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にくゑ-禁断の因習村百合ホラー-  作者: カクナノゾム
第十二章 封じの井戸
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一時閉幕

 冷たい鋼が、少女の身体から抜ける音がした。

 白い霧に朱い飛沫が舞い散る。

 梓の体が、ゆっくりと崩れた。

 清一の祈りが途切れ、清音がようやく振り向いた。


 霧がざわめき、凍り付いたような時間が動き出す。


「あゆみっ! 今すぐ――」

「ダメじゃ、やめろ、清音ッ!」


 清音が口を開き書けると、あゆみを引き剥がしながら清一が叫んだ。


 清一の制止に、清音は唇を噛みしめ、口を閉じる。きつく閉じた唇の端から一筋の血が流れ落ちた。清一は内心胸をなで下ろす。清音は明らかに逆上していた。放っておけば、巫女の力を用いてあゆみを殺してしまっていただろう。


「梓ッ!」


 身を翻し、清音が駆け寄る。愛おしい人の元へ。


「しっかりして、梓ッ! 梓ッ!」


 必死の呼びかけ。だが梓の意識は戻らない。

 

「清音! せ、先生を起こすんじゃ!」


 清一が慌てたように声を上げる。あゆみは清一に取り押さえられ身動きが取れていない。


 清音は地面に倒れていた吉川の体を揺り起こすと、吉川は短くうめき声を上げ、目を開いた。


「……あれ……私は……?」


 吉川の目の焦点が合わない。清音が唇を噛む。


「先生、大変じゃ! 梓がっ! 梓がッ!」


 吉川は額を押さえた。

 頭が重い。記憶をかすめ取られるような、奇妙な痛み。

 だが記憶は保持されている。目をはっきり開けると血相を変えた清音の顔があり、鉄錆の匂いが漂ってくる。


 その方向に目を向けると――


「……梓さん! 一体どうしてっ!」


 梓が血を流して倒れていた。

 吉川は一気に身を起こし、梓のもとへ駆け寄る。

 白衣の袖が霧を切る。


「出血がひどい。だが脈はある。止血はできる。清音さん、包帯か布を。早く!」


 清音は震える手で、巫女服の袖を裂いた。

 吉川がそれを受け取り、手際よく傷を圧迫する。一瞬、清音の腕が吉川の目に入る。小さな眼球と、小さな口が幾つも浮かび上がっている腕が。


 吉川はそれをあえて無視すると、梓の傷口に指を這わす。指先が赤く染まる。温かい。


「命に別状はないと思うが、このままでは危ない。診療所へ運びます!」


 清音は何も言わず、ただ頷いた。

 霧の向こうであゆみの腕をつかんでいる清一が立っていた。

 表情は読めない。

 けれど、その声だけが低く響いた。


「……こんバカ娘は儂と清音が預かりますけん、先生は行きんさい。その娘を頼んます!」


 梓の傍らにしゃがみこんでいた清音が顔を吉川に近づける。


「……記憶はあるんね?」


 小さな声で問いかけた。

 吉川は悟る。清音が自分の記憶を残しておいたのだと。


「このままでええ。忘れんで。この夜を、わたしたちを。忘れんでいてくれたら、それでええ」


 吉川はその言葉の意味を胸の奥で反芻し、

 静かに頷いた。


「……わかりました。彼女を診療所に運びます」


 霧が、少しずつ晴れていく。

 夜明けが近い。

 東の空がわずかに白み始めていた。


 吉川は梓を抱え、足元を確かめながら山道を下りていった。

 血の跡が霧に溶け、誰のものかも分からなくなる。


 清音は立ち尽くしていた。

 梓の血が、自分の指に残っている。

 その手を見つめ、かすかに笑った。


 ――まだ、間に合う。


 洞窟の方でまるで何かが眠りにつくように、風が鳴いた。

 井戸の蓋が音を立てる。

 神は眠り、村はまた均衡を取り戻していく。


 清一が井戸のそばに立ち、静かに言った。


「……これでええ。祭りはもうすぐじゃ」


 神官で、父親である清一の言葉に、清音は小さく頷いた。

 けれど、その瞳の奥には、清一には窺い知れない何か、妖しい光が浮かんでいる。


 霧が完全に晴れたとき、

 古井戸の周りには誰の姿もなかった。


◆◆◆

あとがき。


次章が最終章です。

もうすぐ終わります。

おかあさん、もうすぐです。もうすぐ。もうすく

断片も、読んで





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