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断片資料|郷土誌抄録(明治二十七年刊『郡志拾遺』より)
本郡西南、山間に小邑あり。往古は「仁食」の里と称す。
大旱魃の年、田畑裂け、川は涸れ、民ことごとく飢えに苦しむ。里人相議し、若き女を生きて井戸に沈め、雨を祈りたると云ふ。
女の肉、膨れ崩れ、井戸の水に融けしとき、黒雲忽ちに湧き、甘雨三日三夜降りて村を救ふ。その後、里人は女を「肉ゑ神」と称へ、年ごとに供物を絶やさず。
供物は穀食にとどまらず、鶏豚の肉をも用ふる。されど或る年より、ただ肉を供ふるのみならず、再び人を「蓋」として井戸に臥せしむること習ひとなる。
蓋は巫女の家より出づるを定めとし、代々これを務める。
村人は皆、彼の娘を送りゆく折、笑みを作るを掟とす。泣きてはならず、声を荒らげてもならぬ。
曰く、涙すれば肉ゑの怒りを招き、声を荒らげれば蓋が破れ、神と人と混じり合ふ、と。
かくのごとき祀り、今に絶えず続きて、里人は〈肉ゑ〉を鎮め祀ることを怠らずといふ。
異郡の者これを怪異と笑ふも、里人にとりては生死を分かつ掟なり。
(本文は虫損・汚損多く、判読不能の箇所あり)




