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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第5章 止まった世界の外側へ

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第85話 世界は、見ていない

――助けたはずだった。


間違いなく。

確かに。

この手で。


崩れかけた建物の下。

瓦礫の隙間から、細い腕を引きずり出した瞬間の感触が、まだ指先に残っている。


浅い呼吸。

小刻みに震える身体。

布越しに伝わる、はっきりとした体温。


生きている。

疑いようがなかった。


子どもは無事だった。


泣いていた。

声を上げ、息を詰まらせ、必死に空気を吸い込んでいた。

怯えながらも、やがて自分の足で立ち上がった。


それを見届けたはずだった。

確かに。

この目で。


それなのに――


誰も、それを見ていなかった。


「……あ?」


間の抜けた声が、思わず喉から漏れる。


近くにいた大人が、怪訝そうにこちらを見る。


「どうした? そんな顔して」


「いや……この子、さっきまで瓦礫の下に――」


言いかけて、言葉が止まった。


大人の視線は、子どもをただの“そこにいる子”として捉えている。

驚きもない。

安堵もない。

感謝すら、当然のように存在しない。


まるで最初から、そこにいたかのような顔だ。


子ども自身も、きょろきょろと周囲を見回している。

混乱というより、状況確認に近い仕草。


「……ここ」


小さな声で、呟いた。


「こんな所、だっけ?」


背筋に、冷たいものが走った。


「お前……覚えてないのか?」


問いかけると、子どもは不安そうに首を振る。


「わかんない……

気づいたら、ここにいた」


助けられた、という認識がない。

閉じ込められていた記憶も、恐怖も、

瓦礫の重さも、暗闇も、

どこにも残っていない。


まるで――

そんな出来事は、最初から存在しなかったかのように。


カイは周囲を見渡した。


崩れかけた建物は、そのままだ。

瓦礫の配置も、倒れた柱の角度も、

救出前と寸分違わない。


まるで、

「誰も触れていない」

かのように。


(……違う)


(触れた)


(確かに、俺は)


それでも世界は、

それを“出来事”として扱っていない。


数分後。


子どもは、ふらふらと歩き出した。

人の流れに紛れ、

迷うことなく、ある方向へ向かっていく。


カイは後を追った。


角を曲がり、

通りを抜け、

人影に遮られ――

一瞬、視界が途切れる。


そして。


子どもは、

元の位置にいた。


崩れかけた建物の近く。

最初に見つけた場所。


ただし今度は、

瓦礫の下ではない。


何事もなかったように、

道端に座り込んでいる。


通行人が声をかける。


「おい、こんなとこで座るなよ」


子どもは、はっと顔を上げた。


「あ……ごめんなさい」


それだけだ。


助けられた子ではない。

戻ってきた子でもない。


最初から、

ここにいた子だ。


カイは、その光景を黙って見つめていた。


理解が、

ゆっくりと形を持ち始める。


(……戻されたんじゃない)


(上書きされたんだ)


世界は、

「助けられた子」という状態を、

保持しなかった。


いや――

正確には違う。


保持しなかった、のではない。


見る価値がないと判断した。


カイは、観測ログを開く。


――対象状態:安定

――異常履歴:なし

――補正処理:不要


補正処理、不要。


つまり世界は、

何も起きていないと認識している。


瓦礫も、子どもも、人の流れも。

すべてが“想定通り”だ。


カイは、静かに確信する。


「……この世界」


「“見る気がない”」


壊れているわけじゃない。

狂っているわけでもない。


世界は正常に動いている。

人も、街も、時間も。


ただ――

選択的に見ていない。


記録する価値があるものだけ。

更新する必要がある変化だけ。


それ以外は、

最初から存在しなかったことにする。


それは怠慢じゃない。

故障でもない。


仕様だ。


カイは、ゆっくりと空を見上げた。


雲が、止まっている。


流れているように見えるが、

形が変わらない。


太陽の位置も、微動だにしない。


時間は進んでいる。

だがそれは、

“進ませているだけ”だ。


意味のある進行は、起きていない。


この世界は、

誰かに見せるための世界じゃない。


誰かに評価されるための世界でもない。


ただ――

終わらせないために、続いている。


カイの胸の奥で、

言葉にならない感情が沈殿する。


怒りでも、悲しみでもない。


もっと冷たいもの。

理解と同時に訪れる、底知れない感覚。


「……なるほどな」


小さく、息を吐く。


「壊れてないわけだ」


最後に、もう一度だけ空を見上げる。


動かない雲。

変わらない光。


そして、確信を言葉にする。


――ここは壊れた世界じゃない。

最初から、

終わるように作られていない世界だ。

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