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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第5章 止まった世界の外側へ

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第96話 双龍撃

世界は、止まっていた。


風は形を失ったまま、空間に縫い留められている。

音は震えることを忘れ、空気は沈黙という名の硬度を帯びていた。

光は進む先を喪失し、影は生まれる理由を奪われている。


そこには「次」という概念が存在しない。

原因も結果も、始まりも終わりも――すべてが同一の一点に固定され、世界は永遠に同じ姿勢を保っていた。


停止ではない。

凍結でもない。

これは「完成」だ。


だが、カイはもう戸惑ってはいなかった。


この静止は偶然ではない。

慈悲でも、防御でもない。

精密に設計され、目的を果たすためだけに構築された、完璧な構造。


そう認識が定まった瞬間、世界そのものが“声”を持った。


――警告。

――隔離観測領域の離脱を検知。

――当該主体は、世界進行の安定条件。

――離脱後の世界保証:無効。


感情も、意思も含まれない。

そこにあるのは評価でも脅迫でもなく、ただの事実の提示だった。


世界は告げているのではない。

宣告しているのでもない。

「そうなっている」と述べているだけだ。


「……やっぱり、そうか」


カイは小さく息を吐いた。

止まった時間の中で、確かに呼吸だけは続いている。肺が膨らみ、空気が出入りする。その事実だけが、彼がまだ生きている証だった。


この世界は止まっているのではない。

自分だけが、止められている。


世界が進むために、

自分という存在だけが、切り離され、固定され、観測され続けている。


その理解が、ようやく完全に噛み合った。


背後に、微かな気配が重なる。

時間の流れを伴わない、もう一つの存在。


ティアだった。


彼女は触れない。

世界にも、カイにも。

ただ同じ位相に“在る”だけの存在。


「カイ」


その声は、時間の外側から届いた。


「この領域は、あなたを守るためのものじゃない」


カイは振り返らずに答える。


「俺を閉じ込めるための檻、だろ」


否定はなかった。


「そう。

世界を進めるためには、あなたという“例外”を固定する必要があった」


静止しているのは世界ではない。

進み続ける世界から、カイだけが除外されていた。


「……でも、壊せない」


ティアの声は、静かだった。


「私は干渉できない。この構造を破壊することも、書き換えることもできない」


一拍の沈黙。


「できるのは――あなたと、同調することだけ」


「出られるのは、俺だけか」


「……そう」


短い肯定。

それ以上の説明は、なかった。


沈黙の中で、カイは拳を握った。


力はある。

だがそれは、今の自分が自由に振るえるものではない。

使えば、世界が壊れる。

使わなければ、世界は進み続ける。


ティアが、続ける。


「あなたが持っているのは、“壊す力”じゃない」


その言葉に、カイの意識が引き寄せられた。


「あなたは、昔――

世界を終わらせる選択を、何度もしていた」


記憶は、ない。

だが、感覚だけが反応する。


理解ではなく、共鳴として。


「それは技じゃない。存在の在り方そのもの」


ティアは、はっきりと言った。


「止め続ける構造と、進もうとする意志。その両方を、同時に貫く力」


その瞬間、忘れられていた“名前”が浮かび上がる。


思い出したのではない。

思い出していいと、認められただけだ。


「……双龍撃」


口にした瞬間、世界が軋んだ。


止まった時間が、一つの“龍”として立ち上がる。

固定、保存、安定――止め続ける意志の結晶。


同時に、未来へ進みたいという衝動が、もう一つの龍となって咆哮する。

変化、選択、不可逆――進もうとする存在の証明。


本来、共存できない二つ。

互いを否定し合う概念。


だが今だけは、同じ軌道を描いていた。


「世界は壊さない」


カイは、静かに言った。


「止め続ける“仕組み”を、終わらせる」


拳を突き出す。


――双龍撃、発動。


衝撃は、音にならない。

時間そのものが、裂けた。


壁が崩れるのではない。

空間が壊れるのでもない。


“隔離”という概念そのものが、意味を失っていく。


警告が消える。

保証が消える。

安定条件が、崩壊する。


隔離観測領域は、存在理由を失い、静かに消滅した。


カイの足が、前に出る。


止まっていた世界に、次の瞬間が生まれる。


それは、時間を越えた最初の一歩。


ティアは、微笑んでいた。

彼女は干渉しない。

だが確かに、この不可逆点を見届けた。


この力は、何度も使えるものではない。

世界は、すでに学習を始めている。


だがそれでも――

流れは、再び進み始めた。

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