私が刺した……
この物語の登場人物には名前がありません。
謎めいた雰囲気を出したかったからです。
人で溢れ、さまざまな音が入り混じる雑踏の中、私は自分が目的もなく人混みを歩いていることに気づいた。厚手の濃い色のコートを着込み、その懐には一本のフルーツナイフを忍ばせている。
私はさっき、何をしようとしていたんだ?
こんな猛暑の中でこんな格好をしているなんて、どう考えても理由があるはずだ。
もしかしたら熱でもあるのかもしれない。寒気がして着こんでいるだけ……そう思えば説明はつく。
でも、このフルーツナイフは?
あるいは誰かと取引をするつもりで、このナイフが商品?
だとしたら、相手はきっと裏社会の人間……いやだ、怖すぎる。
私はそんなことをするタイプの人間じゃないはずなのに。
その時、人混みの中に見覚えのある顔を見つけた。
私の姉だ。
私は思い出した。姉は私の肉親で、子供の頃に数回会っただけの存在。
私が精神病と判断された後、両親は私の外出を禁じ、姉と会うことも禁じた。
じゃあ、私はどうやって外に……?
私は店のショーウィンドウへ歩み寄り、自分の姿を映す。
すると、コートの下の服に大量の血が付いていることに気づいた。
私は怪我なんてしていない。
じゃあ、この血は誰の……?
姉がどんどん遠ざかっていく。
考えるのを後回しにして、私は急いで姉を追った。
「姉さん!」
叫んだが、姉は気づかないようだ。
距離が縮まるほどに、胸の鼓動は早まり、緊張が高まる。
「姉さん!」
その声に反応して姉が振り返る。そして驚愕した表情を浮かべた。
私の懐のフルーツナイフが消えている。
姉は自分の腹部を押さえ、その場に崩れ落ちた。
まさか……私が刺した?
急に体が重たくなり、私はそのまま倒れ込む。
誰かに押さえつけられているような感覚。人が集まり、悲鳴と声が飛び交う。
遠くで救急車とパトカーの音まで響いていた。
眠気が襲い、私は目を閉じた。
短編小説を読んでいただきありがとうございます。
この作品は短編小説です。
路面電車で通学中の空き時間に書きました。
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