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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第5章 止まった世界の外側へ

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第88話 仕様外行動

――危険だ。


カイは、それを理解したうえで歩いていた。


これまで行ってきた検証は、すべて安全圏にあった。

放置しても、選ばなくても、

世界は勝手に帳尻を合わせ、何事もなかったように進んでいく。


人が代わりに動き、

状況は収束し、

結果だけが残る。


だが今回は違う。


これは、

世界が「そう動くことを前提にしている流れ」そのものを、

意図的に外れる試みだった。


(……やるなら、今だ)


通りの先で、小さな騒ぎが起きている。


人だかり。

焦った声。

泣きそうな子どもの声。


一目で分かる。

“起きることになっている場面”だ。


崩れかけた建物。

危険区域。

近づくな、という無言の圧。


このあと何が起きるかも、

カイには容易に想像できた。


誰かが異変に気づき、

誰かが声を上げ、

安全な距離を保ったまま救助が始まる。


迅速に。

問題なく。

後を引かない形で。


世界が好む、いつもの流れだ。


(……だが)


カイは、人だかりを割って中へ入った。


視線が集まる。

だが止める声は出ない。

誰も「違う」とは言わない。


子どもは、建物の陰に立ち尽くしていた。

怯えた目で、周囲を見回している。


普通なら、ここで助ける。

建物から離す。

危険区域に近づかせない。


だがカイは、違う行動を取った。


子どもの手を掴む。


「来い」


短く言い、

そのまま背を向けて走り出す。


――守るのではない。

――現場から連れ出す。


この場面そのものを、成立させない行動。


その瞬間だった。


空気が、歪んだ。


視界の端がにじみ、

色の境界がわずかにずれる。


音が、一拍遅れて届く。


足音と、地面の感触が噛み合わない。


(……来た)


カイは走り続ける。


背後で、声が上がる。


「おい、どこへ――」


「それは……」


言葉が、途中で止まった。


会話が、

文の途中で切り取られたように途切れる。


街の雑音が、

一瞬だけ、完全に消えた。


その無音は、

不自然なほど重かった。


(……まずい)


視界が揺れる。


建物の輪郭が定まらず、

道の幅が、呼吸するように伸び縮みする。


背景が、

焦点の合わない映像のように引き延ばされる。


近くにいた男が、こちらを見て口を開く。


「それは……

次の――」


言葉は、最後まで続かなかった。


まるで、

“そこまで”しか許されていないかのように。


世界が、耐えきれなくなった。


視界が、白く反転する。

音が、完全に消える。

重力の感覚が失われる。


そして――

断絶。


次の瞬間。


カイは、通りの端に立っていた。


数分前。

騒ぎが起きる、直前の時間。


子どもは、

まだ建物の陰に立っている。


人だかりも、ざわめきも、

すべてが「最初から」だ。


(……戻された)


否。


(……切り捨てられた)


カイは、観測ログを開く。


――異常発生

――処理不能

――強制リセット実行


表示を見て、

静かに息を吐く。


「……なるほどな」


世界は、放置を許す。

選ばないことも許す。


だが――

“流れそのもの”を壊す行動だけは、許さない。


守る対象を、

守るべき場所から連れ出す。


出来事の舞台を、

成立しない状態にする。


それは、

この世界にとって処理不能だった。


だから、

時間ごと切り戻した。


カイは、子どもを見る。


今はまだ、

怯えたまま立っている。


何も知らない。

何も覚えていない。


先ほどの出来事は、

この世界には存在しなかった。


(……行き止まり、か)


理解が、静かに沈んでいく。


この世界には、確かに自由がある。


放置しても進む。

選ばなくても決まる。


だが――

踏み込んではいけない領域がある。


出来事を成立させない行動。

結果を選ばせない動き。


そこに触れると、

世界は“進めない”。


そして、

進めない世界は――

時間を戻す。


カイは、ゆっくりと拳を握った。


恐怖はある。

確かに。


だがそれ以上に、

はっきりとした感触があった。


(……ここだ)


(世界の“壁”は)


(壊れるものじゃない)


(ぶつかるものだ)


あの歪み。

あの無音。

途中で途切れた言葉。


あれは警告じゃない。


限界反応だ。


カイは、もう一度空を見上げる。


雲は、相変わらず止まっている。


だが今は、

それが安定ではなく、

閉じ込めているように見えた。


「……次は」


小さく、しかし確かに呟く。


「戻せない所まで、行く」


世界が用意した

安全な検証は、もう終わりだ。


これから先は、

世界が嫌がる行動だけを選ぶ。


強制的に戻される限り、

世界はまだ余裕がある。


なら――

それすら間に合わない地点を、

探すだけだ。


カイは、再び歩き出す。


世界の行き止まりを、

一つずつ確かめるために。

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