第94話 探しに来た者
ティアは、最初から分かっていたわけではなかった。
ただ——
違和感だけがあった。
世界の外側。
観測が成立し、記録が循環し、進行が保たれている領域。
そこでは、すべてが“流れて”いた。
未来へ。
次の状態へ。
だが、ある一点だけが、流れから外れていた。
止まっているわけではない。
消えているわけでもない。
進行の対象になっていない存在。
観測を投げても、応答がない。
記録を残そうとしても、履歴がつながらない。
なのに。
確かに、そこに“いた”。
空白ではない。
欠損でもない。
「存在しているのに、世界に含まれていない何か」。
ティアは、その一点から目を離せなかった。
理由は分からない。
理屈も、定義もなかった。
ただ、その場所を見るたび、
世界が「見ないふり」をしているように感じた。
——おかしい。
世界は、必要のないものを切り捨てる。
意味のない存在を保持し続けることはない。
なのに、その一点だけは違った。
保持されている。
隔離されている。
まるで、
そこに誰かが居続ける必要があるかのように。
ティアは、世界の内側へ入ることを選んだ。
調査のためでも、好奇心でもない。
——確かめるため。
止まったままの存在が、
本当に“誰か”なのかを。
そして出会った。
カイ。
彼は、自分が止まっていることに気づいていなかった。
世界を見ているつもりで、
世界に見られない位置に固定されていた。
観測不能。
記録不能。
なのに、確かに存在している。
ティアにとって、それは衝撃だった。
「人」だった。
数値でも、装置でも、概念でもない。
感情を持ち、疑い、考え、戸惑う——
ごく普通の、人。
なのに。
世界は、その人を“進行から外す”ことで、
自分自身を保っていた。
カイが止まっているから、
世界は止まらずに済んでいた。
ティアは、何度も彼を観測しようとした。
だが、ログは取れない。
履歴は接続されない。
彼は、
観測の対象ではなく、観測の代替だった。
だから、分かった。
この世界は、
彼を「犠牲」にしているのではない。
——役割として、止めている。
それが、最も歪んでいて、
最も合理的な選択だったから。
現在。
街の内側。
隔離観測領域。
ティアは、カイの前に立っていた。
彼は、まだ完全には理解していない。
だが、もう逃げられないところまで来ている。
「ねえ、カイ」
ティアは、ゆっくりと口を開いた。
「私がここに来たの、偶然じゃない」
カイは、黙って彼女を見る。
「探してたんだ」
一拍。
「止まったままの人を」
その言葉に、カイの喉がわずかに鳴った。
「……俺を?」
「うん」
即答だった。
「だってね」
ティアは、少しだけ視線を落とす。
「誰かが、
世界の代わりに止まってたから」
その言葉は、責める調子でも、哀れむ声でもなかった。
ただ、事実を語る声音だった。
カイは、ゆっくりと息を吐く。
「……それって」
言葉を探す。
「俺は、犠牲だったってことか?」
ティアは、首を振った。
「違う」
きっぱりと。
「犠牲なら、
世界は忘れる」
一拍。
「でも、君は忘れられてない」
カイの胸が、静かに痛んだ。
「世界は、君を“見ない”ことで進んでた」
「それはね」
ティアは、まっすぐに彼を見る。
「君が必要だったから」
利用ではない。
切り捨てでもない。
ただ、世界を進めるために、
止まってもらう存在が必要だった。
それが、カイだった。
「だから私は、探しに来た」
ティアの声が、少しだけ震える。
「止まったままの人を、
このままにしていいのか、
知りたかったから」
沈黙が落ちる。
カイは、初めて思う。
自分は、奪われたのではない。
選ばれたわけでもない。
ただ——
止められた存在だった。
世界を進めるために。
ティアは、最後に言う。
「ねえ、カイ」
「君が止まってた意味は、もう分かった」
一拍。
「これからは、
止まり続けるかどうかを、
君が決める番だよ」
世界は、まだ進んでいる。
だが、その進行は、
ひとりの“止まった存在”の上に成り立っていた。
カイは、初めて理解する。
自分が、
“探される側”だった理由を。




