断片資料|大学紀要草稿(昭和二十四年「民俗学雑録」未刊)
「肉を神とする村落信仰について」
民俗学専攻 三回生 佐伯良太
一、序言
本稿は、某郡山間の一村に伝わる〈肉ゑ神〉なる信仰について、聞き取りと古文書の断片を基に報告するものである。
肉を神とする発想は、既存の水神・農耕神信仰の変形と考えられ、戦後民俗学の空白地帯を埋める手掛かりとなる可能性を持つ。
二、伝承の概要
村の古称は「仁食」と伝えられる。旱魃の折に若き女性を井戸に沈め、雨を祈ったという伝承が残る。これを契機として、女の肉体が「神」となり、以降〈肉ゑ神〉と呼ばれるに至った。
村人は毎年、穀物や獣肉を供え、加えて一定の周期で「蓋」と呼ばれる若い女性を井戸や祠に封じる。蓋の役割は肉神の膨張を鎮めるものであり、主に巫女家の娘が充てられるとされる。
三、供物と「なり損ない」
村伝承によれば、供物が失敗に終わると、神と人との境が破れ、「なり損ない」と呼ばれる異形が現れる。これは肉神に吸収されきれず、村に災厄をもたらす存在であるという。
この現象は、全国各地の「ミズチ」伝承や「人柱」信仰と比較可能であるが、供物の失敗を異形の出現に結びつける点に特色がある。
四、観察と問題点
本稿執筆にあたり、現地調査を試みたが、村人は外来者に一様に笑顔を向け、詳細な聞き取りは叶わなかった。資料は主として郷土誌の抜粋と、寺社関係者の伝聞に頼らざるを得ない。
従って本稿の記述は断片的であり、科学的精査には耐えないことを記しておく。
五、結語
〈肉ゑ神〉信仰は、旱魃という自然災害に起源を持ちながら、やがて共同体維持のための儀礼体系へと変容したものと考えられる。
しかし、資料は乏しく、口碑に依拠するため信憑性は不確かである。
今後さらなる調査が望まれるが、既に村落自体が外部調査を拒む傾向にあり、容易ではない。
(編者注:佐伯良太は本稿提出の後、消息を絶つ。草稿は指導教員の机に残されていたものである)




