのままにしておくことは…… 此岸を守るためには……」


 言葉はそこで途切れ、嗚咽に変わった。

 梓は胸の奥が引き裂かれるように痛み、立ち尽くす。

 沈黙。夕陽の光だけが二人を染めていた。


 清音はふらりと歩み寄り、梓を強く抱きしめた。

 梓の頬が制服の肩口に埋まり、涙が布を濡らす。


「……でもね、梓。貴方だけは違うの」


 清音の声は震え、切なさを含んでいた。


「やっぱり貴方は特別。誰よりも……守りたいのは、貴方」


 梓は声を詰まらせながらも、その言葉を胸の奥に吸い込んだ。


「……清音がいるから、私は……生きていける。不思議だけど本当」


 声は嗚咽に滲み、震えていた。


「一人じゃないって……初めて、そう思えるの」


 二人は互いの涙を頬で感じながら、長い沈黙に沈んだ。

 やがて清音が腕を解き、梓の肩を抱いたまま、川辺へと歩き出す。


 夕暮れの川は赤黒く光り、波が寄せては返す音が胸に響く。

 立ち止まった清音が、梓の手を取る。指先は冷えて震えていた。


「梓……」


 その声に、梓の心臓が大きく跳ねる。

 次の瞬間、清音はそっと顔を寄せた。

 唇が触れた。

 短く、けれど永遠のように長く。


「梓……私も梓が……好き」


 川音が遠ざかる。世界の輪郭が消える。

 残るのは清音の温もりと、自分の鼓動だけ。


 梓は目を閉じた。

 これが初めての口づけだった。

 悔恨と涙の果てにたどりついた、痛いほどのそれは甘い奇跡だった。


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