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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第5章 止まった世界の外側へ

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第95話 それでも、連れ出す

 最初に異変が起きたのは、音でも光でもなかった。

理解だった。


カイの中で、ひとつの結論が、逃げ場を失った。


――ここは、止まった世界ではない。

――止められているのは、自分だ。


その瞬間、空間の奥で何かが噛み合う音がした。

いや、正確には“噛み合わなかった”。


世界が、わずかに遅れた。


視界に重なっていた静止の膜が、薄く剥がれ、

その裏側に、これまで見えなかった情報層が滲み出す。


――防衛機構、起動

――侵入判定:内部発生

――対象:固定観測主体

――異常種別:自己拘束状態の認識


カイは息を止めた。


警告ではない。

これは通告ですらない。


処理開始の記録だった。


空間が軋む。

止まっていたはずの“今”が、耐え切れずに歪み始める。


「……なるほどな」


カイは、乾いた声で呟いた。


時間が止まっていたのではない。

世界が壊れていたのでもない。


自分が、止められていた。

そして――

それを理解してはならなかった。


――是正処理を開始します

――固定観測の再同期を試行


理解した瞬間に、

理解そのものが“侵入”と見なされる。


考えることは許されない。

感じることも、疑うことも。


止まっていることを、

知らないままでいる者だけが、世界を成立させられる。


「……酷い話だ」


カイは笑った。


だが、誰もそれに応えない。


世界は善悪を持たない。

ただ、壊れないための構造を選び続ける。


視界を埋め尽くすログが、冷淡に続く。


――最終防衛段階へ移行

――拘束状態の再固定を実行

――失敗時、観測領域の破棄を選択


「破棄……?」


言葉の意味は、理解できた。


再固定できなければ、

この世界ごと“処分”される。


守るために、壊す。

それが、この世界の防衛だった。


その時、背後から声がした。


「気づいちゃったね」


振り返ると、ティアが立っていた。


変わらない表情。

だが、彼女だけがこの異常を“想定内”として受け止めている。


「これが、防衛システム」


ティアは淡々と言った。


「誰かが判断してるわけじゃない」

「ここは、気づかれた瞬間に排除するように設計されてる」


「……俺の思考が、異物だって?」


「そう」


否定はなかった。


「あなたは、この世界を支える“固定点”だった」

「でもそれは、止まり続けている限りにおいて、ね」


空間が、さらに歪む。

視界の端が、削り取られるように欠け始める。


――防衛強度、上昇

――逸脱許容値、ゼロ


「じゃあさ」


カイは、ティアを見る。


「俺は、どうすればよかった?」


「何も考えず」

「何も疑わず」

「ずっと、ここにいる」


即答だった。


「それが、この世界にとっての“正解”」


「……最低だな」


カイは、初めて怒りを覚えた。


世界のために止まり、

止まっていることすら知らされない。


それは、生きていると言えるのか。


ティアは、一歩近づいた。


「だから私は、選択を渡しに来た」


「選択?」


「再固定されるか」

「防衛を突破するか」


――観測領域、解体準備開始


空間が悲鳴を上げる。

これは崩壊ではない。


排除工程だ。


「保証は?」


カイが問う。


「ない」


「世界は?」


「壊れるかもしれない」


「……それでも?」


ティアは、カイをまっすぐ見た。


「止まり続けることを、生存とは呼ばない」


その言葉で、カイの中の何かが決壊した。


足の感覚が戻る。

重力。

床を踏む実感。


――動ける。


防衛システムが、即座に反応する。


――侵入対象、行動開始を確認

――排除処理を加速


「……遅いな」


カイは、静かに言った。


「俺が動けるってことはさ」


彼は、一歩踏み出す。


「もう、完全には止められないってことだろ」


空間が、ひび割れる。


世界が壊れようとしているのではない。

世界を守る装置が、世界ごと壊そうとしている。


ティアは、カイの手を取った。


強く。

逃げ場を断つように。


「行こう」


「どこへ」


「止まらなくていい場所へ」


二人が踏み出した瞬間、

観測領域は成立条件を完全に失った。


再固定は不可能。

排除も、完了しない。


防衛システムは、最後の処理を吐き出す。


――観測基盤、破棄

――進行保証、失効


世界が、沈黙する。


そして。


初めて、“止まらない未来”が生まれた。


――世界が止まっていたのではない。

――止まり続ける人間が、必要だった。


その役割は、終わった。


カイは、誰にも許されず、

誰にも命じられず、


自分の意思で、前へ進む。


それが、

この世界で最初の“自由な一歩”だった。

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