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断片資料|『肉を祀る民俗──或る村落信仰の実相』目次

(『肉を祀る民俗──或る村落信仰の実相』より/著:鶴来 忍)


一、笑いは呪である。

 当該村落では、ふたを送り出す際に三度のみわらいを行う。これは感情表現ではない。封印言語である。呼気・発声・咽頭の震えが一定のはくで同期し、群体の境界を「閉じる」働きを持つ。泣きはその逆で、境界を緩め、肉ゑを呼吸させてしまう(古記『肉ゑ式目』抄、出典不詳)。


二、赤黒い瓶は「母の模倣」である。

 甘く鉄を帯びる液は、産屋の技法に由来すると私は見る。羊水・臍帯・穀の抽出をまぜ、母体の匂いを人工的に再現したものだ。肉神は「母の匂い」にのみ鎮まる。これがそなえの本義である。


三、蓋は生体の栓である。

 井戸や祠は空洞ではない。臓器だ。蓋の娘はそこに適合するよう育てられ、声・歩幅・呼吸まで村の拍に合う。合わぬ者は「逃去にげさり」と記され、年記から抹消される(社家控)。


四、顔は器官であり仮面である。

 移住者歓迎の写真を十枚重ねよ。輪郭は一致する。顔は合わされるのだ。三笑の訓練は顔面筋と呼気を同調させ、共同体を一枚の臓器として動かす。笑いは蓋の延長なのである。


五、なり損ないは「中断された愛」の化身である。

 供物が充分でないとき、境は破れも接がれもせず半ばに留まる。文字が読めず、声が出ず、しかし笑う──それは言語(境)に戻れない徴候である。愛が肉に届かず、しかし肉からも離れられない者たち。


六、火だけが拍を断つ。

 井戸の焦痕は偶然ではない。火は呼吸(拍)を奪い、封印言語を無音にする。だから彼らは火を恐れ、笑いで消そうとする。私はかつて、夜の祠でその瞬間を見た──笑いが止み、風も止み、ただ炎だけが語っていた。(目撃記は別章)


 以上、諸仮説は私見である。だが私は知っている。笑え。笑うほどに境は閉じる。誰も泣くな。泣けば境は破れる。

 そう書き残しておけば、少なくとも誰かは助かるだろう。私はまた山に入る。


(欄外メモ:三笑の拍は三・三・七ではない。二・二・二だ──著者の鉛筆書き)

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