第97話 止まった世界の真実
世界は、止まっていた。
音は途中で切断され、
風は形を保ったまま宙に縫い留められ、
光さえも、行き先を失って空間に滞留している。
だがカイは、もはやこの光景に驚かなかった。
ここが偶然ではないことを、
そして――自分が“狙われた結果”としてここにいることを、
すでに悟っていたからだ。
「……ここに閉じ込めたのは、誰だ」
その問いに、ティアは即答しなかった。
否定も、肯定もせず、
ほんの一拍、沈黙を置いてから口を開く。
「“誰か”と呼べる存在ではないわ」
彼女の声は静かで、感情の起伏をほとんど含んでいない。
「少なくとも、
名前や人格を持つ“敵”ではない」
カイは眉をひそめる。
「じゃあ、何なんだ」
「思想。
あるいは――世界が自分自身を守るために生み出した、排除機構」
■ なぜカイは狙われたのか
「あなたは、この世界にとって危険だった」
ティアは淡々と告げる。
「強いからではない。
破壊的だからでもない」
彼女は言葉を選びながら続けた。
「あなたは、“先が決まらない存在”だった」
世界は、基本的に予測によって進む。
因果が積み重なり、選択が統計化され、
未来は“だいたいの形”を保ったまま流れていく。
だがカイは違った。
「あなたは、
自分でも理由を説明できない選択をする」
「……よく言われる」
「それが問題だったの」
ティアは一歩、距離を保ったまま視線を落とす。
「あなたの行動は、
世界の計算から常に外れる。
どの未来にも完全には属さない」
それは希望でもあり、
同時に――世界にとっては致命的な不安定要素だった。
「だから、“何者か”は判断した」
殺すべきだ、と。
だが――
「完全な抹殺は、できなかった」
■ なぜ殺せず、封じたのか
「あなたは、世界の進行そのものにも深く関与している」
ティアの言葉は、冷静だった。
「あなたが消えれば、
世界は別の形で破綻する」
存在としては危険。
だが、欠ければ成立しない。
その矛盾が導いた結論は、ひとつしかなかった。
「だから――隔離された」
カイは、周囲の止まった空間を見渡す。
「ここが、その結果か」
「ええ」
時間が止まっているのではない。
更新が拒否されているのだ。
「ここでは、因果は前に進まない。
選択も、失敗も、結果にならない」
だから死なない。
だが、生きてもいない。
「これは処刑場ではない。
でも、救済でもない」
ティアは静かに断言する。
「抹殺を目的とした、未完成の処理空間」
■ 止まった世界の正体
「この空間は、あなたを消すために作られた」
「消す……?」
「正確には、“意味を失わせる”ため」
行動しても、世界は応答しない。
選んでも、未来は変わらない。
「存在しているのに、
存在が世界に影響を与えない状態」
それは、ゆっくりとした消去だった。
「……ずいぶん、回りくどいな」
「完全に消せなかったからよ」
ティアの声が、わずかに低くなる。
「あなたは、世界の奥深くに絡みすぎていた」
■ 下層世界への影響
「この隔離は、完全じゃなかった」
ティアはそう続ける。
「あなたを閉じ込めるために、
世界全体の“進行許容量”が削られた」
その影響は、下層世界にも滲み出ていた。
意味が前に進まない感覚。
決断が鈍る空気。
努力が結果に結びつきにくい現実。
「世界は、無意識に“選ばせない方向”へ傾いていた」
安全ではある。
だが、生きている実感が薄れていく。
「停滞は、暴力よりも静かに人を削る」
カイは、無言でそれを受け取った。
■ カイが抜けた後に起きること
「あなたがここを離れれば、
世界は不安定になる」
ティアは隠さない。
「失敗は増える。
予測は外れる。
取り返しのつかない選択も、確実に増す」
「それでも?」
「それでも」
彼女は、はっきりと頷いた。
「選択が、戻る」
成功も、失敗も、
世界が“結果として受け取る”ようになる。
「世界はもう、
誰かを止めることで安定する構造ではなくなる」
■ ティアの断言
「覚えておいて」
彼女の声が、初めて強さを帯びる。
「誰かを消さないと成り立たない世界は、
最初から壊れている」
その言葉は、
“何者か”への批判であり、
同時に世界そのものへの宣告だった。
■ ラスト:世界の揺らぎ
その瞬間、
止まっていた空間が、わずかに震えた。
光が、進むか留まるかを迷い、
時間が、再び流れる可能性を探り始める。
「……始まったな」
カイが呟く。
「ええ」
ティアは静かに答えた。
「世界が、
“止める”以外の選択を考え始めた」
まだ完全には動かない。
だが、もう戻れない。
世界は初めて、
進むか、止まるかを自分で決めようとしている。
カイは、一歩踏み出す準備をする。
その背中を、
世界そのものが――見ていた。




