第93話 探索者ではなかった
カイは、ずっと自分を「観測者」だと思っていた。
異常な世界を調べ、止まった時間の理由を探し、隠された真実に近づいていく存在。
それが自分の役割だと、疑ったことはなかった。
だが、その前提は——
音もなく、崩れていた。
「ねえ、カイ」
ティアの声は、いつもより静かだった。
街の外と内、その境界に立ったまま、彼女は振り返らずに言う。
「君はさ」
一拍。
「世界を調べてたんじゃないよ」
カイは、眉をひそめる。
「……何を言ってる」
否定は反射だった。
ここまで来る間、どれだけ観測し、記録し、考えてきたと思っている。
「君は、探索してた。
この世界が何なのか、止まった理由は何なのか——」
「違う」
ティアは、はっきりと言った。
振り返りもせず、逃げ道も与えず。
「世界が、君を止めてたんだよ」
言葉が、胸に突き刺さる。
「……意味が分からない」
カイは、そう言うしかなかった。
ティアは、ゆっくりと振り返る。
「うん。
分からなくていい」
そう前置きしてから、続けた。
「だってこれ、
探索者の立場にいた人には、見えない構造だから」
カイの背後に、あの場所が見える。
聖遺構。
世界を止めた装置。
時間を固定した元凶。
——そう、信じてきたもの。
「聖遺構はね」
ティアは、淡々と語る。
「世界を止める装置じゃない」
その一言で、空気が変わった。
「じゃあ、あれは何なんだ」
「観測者を固定する装置」
即答だった。
躊躇も、比喩もない。
カイの思考が、一瞬、追いつかない。
「……固定?」
「そう」
ティアは、指で地面をなぞる。
「世界の中に“動かない視点”を作るための装置」
カイは、ゆっくりと息を吐いた。
「待て……
じゃあ、あれは——」
「君を止めるためのもの」
言い切られた。
残酷なほど、正確に。
カイは、頭を振る。
「おかしい。
もしそうなら、俺は——」
「探索者じゃない」
ティアが、言葉を継ぐ。
「停止した観測点そのもの」
その瞬間、これまでの違和感が、一気につながった。
進めなかった理由。
時間に追いつけなかった感覚。
世界が“自分を避ける”ように進行していた事実。
観測ログの警告。
――観測主体:固定
主体は、世界ではない。
自分だ。
「……じゃあ」
カイは、震える声で問う。
「俺がいた場所は……?」
ティアは、少しだけ言葉を選んだ。
「隔離観測領域」
そして、続ける。
「世界の進行を止めるための場所じゃない」
一拍。
「世界を進めるために、
止まってもらう“誰か”を置く場所」
理解が、遅れてやってくる。
世界は、進み続けていた。
止まっていたのは、観測点。
——自分。
「世界はね」
ティアの声は、どこか優しい。
「君を“見ない”ことで、進行を保ってた」
カイは、顔を上げる。
「……見ない?」
「そう」
彼女は頷く。
「観測されると、世界は確定する。
確定すると、進行が歪む」
だから。
「世界は、
“確定させない視点”を必要としてた」
聖遺構。
隔離観測領域。
固定された観測主体。
すべてが、一つの目的に収束する。
——世界を、進ませるため。
カイは、乾いた笑いを漏らした。
「……俺は」
言葉が、喉で詰まる。
「調べてたつもりで、
ずっと——」
「止まってた」
ティアが、静かに言った。
「世界の代わりにね」
沈黙が落ちる。
観測者ではなかった。
探索者ですらなかった。
ただの——
停止装置の一部。
カイは、初めて理解する。
なぜ自分だけが、外へ出られなかったのか。
なぜ言語が最初から“内部仕様”だったのか。
世界は、彼を守っていたのではない。
利用していたのでもない。
ただ、必要だった。
進行を保つための、
動かない一点として。
ティアが、最後に言う。
「ねえ、カイ」
「君が止まってたから、
この世界は止まらずに済んだんだよ」
それは、救いでもあり。
呪いでもあった。
カイは、初めて思う。
——もし、この固定が外れたら。
止まるのは、
今度は、どちらなのか。




