断片資料|【肉依録考:肉声の地図】
『肉依録考』巻ノ九「地誌と肉声」より抜粋(著:安志 観草)
にくゑ信仰が点在する村々を、私は丹念に地図へ落とし込んだ。
東北、甲信、山陰、九州……いずれも小さな山間部に偏在するが、ある法則性が見えてきた。
それは音の連なりである。
各地の口承には、同じ語調、同じ母音列を持つ“異言”が記録されていた。
たとえば「ナメハラカ」「ウツチミノ」など、意味不明な音節群が繰り返される。
私はそれらを採譜し、方位角と照応させ、仮想の線を結んだ。
すると、それは“渦”の形を描いた。
中心には、かつて星が落ちたという伝承のある山村がある。
星が落ち、言葉が芽吹き、肉が湧いた。
これらは偶然ではない。
にくゑとは、音によって地を読み解く装置であり、言葉によって肉体を植え込む神である。
実際、供犠石とされる遺物には不可解な“溝”が刻まれている。
縄文期とも弥生期ともつかぬこの痕跡を私は“肉声刻痕”と呼んだ。
溝に水を流すと、音が鳴るのだ。
それは「人の声」ではない。
私は録音し、速度を変え、周波数を上下させた。
すると、かすかに“命令形の構文”が現れた。
《……食え。喰らえ。育てよ。繋げ。》
誰が誰に命じているのか。
なぜその“音”が石に刻まれているのか。
答えはひとつしかない。
にくゑは、神の声を埋め込まれた肉体装置であり、
それが顕れる地には、古来より“設計された構造”が存在しているのだ。
それを設計したのが誰か――
それを喰らうのが誰か――
その先は、記さぬ。




