第9話 襲来する岩背獣と、静寂の前兆
森で“歪み”を見た翌朝。
村全体がまるで寒気を纏ったような、不穏な空気に包まれていた。
「最近、森が静かすぎる……」
「魔獣がいない? いや、潜ってるだけだろ……」
広場の人々は不安げに声をひそめる。
本来なら魔獣の気配はすぐ感じ取れるはずだ。
しかし今日は――“静かすぎた”。
(昨日の“黒い穴”……あの不吉さと同じ匂いがする)
***
◆昼下がり――村を揺らす衝撃
昼を少し過ぎた頃。
空気が、ふっと揺れた。
――ドンッ!!
大地が震え、鳥が一斉に飛び立つ。
「北だ! 境界の森で――うわっ、なんだあれ!?」
「魔獣だ! 《岩背獣》が森から出てきたぞ!」
見張り台の叫びが村を駆けた。
「また魔獣……?」
ミリアが火花を灯しながら呟く。
「やっぱり昨日の“歪み”と関係あるよね……」
「考えても答えは出ない。行こう、ミリア」
カイは剣を背負い、北へ駆けた。
***
◆森の入口――暴れる《岩背獣》
森の入口では魔術師団が応戦中だった。
「ファイア・ランス!」
「ウィンド・バインド!」
炎と風が放たれるが――。
「効かない!? 外皮が固すぎる……!」
「魔法耐性の高いガンベイル相手じゃ分が悪いぞ!」
《岩背獣》は黒い岩石のような背殻を持ち、
魔法の威力を大幅に減退させる中型魔獣だ。
「ミリア、援護を!」
「任せて!」
ミリアの魔法陣が輝き――
その瞬間、ガンベイルが巨尾を横薙ぎに振り抜いた。
「カイ!! 避けて!!」
「っ――!」
カイは身を引くが――
薙ぎ倒された大木が爆ぜ、尖った破片が飛び散る。
そして――
――肩を貫いた。
「ぐッ……!」
熱い痛みが走り、体が地面へ転がった。
「カイ!!」
「……大丈夫。これは物理攻撃だ。死にはしない」
言葉とは裏腹に、痛みは鋭かった。
(魔法は無効でも……風圧も破片も“普通に当たる”。
弱点はむしろ……こっちの方だ)
だが、立ち止まるわけにはいかない。
「ミリア、顔を上げさせろ!」
「了解ッ!」
ミリアの炎がガンベイルの顔を焼き、動きを鈍らせる。
(今だ――踏み込む)
カイは剣を構え、吐息と共に地を蹴った。
「――“斬ッ!!」」
空気が裂けた。
剣から走る“斬撃の延長”が風刃となって――
ガンベイルの脚を撃ち抜く。
「ミリア!」
「《フレア・インパクト》!!」
炸裂する火球。
焼けた脚が崩れ落ち、巨体が地鳴りと共に倒れた。
森に静寂が戻る。
「ふぅ……終わった……」
ミリアが息を吐く。
カイは剣を下ろし、肩の傷を押さえた。
(怖い……でも、今はそれでいい)
***
◆戦いのあと――揺れる人々の視線
「魔法が効かないって聞いたが……木片には刺さるんだな」
「身体は普通の人と変わらんのか?」
「強いのか弱いのか……よく分からん」
「……なんか、怖いな」
不安、期待、警戒。
村人たちの視線は複雑に揺れていた。
(俺は……まだ弱い)
魔法は無効でも、肉体は普通の人間。
一歩間違えれば簡単に死ぬ。
(それでも――守りたい)
カイは森の奥を見やった。
昨日見た“黒い歪み”が、脳裏にちらつく。
(魔獣の活性化……あれが原因だ)
冷たい予感が背筋を撫でた。
***
◆撤収と、不気味なざわめき
「カイ、戻ろ? 治療しないと」
「……ああ。ありがとう、ミリア」
ミリアの肩を借りて村へ戻る。
村はさらにざわついていた。
「最近、妙な魔力の波が多いらしい」
「ガンベイルが昼間に出たのも初めてだぞ」
「黒い雲……いや影? 誰か見たって――」
「は? そんなのなかったぞ?」
誰も“黒い穴”は見ていない。
それなのに、不安は増していた。
(これは……前兆にすぎない)
風が吹き抜け、木々がざわめく。
その刹那。
――遠い空に“白と黒の波紋”が揺らいだ。
見えたのは、ただ一人。
(……まただ)
空のひび割れが、カイの瞳にだけ映っていた。
(世界が……歪みはじめている)
胸の奥で封印が微かに軋む。
まだ誰も知らない“崩壊の始まり”が、静かに進行していた。




